振り向けば君がいた

和之

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第三十三話-3

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 天橋立駅で佳乃に見送られて乗った特急列車は軽快に丹波路を飛ぶように走ってゆく。
「ひょっとするとお母さん、あの佳乃さんって云う子はあたしの代わりの様に思って暮らしてたんじゃない、だってそうでなきゃあきっとあたしに会いに来るでしょう」
 なるほどそう受け取ってもいいぐらいに気立ての良い娘《こ》だった。
「どうだろうねぇ、かえって君を思い出しちゃってつらかったんじゃない」
 野村はわざと揶揄《からか》った。
「そやろかまあしゃあないか」 
 野村の本心を見抜いて希美子はほっこりして言った。
「さあ、これでええ着物が出きるんやろう」
「もう!漫画を描くのじゃなかったの」
「そのつもりだったけど。今日のことでもう一度着物に良い柄を描いてみたくなってしもた」
「良い色出せるの?紙と違って白生地に、絵の具でなく染料で橋場さんが十年掛かって、柏木さんが諦めたものがあなたに出来るの」
「代々受け継いできたあの着物には百年前の絵描きの技が染み込んでいると思たら何か胸がジーンとなってきてしもた」
「感情に流されやすいのね、分かったわ。好きこそ物の上手なれ、だから後は持続力ね本当はそっちの方が大事なのよ、だからこそ続けるのよ」
  この後に及んで覚悟を決めればジタバタしない。希美子はいやにはっきりしている。この気の強さはどっから来ているのだろう。頼もしいと云えばそれまでだが、もし、もしも、自信喪失すればそこから来る迷いに勝てるだろうか。
「決めた以上しっかりせなあかんよ」
  希美子は彼の心を見透かすように笑って励ました。目が素敵だった。
「その顔観たら元気が出た」
「もう、おかしなとこで納得しないでよ」
 眉を吊り上げて怒ってはいるが、瞳は中途半端な妥協はしないでと云っている。迷っちゃダメ、荒れた海は早めに舳先《へさき》を荒波に向けないと転覆してまう。この波を上手く乗り切るのはあなたの舵次第よと暗示していた。
 此の時、深山の言った餞《はなむけ》の言葉「彼女は人生の良薬にも劇薬にもなる薬草だ」と云う忠告が脳裏を掠めた。
 それと裏腹に希美子は何事も無かったように無邪気に笑った。彼女は俺を試しているんじゃないだろうか「あたしを手に入れたかったら修羅場を潜《くぐ》りなさい」そう呼びかけているような笑いに見える。彼女は俺の精神を鍛える劇薬なのか?深山の云う処方箋と云う言葉が人生の波の谷間に見え隠れする。
「何そんなに難しい顔しているの、さっきの言葉気に障ったなら謝るわ」ゴメンねと静かに言った。
 このまま列車が銀河鉄道の漫画のようにレールから離れて宇宙へ駆け上ってゆく夢を描いていた。だが列車は現実をあざ笑うように地上を這うように走っていく。
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