振り向けば君がいた

和之

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第二十八話

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 中本とは高校を出て友禅の仕事をするまでは月に二、三回は会っていたがそれから一年以上は会ってない。中本の事が気になりだしたのは、希美子に野村への迷いがなくなってからだ、つまり気持ちに余裕が出来たからだ。中本も今までは漫画の制作で時間が無いと連発して会わなかった。それが去年の秋の終わり頃から暇な男になった。つまり制作に行き詰まって何も描けない状態に陥っていた。そこへ素描き友禅の話を持ち込めば、渡りに船と彼は乗って来た。
 迎えに来た野村に誘われて中本は普段着のまま深山さんと対面した。そこで野村から簡単な紹介を受ける。
 中本は深山に言わせると普通の人らしい。と云うか先生とは気心が通じるものが有ると見込まれる。
 深山さんはいつもの凡庸な表情には不釣り合いに目を輝かせた。この変化から野村は採用を確信すると「良かったなあ中本」と安堵を浮かべさせた。
 深山さんは時間が余っているにも関わらず中本も一緒に乗せて野村の実家へ急いで向かった。それだけ中本の絵に対する熱意を汲み取ったらしい。
 実家では中本も荷物の運び込みを手伝ってくれてはかどった。
 両親は息子がお世話になった口上を述べている間は深山さんが妙にかしこまって受け答えをしている。だが母はその神妙さが新鮮に見えて何度も茶菓子を勧めている。人を頼るな当てにするなその結果として人を恨まんで慎み深くなる、この説論が信条の母らしからぬ接待が可笑しかった。それだけ初見では徳を積んでる人に見えたのかも知れない。しかし深山さんの背筋も知らぬ間にピーンと伸びて居るのを見るとそれも可笑しかった。
 荷物運びを手伝った中本がサッサと車に戻って待ってる手前、深山さんはそれを口実に早々に引き揚げる。
 深山さんの後ろ姿を見送った母が「家《うち》は人手が足りてるのに何で辞めるんや」と怪訝そうに息子に言った。どうやら母はお前があそこ以外の所では長続きしないと踏んでいる。だから母は余計に辞めたことを気にしている。
「今の彼女がいればどんな困難も乗り越える自信があるさかい心配せんでええんや」
「そしたら別に今のままでええんちゃうんの」
「そうするとさっきの深山さんに迷惑が掛かるさかいにしゃあないにゃあ」 
 深山さんの名前を出すと、母はそれ以上は訊かなかった。父はもう機械の傍に戻っていた。
  
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