振り向けば君がいた

和之

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第三十八話-

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   野村は冬の日本海にゆく漁船に乗る。この話を聞いて希美子は内心は悔やんだ。この人を世間に認めさせたい一心で漁師はその手段に過ぎない。いくら稼ぎ頭だと云ってはみても、それは希望であって要求ではない。この曖昧さが彼女の愛の葛藤を象徴している。
   何事にも慎重な彼にしてみれば、意外な速さにヒヤッとさせられたが、今は彼の苦渋の決断を大切にさせた。
   十トン未満の船なら直ぐ帰って来るが、野村の乗る百五十トンの船は一週間は帰って来ない。希美子は「死んだら元も子もないのよ」と心配して大きい船の方が安心だと勧めた。しかし大きい船は多少のシケでも港を出る。丹後の港を出ると幻の回遊魚を追って能登半島から秋田沖まで、下手すると代わりの魚を求めて樺太の沖合まで出漁する。
 船の前部の甲板は巻き上げた網で採れた魚を仕分け処理する場所。後部は流し網を入れる作業場と漁具が保管してある。船の真ん中はブリッジになり、前面にある操船室の後へ続く部屋からが幹部の居室になっていた。機関長と航海士はブリッジ下の船内が居室だが、野村を含む一般の甲板員は船尾中央のスクリューの上辺りの操舵機室を挟んで左右の部屋にある二組の二段式のベッドが居室だった。一部屋四人で左右ふた部屋で八人分(甲板員6名、機関員2名)あった。各ベット側面にはカーテンで付いていた。
   海水温や潮流や気象、同業者間の無線も参考にするが、何処に網を入れるかは船主の勘と経験が勝負だ。
 適粋海域《てきすいかいいき》を求めて移動するときは暇だ。だが一旦操業が始まると船主、操船員、機関員の三名以外は網入れや網上げに付く。この三名以外は網入れが終わり、網上げが始まる迄の間に休眠を採る。操業中はそれ以外は連日休む時間はなく食事も甲板での立ち食いに等しい。残り九名で操業するが交代要員の操船員、機関員は一部網上げを手伝うがそれ以外の作業時は六名になる。野村が来るまではそれも五名でやっていた。自然が相手だ、いつ何時突発的に何が起こるか分からない、その時は幾ら人手が有っても足らない。漁に入ると猫の手も借りたいほどだった。
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