振り向けば君がいた

和之

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第三十八話-2

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 最初の仕事は漁船の操業見習いで、要領が呑み込め無い彼は罵声を浴び続けながらも、側で必死にベテランの手助けをする。しかも船はじっとしていない。船首で波が砕けると腹の底までズシンと響き、そしてまた船は急激に沈み込む。また次の波で急激に押し上げられ、波頭が砕けると腹わたに激しい衝撃が走る。まるでジェットコスターのように無重力と重圧が交互に全身を襲い、そして地響きのような振動が腹底にのしかかる。船は上下だけでなく前後左右にも揺れる。それを絶えず予知して両足を踏み換えながら踏ん張り網み上げの手伝いをする。目的の魚はたまにしか揚がらず、ほとんどは商品にならない魚種ばかりだ。初めは訊いて選り分けるが、後は何も訊かず見よう見まねで体が覚えてゆく。
 野村は出船《でふね》から間を空けず船酔いに悩まされ、食べては吐き、食べては吐きの連続だった。吐いたすぐ後は気分が良くなったが、仲間から「気分の良い時に食べるんだ。何でもいいから腹に入れておけ」と言われる。が、また苦しくなるからそんな気分になれないでいると「吐くもんがある内は良いが吐くもんが無くなったら胃液を吐く、胃液が無くなったら血を吐いてしまうぞ、そうなったら終わりだ死にたくなかったら食べろ」と言われ続けたお陰で連続操業に入ると、体の方が船酔いしないすべを頭より先に勝手に覚えてしまった。それほど自我喪失感が激しかった。
 僅かに残っている感覚は晴れた夜空に出る月の満ち欠けだ。此の三日月が満月になれば丹後に帰れると云う時間感覚だけだった。毎日同じ事の繰り返しだから、慣れれば二航海目からはもう怒鳴られる事はなかった。
  漁を終えて帰って来ても、二日前後で台風並みに荒れない限り、水と食料と燃料を補給するだけで船はまた出て行く。好漁場に当たるとそれも惜しんで近くの港で補給することも稀にあった。結局三ヶ月で五航海して春頃に船を降りた。此の時に「とにかく食い物を腹に入れろそうしなければおまえ死ぬぞ」と言われた仲間に会った。彼は「船を降りるのか、もうお前は一人前の海の男なのに残念だ。ロシアならともかくこの狭い日本、海しかないんだが……」 
 と男にそう言われた。
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