振り向けば君がいた

和之

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第三十九話-2

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 野村は中本に合わせて直接ビリヤード店で会う約束をする。中本は友禅の会社から来るが、自宅から野村が先に着いて一人で球を突いていた。程なく彼がやって来て、ビリヤード台の傍の椅子に座ると、途中で買ったパンを頬張りながらジュースを飲んでいる。どうやら友禅の工房から真っ直ぐ来たようだ。
「仕事が忙しかったのか?」
 自宅へ掛けた電話ではそんな素振りはなかったのに。
「野村、あそこは居心地がいいなあ、仕事も合っているし極楽浄土やなあ」
 どうやら中本は仕事場で、女の子と話し込んで遅れたらしい。
「お前、仕事を間違えてないか」
「それよりこの前のビリヤードに一緒に来た女どもにお前の駆け落ち話を聴いたどおー」
 菓子パンを食べ終えた中本は、ニヤニヤしながらビリヤードキューを物色し始めた。
「寮に居る連中はしょっちゅう顔を合わしてるさかい特に陽子と雅美は取っつき安いだろう」
 野村はキューを選ぶ中本の背中に語った。そうだなあと頷きながら中本は台に張られたラシャに選んだキューを寝かして転がした。歪《いびつ》なキューは滑《なめ》らかに転がらない。そうして真っ直ぐなキューを選ぶと十五の球が三角の型枠で整えられてローテーションのゲームが始まる。
「あそこの経営者の山村さんと云う人は頭の低い人やなあ、第一分け隔てがないがなあ」
 そう云いながら中本が最初の一打を放った。
 白玉を三角に並んだヘッド球を狙って当てると、見事に十五の球が偏らずに台上の四方に散らばった。さすが中本の最初の一打は早速ポケットにひとつ球を納めてしまった。
「まあな、でも一度だけ長女の君子さんが先生が目を掛けていた職人と駆け落ちした時は一寸荒れたらしい」
 偉い詳しいと中本が聞くと会社の内輪の事は睦夫さんに訊けば良いと野村はアドバイスした。中本は四つ球を決めてやっとミスをして野村に回って来た。
「いや狭い会社さかいもう人間関係ではほとんど飲み込めた」
 そこで新たな疑問が湧いたらしい。
「聴けば希美ちゃんはあの会社では男どもの憧れの的やったそうやないか。それが何でお前が物に出来たんや」
 ここで野村は手元を狂わして交代した。
「物にしたなんやてけったいなこと言うなお互いが認め合ったちゅうこっちゃ」
 それが判らん、と言うと中本は見事に難しい位置にあった球をポケットに入れて、チョークでキューの先をこすって次の球を狙った。
「山村先生、曰《いわ》く女囚シリーズのあの女優に似てると言ってはったが、最初に木屋町、次はビリヤード店と二回しか会ってないが確かに目許と性格は頷ける、そんな人がなんでや」
 ときつめのショットでポケットに当たった球が暫く回転してから落ちた。だが反動がきつすぎて白玉まで別のポケットに落ちた。
 う~んと唸ると中本は顔を顰《しか》めて控えの丸椅子に座った。
 媚びない、めげないそして思い込んだら一途だ。それだけに反動もきつすぎて恨み節でも聞こえて来そうな女だなあ、と中本は希美子をこう評した。
 ゲームが終わると近くの居酒屋で二人は呑んで別れ際に、中本は今のうちにきちっとしとけと云った。それは形だけでも式を挙げて籍を入れておけとの忠告だった。野村はあれだけの長い航海でも愛情は変わらず、絆も益々深まり何の愁いもない、と笑って聴いた。漁船にまで乗ったか、と中本は彼女への入れ込みに関心を持った。

 翌日には二条駅から丹後に向かう特急列車に乗った。此の列車に一人で乗るのは初めてだ。代わりに今日は隣に居ない人への思いを乗せている。レールの軋み、線路の揺れ、全てが愛する人の許へ戻る楽しみで満たされている。山あいを抜けて海に出た。昼の二時頃に天橋立駅に入った。やがて列車は乗降を終えてゆっくりと動き出した。 
 慎二は構内を見回してもうすぐ希美子の家に近づく愉しみの余韻に浸った。そこで突然有る光景に釘付けになってしまった。
 天橋立《あまのはしだて》の駅を発車する電車の窓から見知らぬ男と一緒にホームを歩く希美子を発見する。彼は次の駅からタクシーで引き返して、天橋立駅の周辺を探し回ったが見つからず、希美子の働く旅館へ寄った。そこで初めて今日は休みを取ってる事を知らされた。      
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