振り向けば君がいた

和之

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第三十二話

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(32)
 希美子は母に会った。二、三度目だと云うのにずっと昔から会っていたように母は寄り添って話してくれた。
 手紙で書いてた人?母がそう言った時に野村は変な顔をする。それで母はもうその話は止めてしまった。
 奥に古いタンスがあった。訊けばあなたが生まれる前のものだと母は言った。開ければ色鮮やかな着物が出てくる。これはその当時の職人が描いたものだった。
 訊けばお母さん、つまり私の祖母から母がもらった物だと言って片袖を通させる。似合うじゃあないと両袖も通して前を合わせた。どんな帯が似合うかしらと今度は僅かしかない帯を取り出す。
 この着物を受け継ぐ娘が居た事が余程愉しらしい。それを選ぶ母の嬉しそうな顔を見ていると涙が出そうになる。傍で野村が察してくれる。それで母の歓びが芯まで伝わりそうになった。
「母はやっと祖母から受け継いだ重みに解放されたのよ」
 その安堵する姿に母が背負ったう呪縛の重さを彼女は知らされた。  
 代々受け継いだこの色彩を私は残さねばならない。どうやって自分の感性の中に取り込めるか、あなた手伝ってもらえますね。
 解りますか。結ばれ無かった母の燃え上がる恋の色彩をあなたは描けますか。                    
「どんな色です」
 丹後の烈しい気候に耐える色です。それが母の色。
 母はこの丹後で生まれました。そして縁あって近在の町に嫁いだの。その町へ熊本から研修生として父が丹後に半年間滞在したの。
 丹後には名所と云えば細川ガラシャが居た味土野《みどの》が有名だった。またそこは熊本の藩主だった細川家と関わりの有る土地柄で父は訪ねた。この地に幽閉されたある人に関心の有る母も偶然同じ日に訪れていた。そこで母を見初めた。母は初めて恋をした。それから何回か此処で密会を重ねた。
 これから母が父と出会ったその味土野へ行くから一緒に来てほしいの。母の幼馴染みでその娘、佳乃《よしの》さんの運転する車で向かった。
「おばさんの恋、うちのお母さんが羨ましがってました。でもあんたはそれで運を全部使い切ってしまったって言ってたわよ」
 運を全部使い切った。きっと悔いのない恋だったんだ。
「佳乃さん知ってるの?」
 ええ、母とはすごく仲が良かったらしいと聞くと、すぐに浴びせた母の恋の質問に彼女は応えた。
 彼には出世に関わる婚約者がいたし、自分にも夫が居た。丹後は寂れた何もない所だった。味土野と云う共通の関心事以外で愉しみのない二人には、クールな付き合いでひとときの楽しみが作れるのならと思った。そして遅い丹後に春を迎えた季節も後押しした。
 
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