振り向けば君がいた

和之

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第三十六話-3

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「ただいま」と希美子は玄関の戸を開けた。引っ越すと云うから昨日から片付けたのに荷物はこれだけ、と迎えに出た母は呆気にとられていた。
「佳乃ちゃん悪いわね荷物が多いだろうと思って頼んだのに頼まなけゃあよかった」
「おばさんいいんですよ楽しかったから」
 母はみんなを居間に案内した。食卓の上には鍋とカセットコンロが置かれ、傍のかごに白菜や春菊、鱈、鰤や牡蠣が皿にのっている。
 一階は六畳の此の部屋と台所、風呂、トイレ と別に四畳半の部屋があった。今日はお客さんだからと、母と佳乃は準備が出来るまで二人を二階で寛《くつろ》がせた。
 二階は四畳半と六畳の二部屋を二人が使うようになってる。窓から見える景色は何もない静かな瓦屋根の町並みばかりが続いていた。遠くにはなだらかな山並が続いている。だが車で少しばかり走れば直ぐ海に出てしまう。しかし家から近いと云う海は山で見えずに実感出来ない。
「母と相談してこの空き家に決めたの」
 彼女はなんの屈託もなく明るく振る舞いながら、僅かな荷物の整理を始める。カバンから取り出した衣服をたたんでは隅の簡易の整理タンスに仕舞っていた。傍に座り見続ける慎二《しんじ》には民宿にでも居るような気分だ。まだこの町で一緒に暮らすんだと云う実感が湧いてこない。周りの調度品のなさも拍車をかける。それに希美子が目敏《めざと》く声を掛けた。
「これから必要な物を取り揃えてゆけばいいでしょう」
 と整理の終わった希美子は、ぼんやりと辺りを見回す野村に言った。さっきまで晴れていた空はどこにも無く、代わりに覆《おお》った雪雲が更に口数を少なくさせる。そんな雰囲気を吹き消すように、食事の支度が調ったと云う母の知らせが階段を駆け上がって来た。 
  コンロの鍋を囲んでワイワイと佳乃も入って四人で食べ始める。野村の家庭にはなかった此の食事風景に、何かが吹っ切れてゆく。ひと月ばかり前には子供たちがはしゃぎ回り、大勢の親戚を迎えて過ごした新年より、僅かな他人ばかりのこの温かさに包まれて、改めて飾り気のない穏やかな旧暦の新年を迎えた。
                      
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