八月のクローバー

野草のな

文字の大きさ
上 下
7 / 12

ゲーム 後編

しおりを挟む
 勝敗とは、残酷な女神の采配である。

「くはあっ。なぜだ、チタル」

「なぜって、あのなあ」

「うわぁんっ、もう一回っ!」

「もう、懲りろよ、あにい」

布団に折り重なってはいつくばるふたりを見下ろし、俺はため息をついた。

弱すぎる。

組んだところで、何も変わらない。

ふたりそろって、やることなすこと、すべてが顔と態度に出るのだから。

それどころか、敵を目の前にして、お互いに目配せしたり、指をさしあったりする。

全部見えている。手に取るように動向がわかる。

これはもう、ガラス張りの扉、などという生易しいものではなかった。扉もなければ、壁もない、素裸の吹きさらしに近い。

どういう神経をしているのか、さっぱりわからない。

そもそもエルゼなど、あにいよりも豪胆で力押しの性格なのだ。

自信満々に、俺に自分の首を差し出すかのごとき手を打ってくるのだから、こちらが困る。

もうやめてほしいと思った。

勝敗はともかく、ふたりの今後が心配で、俺の心はすでに折れそうだった。

しかし、

「あきらめないぞぉ!いい気になるなよチタル野郎!」

半泣きになりながらも、あにいはまだ食い下がってきた。俺は乾いた感じに笑った。

執念深さもここまでくると、むなしい感動がある。

「どうやらここが潮時のようだな」

エルゼも、最後の力を振り絞るようにつぶやき、頭を起こした。俺は布団に引っくり返った。

「もうやめよう。俺が悪かった。降参」

しかしその俺に、あにいとエルゼはふたりして、乗り掛かってきた。

「ふざけんなこら、立てや!まだ終わってねえ!」

「そうだ、ここからが本番だぞ!」

「うへえっ!?」

なんだこの二人、この異常な打たれ強さ。なんか怖い。

引き気味の俺に、エルゼが小さな指を突きつけた。

「チタル!種目変更を要請する!」

「は?」

何を思ってか、エルゼは瞳をぎらり、と獰猛に光らせた。

「次は、神経衰弱で勝負だ!」

二の句がつげなかった。

そのすきに、エルゼはさっと、あにいの腕をとった。

彼の脇腹に潜り込む体勢になって、彼女は言った。

「当然、次も我々対、チタルだからな!今までのようにはいかぬぞ。覚悟しろ!」

「ええええええっ!?」

俺はひっくり返って、悲鳴をあげた。

本当に、もう勘弁してほしかった。


しかし。俺は目にものを見ることになったのである。

勝利を引き寄せるものとは、勇気、力、スピード、テクニック、駆け引き。

そして、記憶力だ。

その記憶力が、神経衰弱で熾烈な火を吹いた。

「エルゼ、右三列、下から二番目」

「よしきた!」

「うわっ、ええっ?」

「なんで驚くんだ。さっき開けただろ、自分で」

「さっきって、いつ!?」

「さすがだぞ、あにい!」

結論から言うと、あにいは強かった。

この種目に関しては、向かうところ敵なしだった。

否、俺の記憶力が弱すぎるのかもしれない。

エルゼがパチパチと小さな手を叩いてほめそやすのを、あにいは淡々と聞き流して、札をおいた。

なんだか、ふてくされた顔をしている。

簡単すぎるおつかいを頼まれて、拍子抜けしている小さな子供みたいだ。

はじめたときから、彼は開かれたカードのすべてを余すことなく記憶し続け、ひとつとして外さなかった。

けれど、それがすごいことだとは、思っていないようだ。エルゼがほめても、くすぐったそうにするだけで、あまり動じなかった。

結果、あにいとエルゼの組が札の八割をさらう、という圧勝になったわけだが、あにいは嬉しそうな顔をしなかった。

「どうした、あにい。浮かぬ顔だな?勝ったのだぞ?もっと存分に誇るがいい」

エルゼが励ますように言ったが、やっぱりあにいは神妙な顔をしていた。

ふいに沈黙が降りてきた。

ぽつんと、あにいが言う。

「なんか、違う」

「違う?何がだ?」

エルゼが問うと、彼は眉をしかめた。

「面白くない」

かちんとくるものがあったが、俺は黙った。

「ほう」

エルゼが相づちをうつ。

あにいは顔をあげ、ちらりと俺を見た。

目があったとき、彼は残念そうな顔をしていた。

「チタルが弱すぎて、話にならない」

これには、さすがにむかっ腹がたった。

ババ抜きではさんざん、見え透いた勝負に俺をつきあわせておきながら、どの口が言うのか。

全く、どうしてくれようか、こいつ。

黙っていようと思ったが、どうにも治まりきらず、俺は口を開いた。

「悪かったな、相手にならなくて。わかるわかる、俺も同じ気持ちだったし。ババ抜きでしつっこく、あにいが食い下がってきたときにはな」

うぐっ、とあにいが歯を食いしばった。彼が何か言い返そうとした矢先、

「双方、得手不得手があるということだな」

エルゼが天から降ってきたように、超越的な結論で場をまとめた。

「どちらも比類なき勝者だ。己を誇るがよい。私は、どちらの兄のことも、誇りに思っているぞ!」

そう言って、彼女は女神のように、にっこりと笑った。

つりこまれるように、その笑みを見つめた俺は、ふとあにいの顔を見た。

あにいも、こっちを見た。目があった。

彼はまばたきをし、恥ずかしそうに、すこしうつむいた。悔しさが、まだ瞳に残っていた。

けれど、彼はふと、体の力を抜いた。頬が桜色に染まる。

次に俺を見たとき、彼は頬をほころばせた。

笑ったのだ。

ふわりと、花が風に揺れるように。

いつものつっかかるような言動からは想像もつかない、静かな笑みだった。

俺はふと、タンポポの花を思った。

慎ましく、あざやかで、健気な花。

彼は言った。

「勝った回数は、チタルのほうが多い」

ため息をつき、彼は膝をかかえた。

「オレの負けだ」

静かな感動が、腹の底に満ちた。

つつましく目を伏せた彼に、何か尊いものを見たように思ったのは、気のせいだろうか。

「さあ!」

空気を入れ換えるように、エルゼが手を広げた。

「頃合いだ、ふたりとも。何か、忘れていないか?私と言えば、何だ?飯だ!飯にするぞ!」

豪快に言い放つ彼女に、俺は眉をしかめた。

「コラ、エルゼ!飯じゃない、女の子はそういう言い方しないの!ご飯って言いなさい!」

俺の言い分に、あにいがぽかんと口を開き、エルゼは大きく口を開けて、笑った。

「またそれか。チタルのこだわりだな。まあよい、言い直してやらんこともない。では各々がた、お食事のお時間だ。しばしお待ちあれ」

「んもー!なんか違う!」

抗議したが、彼女は笑いながら、片手であしらって、するりと寝床からおりていった。

脱ぎ捨てられたジャケットのそばに、彼女の私物である布袋が、くたりと横たわっていた。

彼女は上機嫌な様子で、その袋から何やらとりだし、こちらに背を向けて、手を動かしはじめた。

「ったく」

俺は頭から湯気を吹きながら、ふと、あにいが目を丸くして、こっちを見ているのに気づいた。

まるで、蛇に手足が生えた、とでも言わんばかりの顔だった。

気にくわなかったので、つい言ってしまった。

「なんだよ、その顔」

あにいは、かなり長いこと、そのまま黙った。

やがて、彼は声をひそめ、そっと俺に言った。

「エルゼって、一体いくつなんだ?」

「あー」

もっともな疑問だった。

女の子の年齢、というのは、宇宙の理をもってしても紐解けない、神秘の深淵である。

正直、その質問に、俺はまともに答えられなかった。

実はよく知らないのだ。エルゼは、あまり自分のことを話さない。

とりあえず、俺はそっと首を振っておいた。

「聞かぬが花だぞ、あにい」

今度はあにいが、ああ、とつぶやいた。

俺たちは、鼻唄を歌う彼女の小さな背中を、無言で見つめた。

彼女はどうやら、サンドイッチを作っているようだった。小さなへらで、パンにバターを塗っている。

あにいが生唾を飲んだのが、聞こえた。

彼は、細くしなやかな体をしている割には、よく食べる。食べることが好きみたいだった。

じっとエルゼの動きを見つめているあにいを見つめて、俺はあっ、と驚いた。

あにいの腕のカサブタが、はがれかかっていた。

たくさん動いたせいだろうか。

ギザギザの乾いたカサブタのしたから、桜色の跡がのぞいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

惜別の赤涙

有箱
ファンタジー
シュガは、人にはない能力を持っていた。それは人の命を使い負傷者を回復させる能力。 戦争真っ只中の国で、能力を使用し医者として人を治しながら、戦を終わらせたいと願っていた。 2012年の作品です(^^)

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

続・初めて言葉を話した青年

藤本夏実
青春
「はじめて言葉を話した青年」の続編です。青年がどんな風に暮らしていったかを書きました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...