8 / 12
涙は海色 笑顔は金色
しおりを挟む
雨は、しばらくやみそうになかった。
つかれてうとうとしはじめたあにいは、布団をかぶらずに眠ってしまった。
いくらコードが暖めてくれているとはいえ、肌をさらしたまま寝るのは無防備すぎる。とりあえず、近くにあった毛布で適当にくるんでやった。
全く、世話が焼けるな。
自分も隣に寝転んでみたが、まだ眠るには早い時間だった。
ここには時計はないので、日が落ちてからどれくらいの時間がたったかを、体の感覚で計っている。
今日はずっと雨だったのでわかりづらいけれど、大体日没後三時間、といったところだろうか。
俺はあにいの横にほおづえをついて、ぼんやりと外を眺めた。
エルゼは、いつのまにか出ていってしまっていた。
今日はもう出掛けない、みたいなことを言っていたのに、気が変わったらしい。
彼女はいつもタイミングよく現れて、必要のないときはいない。
俺は寝返りをうち、眠っているあにいの顔を見つめた。
枕元にころがしたホタル石のランプに照らされて、彼はすやすやと眠っていた。
ホタル石のランプというのは、エルゼが作ったものだ。寝床の温熱コードが動いている間、一緒に光るようになっている。
ホタル石の結晶に、温熱コードの発動を感知し、連動して光る別のコードが組み込んであるらしい。
ぼんやりと弱くて柔らかい光なので、眠るのに支障はない。
エルゼはそれをいくつも作って、寝床のあちこちに、適当に転がしていた。
今も、あにいの目と鼻の先にランプが転がっているが、彼は何も気づかず眠っていた。
俺は静かに、彼の額をなでてやった。
あにいは、人と比べて、少しひたいが広い。
カチューシャが前髪をとめているので、何もかくすことなく、ひたいが全面に出ている。
俺は、そのひろいところをさすった。
ちょっと脂っぽかった。
ふいに、あにいがうん、とうめいて顔をしかめた。そして、とろりと目を細く開いた。
俺は慌てて、手を引っ込めた。
「悪い、起こしたか」
あにいは目をしょぼつかせながら、俺をぼんやりと見つめた。まだ意識がはっきりしていないみたいだが、かろうじて、俺のことはわかったらしい。
「チタル」
と、呼び掛けてきた。
ぼんやりした目のまま、あにいは口を動かす。
「おまえ、なんで、指、曲がってるんだ」
「えっ?」
唐突にたずねられ、俺は面食らった。
何で急に、指の話なんか持ち出すんだ。
いつかは聞かれるかと思っていたが、今とは思わなかった。
俺は、口ごもる。困ってしまった。
俺の指は、確かに少し、曲がっている。
生まれつきではない。ちょっとした事故の影響だった。
正直、そのことは思い出したくもないし、あまり話したくもなかった。
聞かれたら、答えないわけにもいかないけれど。
あにいを見ると、彼はまだずいぶん眠そうだった。
話しても、うまく忘れてくれるかもしれない。
俺はため息をついて、口を開いた。
「踏まれたんだよ」
「ふまれた」
あにいは、おうむ返しにつぶやいた。
その顔はとろんとしていて、言葉の意味を理解してはいなさそうだった。
しかし、
「足で?」
と、どこかとんちんかんながらも、ちゃんと流れに沿った問いを返してきた。
「そうだよ。足で踏まれたの」
俺はため息をついた。我ながら、妙な会話をしているな、と思った。
ふと、あにいの目が、大きく見開かれているのに気づいた。
俺が驚いた、その一瞬で、あにいの目の奥に光が入った。虹彩の輪が、たった今目覚めたようにきらめいた。
あにいは、わずかに身を起こした。アメジストの瞳が、悲愴なコバルトの影を帯びて揺れた。
「人の、足でか?」
ホタル石の穏やかな光のなか、あにいは目を細める。
「そうだよ」
これ以上言いたくない、という気持ちを込めて、俺は深くため息をついた。
苦いうねりが、体のなかで渦巻く。
俺を見つめるあにいの瞳に、夜の海のような静けさが満ちた。髪と同じ銀色の眉が、苦しげにゆがんだ。
彼は蚊の鳴くような声で、つぶやいた。
「それは、痛いな」
「まあね」
うなずくと、彼は泣きそうな顔をして、小さく首を横にふった。
俺はあきれてしまった。
なんで、そんな顔をするんだ。関係ないだろう、あんたには。
そう思いながら、心のどこかで、自分のことみたいに辛そうな顔をする彼に、はからずも救われたような心地がした。
俺はついと手をのばし、あにいのひたいをごしごしとなでた。
「昔の話だよ。今はもう、痛くない。特に不自由もないし、大丈夫だよ」
「でも」
俺が笑うのを見てか、あにいはますます青ざめて、とうとう目に涙をにじませた。
俺は驚いてしまった。
本当に泣いちゃったよ。
自分のことでなくても、泣けるのか。
あにいは、なにか言いたそうに俺を見つめ、口を開く。
「でも」
一言つぶやいて、あにいはほろりと、涙をこぼした。それは耳の方へ、しずかに伝い落ちた。
「うん」
俺はとりなすように、ごしごしとあにいのひたいをなでこすった。ちょっと力が強すぎたかもしれない。あにいがきゅっと目をつぶった。
優しいな。
そう思ったが、口には出さなかった。
顔立ちが少し冷たそうに見えるのと、態度がどこか横柄なのとで、彼にはどことなく、陰険なイメージがつきまとっていた。
けれど触れてみると、その感覚は繊細で、他人の心にとても敏感なのがわかる。
他人より自分を優先したり、他人が傷つくことに無頓着だったりするのは、その裏返しなのだ。
自分自身の心の柔らかさを、守るためなのだ。
雨の音が、静かにからだにしみこんでくる。
「あにい」
俺は、声をかけた。
あにいが起きているうちに、言っておきたいことがあった。
彼はふわりと目を見開き、不思議そうに俺を見た。
目元に、かすかに涙が光っている。
俺は、彼に微笑みかけた。優しく見えるように、と願いながら。
「今日、楽しかったぜ」
あにいはしばらく黙っていたが、ぽつんとつぶやいた。雨の音にかきけされそうな、かすかな声だった。
「勝ち逃げは許さない」
俺は、吹き出してしまった。
「もう、まだ言ってる。諦めてなかったの?」
「次がないとは言ってない」
あにいは至って真面目に答えた。笑いながらも、俺は納得した。
「へえ。あっそう。言っとくけど、俺もう、ババ抜きは付き合わないからな」
「オレだって、おまえとは神経衰弱やらない」
「あっそ」
「ふん」
俺たちはお互い同時に、ぷいとそっぽを向いた。
何だこれ。
急におかしさがこみあげてきた。
馬鹿みたいだな、俺たち。
でもそんなことを言われたら、俺だってたった一回とはいえ、負けたのは悔しい。
何か他の、記憶力とポーカーフェイスが必要ない方法で、決着つけられないかな。
いやまて、ポーカーフェイスがダメだと、カードゲームはほぼ全滅だ。
カード以外でということになるのか。
俺はしばし、あごをもんで真剣に考えた。
そして、思わず呟いた。
「すごろく」
「オセロ」
全く同じタイミングで、あにいも呟いていた。
「「え?」」
俺たちは、同時に目を丸くして、顔を見合わせた。
多分、俺もあにいと同じ、間の抜けた顔をしたと思う。
しばらく見つめあった後、俺たちは同時に吹き出した。
「ちょ、同じこと考えないでくれる?嫌だ俺、あにいと頭の回路が一緒なんて」
「なっ!テメエ、どういう意味だ!逸礼発言だ!」
あにいはサッと起きあがり、俺に襲いかかってきた。
「わ、ちょっ、うっわ!」
何をするまもなく、思いきり脇腹をくすぐられた。
「ぎゃあ!ああっ、やめて、ちょ、マジ!やめて!」
俺は泣き笑いの悲鳴をあげた。
逃れようとじたばたしたが、頭の回路はともかくとして、体格でも力の強さでも、俺はあにいには全く歯が立たなかった。
抵抗むなしく、脇の下の柔らかいところを絶妙に刺激されて、俺は悶絶した。
「やめて、降参、こうさん!悪かったです、ゴメンナサイ!」
ついに俺が叫ぶと、あにいはゆっくりと俺から離れた。
勝ち誇った笑みを浮かべている。ちょっと邪悪だった。
俺はつい、腹立ちまぎれに捨て台詞をはいた。
「くっそー、覚えてろ。次の勝負で負かしてやるからな」
「ほお?すごろくで?」
あにいは悪役みたいに、くいと唇をねじあげて笑う。
なんというか、様になっていた。
同時に俺は、すごろくで勝敗を競う俺とあにいの姿を、頭のなかに思い描いた。
真面目くさってサイコロをふり、ちょんちょんとコマを進めて、一喜一憂する二人の図。
「地っ味!!」
つい、叫んでしまった。
「いや!ごめん、ダメだな!地味すぎるわ、キノコ生えてきちゃうわ!オセロにしよ、オセロに!」
俺は慌てて、ブンブン手首を振った。
自分で思いついておきながら、切なくなるほど地味な勝負だ。いっそ、ほほ笑ましい。
ふと見ると、あにいは布団に突っ伏して、腹を抱えて大爆笑していた。
「なんなの、おまえ。自分で言うなよ。あぅ、腹痛え」
笑いすぎて腹筋がつったらしく、彼は涙目になってもだえた。
俺もつられて、くすっと笑ってしまった。
「なんだよ、自分だってさっき、俺の腹筋攻撃しただろ」
「内側から破壊するなんて反則だ」
「なんとでも。この勝負は、俺の勝ちだな」
「なんの勝負だよ」
「笑わせ大会?」
「してねえわ、勝手にはじめんな!」
「はじめたのは、あにいだろ」
「何でだよ、元はと言えばチタルだろ」
「あにいです」
「チタルだっつってんだろうがっ」
「あにい、大人げないよ。年上でしょ?」
「なっ、おまえこそ可愛くないぞ、年下のくせに!」
「あにいは可愛いよ?ほら、可愛い可愛い」
「うあぁっ!可愛いって言うなあ!」
「かわいーかわいー」
「おっのれえ、馬鹿にしやがってえっ」
あにいは頬を赤くして、頭から湯気を吹いた。
俺はすかさず、そのおでこに手を伸ばして、ナデナデしてやった。
おでこはあにいの急所だ。ここをなでると、彼は大人しくなる。
「うっ、ぐうっ」
恥ずかしさと心地よさのせめぎあいに、彼の顔は炎のように真っ赤になった。あっという間に、涙目になってしまう。
俺は、自分の言葉に、自分でうなずいた。
確かに、これは可愛い。
「ああああぁっ!もうやめろぉ!」
こらえかねたあにいが噴火した。
俺は、あにいの機嫌をなおすために、その後しばらく、彼の頭をなでさすることになった。
俺がなでてやっているうちに、彼はまた、ぷつんと糸が切れたように、眠ってしまった。
もう一度、彼に毛布をかけなおし、隣に寝転んだ。
今度はすぐに、俺にも眠気がやってきた。
目を閉じたとき、まぶたにあにいの笑顔が浮かんだ。
今日初めて見た、満面の笑み。
空の青さに立ち向かう金色の花に、よく似た笑顔だった。
つかれてうとうとしはじめたあにいは、布団をかぶらずに眠ってしまった。
いくらコードが暖めてくれているとはいえ、肌をさらしたまま寝るのは無防備すぎる。とりあえず、近くにあった毛布で適当にくるんでやった。
全く、世話が焼けるな。
自分も隣に寝転んでみたが、まだ眠るには早い時間だった。
ここには時計はないので、日が落ちてからどれくらいの時間がたったかを、体の感覚で計っている。
今日はずっと雨だったのでわかりづらいけれど、大体日没後三時間、といったところだろうか。
俺はあにいの横にほおづえをついて、ぼんやりと外を眺めた。
エルゼは、いつのまにか出ていってしまっていた。
今日はもう出掛けない、みたいなことを言っていたのに、気が変わったらしい。
彼女はいつもタイミングよく現れて、必要のないときはいない。
俺は寝返りをうち、眠っているあにいの顔を見つめた。
枕元にころがしたホタル石のランプに照らされて、彼はすやすやと眠っていた。
ホタル石のランプというのは、エルゼが作ったものだ。寝床の温熱コードが動いている間、一緒に光るようになっている。
ホタル石の結晶に、温熱コードの発動を感知し、連動して光る別のコードが組み込んであるらしい。
ぼんやりと弱くて柔らかい光なので、眠るのに支障はない。
エルゼはそれをいくつも作って、寝床のあちこちに、適当に転がしていた。
今も、あにいの目と鼻の先にランプが転がっているが、彼は何も気づかず眠っていた。
俺は静かに、彼の額をなでてやった。
あにいは、人と比べて、少しひたいが広い。
カチューシャが前髪をとめているので、何もかくすことなく、ひたいが全面に出ている。
俺は、そのひろいところをさすった。
ちょっと脂っぽかった。
ふいに、あにいがうん、とうめいて顔をしかめた。そして、とろりと目を細く開いた。
俺は慌てて、手を引っ込めた。
「悪い、起こしたか」
あにいは目をしょぼつかせながら、俺をぼんやりと見つめた。まだ意識がはっきりしていないみたいだが、かろうじて、俺のことはわかったらしい。
「チタル」
と、呼び掛けてきた。
ぼんやりした目のまま、あにいは口を動かす。
「おまえ、なんで、指、曲がってるんだ」
「えっ?」
唐突にたずねられ、俺は面食らった。
何で急に、指の話なんか持ち出すんだ。
いつかは聞かれるかと思っていたが、今とは思わなかった。
俺は、口ごもる。困ってしまった。
俺の指は、確かに少し、曲がっている。
生まれつきではない。ちょっとした事故の影響だった。
正直、そのことは思い出したくもないし、あまり話したくもなかった。
聞かれたら、答えないわけにもいかないけれど。
あにいを見ると、彼はまだずいぶん眠そうだった。
話しても、うまく忘れてくれるかもしれない。
俺はため息をついて、口を開いた。
「踏まれたんだよ」
「ふまれた」
あにいは、おうむ返しにつぶやいた。
その顔はとろんとしていて、言葉の意味を理解してはいなさそうだった。
しかし、
「足で?」
と、どこかとんちんかんながらも、ちゃんと流れに沿った問いを返してきた。
「そうだよ。足で踏まれたの」
俺はため息をついた。我ながら、妙な会話をしているな、と思った。
ふと、あにいの目が、大きく見開かれているのに気づいた。
俺が驚いた、その一瞬で、あにいの目の奥に光が入った。虹彩の輪が、たった今目覚めたようにきらめいた。
あにいは、わずかに身を起こした。アメジストの瞳が、悲愴なコバルトの影を帯びて揺れた。
「人の、足でか?」
ホタル石の穏やかな光のなか、あにいは目を細める。
「そうだよ」
これ以上言いたくない、という気持ちを込めて、俺は深くため息をついた。
苦いうねりが、体のなかで渦巻く。
俺を見つめるあにいの瞳に、夜の海のような静けさが満ちた。髪と同じ銀色の眉が、苦しげにゆがんだ。
彼は蚊の鳴くような声で、つぶやいた。
「それは、痛いな」
「まあね」
うなずくと、彼は泣きそうな顔をして、小さく首を横にふった。
俺はあきれてしまった。
なんで、そんな顔をするんだ。関係ないだろう、あんたには。
そう思いながら、心のどこかで、自分のことみたいに辛そうな顔をする彼に、はからずも救われたような心地がした。
俺はついと手をのばし、あにいのひたいをごしごしとなでた。
「昔の話だよ。今はもう、痛くない。特に不自由もないし、大丈夫だよ」
「でも」
俺が笑うのを見てか、あにいはますます青ざめて、とうとう目に涙をにじませた。
俺は驚いてしまった。
本当に泣いちゃったよ。
自分のことでなくても、泣けるのか。
あにいは、なにか言いたそうに俺を見つめ、口を開く。
「でも」
一言つぶやいて、あにいはほろりと、涙をこぼした。それは耳の方へ、しずかに伝い落ちた。
「うん」
俺はとりなすように、ごしごしとあにいのひたいをなでこすった。ちょっと力が強すぎたかもしれない。あにいがきゅっと目をつぶった。
優しいな。
そう思ったが、口には出さなかった。
顔立ちが少し冷たそうに見えるのと、態度がどこか横柄なのとで、彼にはどことなく、陰険なイメージがつきまとっていた。
けれど触れてみると、その感覚は繊細で、他人の心にとても敏感なのがわかる。
他人より自分を優先したり、他人が傷つくことに無頓着だったりするのは、その裏返しなのだ。
自分自身の心の柔らかさを、守るためなのだ。
雨の音が、静かにからだにしみこんでくる。
「あにい」
俺は、声をかけた。
あにいが起きているうちに、言っておきたいことがあった。
彼はふわりと目を見開き、不思議そうに俺を見た。
目元に、かすかに涙が光っている。
俺は、彼に微笑みかけた。優しく見えるように、と願いながら。
「今日、楽しかったぜ」
あにいはしばらく黙っていたが、ぽつんとつぶやいた。雨の音にかきけされそうな、かすかな声だった。
「勝ち逃げは許さない」
俺は、吹き出してしまった。
「もう、まだ言ってる。諦めてなかったの?」
「次がないとは言ってない」
あにいは至って真面目に答えた。笑いながらも、俺は納得した。
「へえ。あっそう。言っとくけど、俺もう、ババ抜きは付き合わないからな」
「オレだって、おまえとは神経衰弱やらない」
「あっそ」
「ふん」
俺たちはお互い同時に、ぷいとそっぽを向いた。
何だこれ。
急におかしさがこみあげてきた。
馬鹿みたいだな、俺たち。
でもそんなことを言われたら、俺だってたった一回とはいえ、負けたのは悔しい。
何か他の、記憶力とポーカーフェイスが必要ない方法で、決着つけられないかな。
いやまて、ポーカーフェイスがダメだと、カードゲームはほぼ全滅だ。
カード以外でということになるのか。
俺はしばし、あごをもんで真剣に考えた。
そして、思わず呟いた。
「すごろく」
「オセロ」
全く同じタイミングで、あにいも呟いていた。
「「え?」」
俺たちは、同時に目を丸くして、顔を見合わせた。
多分、俺もあにいと同じ、間の抜けた顔をしたと思う。
しばらく見つめあった後、俺たちは同時に吹き出した。
「ちょ、同じこと考えないでくれる?嫌だ俺、あにいと頭の回路が一緒なんて」
「なっ!テメエ、どういう意味だ!逸礼発言だ!」
あにいはサッと起きあがり、俺に襲いかかってきた。
「わ、ちょっ、うっわ!」
何をするまもなく、思いきり脇腹をくすぐられた。
「ぎゃあ!ああっ、やめて、ちょ、マジ!やめて!」
俺は泣き笑いの悲鳴をあげた。
逃れようとじたばたしたが、頭の回路はともかくとして、体格でも力の強さでも、俺はあにいには全く歯が立たなかった。
抵抗むなしく、脇の下の柔らかいところを絶妙に刺激されて、俺は悶絶した。
「やめて、降参、こうさん!悪かったです、ゴメンナサイ!」
ついに俺が叫ぶと、あにいはゆっくりと俺から離れた。
勝ち誇った笑みを浮かべている。ちょっと邪悪だった。
俺はつい、腹立ちまぎれに捨て台詞をはいた。
「くっそー、覚えてろ。次の勝負で負かしてやるからな」
「ほお?すごろくで?」
あにいは悪役みたいに、くいと唇をねじあげて笑う。
なんというか、様になっていた。
同時に俺は、すごろくで勝敗を競う俺とあにいの姿を、頭のなかに思い描いた。
真面目くさってサイコロをふり、ちょんちょんとコマを進めて、一喜一憂する二人の図。
「地っ味!!」
つい、叫んでしまった。
「いや!ごめん、ダメだな!地味すぎるわ、キノコ生えてきちゃうわ!オセロにしよ、オセロに!」
俺は慌てて、ブンブン手首を振った。
自分で思いついておきながら、切なくなるほど地味な勝負だ。いっそ、ほほ笑ましい。
ふと見ると、あにいは布団に突っ伏して、腹を抱えて大爆笑していた。
「なんなの、おまえ。自分で言うなよ。あぅ、腹痛え」
笑いすぎて腹筋がつったらしく、彼は涙目になってもだえた。
俺もつられて、くすっと笑ってしまった。
「なんだよ、自分だってさっき、俺の腹筋攻撃しただろ」
「内側から破壊するなんて反則だ」
「なんとでも。この勝負は、俺の勝ちだな」
「なんの勝負だよ」
「笑わせ大会?」
「してねえわ、勝手にはじめんな!」
「はじめたのは、あにいだろ」
「何でだよ、元はと言えばチタルだろ」
「あにいです」
「チタルだっつってんだろうがっ」
「あにい、大人げないよ。年上でしょ?」
「なっ、おまえこそ可愛くないぞ、年下のくせに!」
「あにいは可愛いよ?ほら、可愛い可愛い」
「うあぁっ!可愛いって言うなあ!」
「かわいーかわいー」
「おっのれえ、馬鹿にしやがってえっ」
あにいは頬を赤くして、頭から湯気を吹いた。
俺はすかさず、そのおでこに手を伸ばして、ナデナデしてやった。
おでこはあにいの急所だ。ここをなでると、彼は大人しくなる。
「うっ、ぐうっ」
恥ずかしさと心地よさのせめぎあいに、彼の顔は炎のように真っ赤になった。あっという間に、涙目になってしまう。
俺は、自分の言葉に、自分でうなずいた。
確かに、これは可愛い。
「ああああぁっ!もうやめろぉ!」
こらえかねたあにいが噴火した。
俺は、あにいの機嫌をなおすために、その後しばらく、彼の頭をなでさすることになった。
俺がなでてやっているうちに、彼はまた、ぷつんと糸が切れたように、眠ってしまった。
もう一度、彼に毛布をかけなおし、隣に寝転んだ。
今度はすぐに、俺にも眠気がやってきた。
目を閉じたとき、まぶたにあにいの笑顔が浮かんだ。
今日初めて見た、満面の笑み。
空の青さに立ち向かう金色の花に、よく似た笑顔だった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
惜別の赤涙
有箱
ファンタジー
シュガは、人にはない能力を持っていた。それは人の命を使い負傷者を回復させる能力。
戦争真っ只中の国で、能力を使用し医者として人を治しながら、戦を終わらせたいと願っていた。
2012年の作品です(^^)
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜
トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦
ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが
突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして
子供の身代わりに車にはねられてしまう
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる