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第二十七話
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五人は知恩寺に行ったが「なむしえ」で境内には青空市でいつもの静けさは無く、直ぐに引き返した。寮に戻って来ると表の駐車スペースに会社のライトバンが止まっていた。
「ああ、深山さん戻って来てるんや」
白井が言うと、雅美がさっそく荷物を運んでもらいと野村に言ったが寮には居なかった。そこで五人は向かいの本宅に行くと、深山がひとり食堂兼用の居間でテレビを見ていた。
「なんやみんなそろいもそろって日曜や云うのにどっこも行かんとブラブラしてたんか暇な連中やなあ」
「ブラブラしてへんわ野村くんを励ましていたんやなあ陽子」
「そうや、それに深山さんこそまっすぐ帰ってきてテレビ見てるくせに」
「二人ともなに云うてんのや、この人はひと仕事してきゃあったんやで」
睦夫さんが深山さんを立てる所は流石だが、白井は覚めた目で観察していた。
「ぼくは野村くんの荷物の運び出しに待機してたんや」
深山は皆を一巡してちょっと早いけどよかったら今からやるかあと野村に訊いた。これに睦夫さんが賛成すると早速作業に掛かった。
先ずは雅美と陽子を除くみんなが野村の部屋に集まった。これだけ居れば一回で済みそうな荷物だった。寝具類とラジオと雑誌、後の小物類は幾つかの手提げ袋に入れた。
表へ出ると僅かな荷物が住み込みの年月の短さを表していた。前任者が置いて行くから買いそろえるのも少なかった。
「野村くんの実家って近いの?」
陽子が少ない荷物にかられて訊いて来た。
「そんなに遠くない」
寮に入るときに荷物を取りに行った深山が答えた。
「実家が印刷屋さんってほんと?」
「そりゃあ間違いないぼくが布団を運んでやったのだから」
陽子の問いに野村で無く深山がすかさず答えるから彼の出番がなかった。たまりかねて雅美が野村に返事を促した。
「うん、だから機械が回るとうるさいけど慣れた」
ここは静かな職場で良かったけどしゃないわなあと言うと雅美がそんなこと言うてええんかとまたチクリと云う。それを深山が見逃さなかったが直ぐに車を動かしに掛かった。
「ホなあ行くけど野村くん以外はここでお見送りやなあ」
みんなの声援に送られて深山は車を動かした。振り向けば遠ざかる車にみんなはまだ手を振っている。
「午前中はみんなそろってどっか行ってたんか」
「百万遍」
「知恩寺か、そやけど今日はあそこは『なむしえ』とちゃうんか」
「何ですかそれは」
毎月第四日曜日に野菜などと他の食べ物を売る店が立ち並ぶ青空市や、君らが行ってもおもろないと説明して、睦夫くんが知らんはずがないんやけどなあとぼやいていた。白井くんの発案と聞いて、なるほどなあと聞き流している。
「ところで希美ちゃんの事は雅美くんも知ってるんやなあ」
「あと陽子ちゃんも知ってる」
二人だけかと聞かれて頷いた。
「ぼくは彼女にはほとほと参って仕舞ったが君はその心配がないやろう」
何処までが本心なのか判らないが、後を任された感じだが、真摯に受け取っていいのだろうか。彼はずっとこちらを見ないで運転しながら淡々と話している。まるで映画の筋書きを語るような、その横顔からは全く表情が読み取れなかった。この人は喜怒哀楽を表現しても冷静なのか、表情が乏しくその顔からは本気度が伝わりにくい人だ。とにかくこの人は感情を表に出すのが苦手なのか単に控えているのか、またそれを根に持つタイプでもなさそうだ。その様を聖人に例えると、最初に希美子が惹かれたのも納得出来るが、その彼女がアッサリと見限ったのなら何もない人かも知れない。
五人は知恩寺に行ったが「なむしえ」で境内には青空市でいつもの静けさは無く、直ぐに引き返した。寮に戻って来ると表の駐車スペースに会社のライトバンが止まっていた。
「ああ、深山さん戻って来てるんや」
白井が言うと、雅美がさっそく荷物を運んでもらいと野村に言ったが寮には居なかった。そこで五人は向かいの本宅に行くと、深山がひとり食堂兼用の居間でテレビを見ていた。
「なんやみんなそろいもそろって日曜や云うのにどっこも行かんとブラブラしてたんか暇な連中やなあ」
「ブラブラしてへんわ野村くんを励ましていたんやなあ陽子」
「そうや、それに深山さんこそまっすぐ帰ってきてテレビ見てるくせに」
「二人ともなに云うてんのや、この人はひと仕事してきゃあったんやで」
睦夫さんが深山さんを立てる所は流石だが、白井は覚めた目で観察していた。
「ぼくは野村くんの荷物の運び出しに待機してたんや」
深山は皆を一巡してちょっと早いけどよかったら今からやるかあと野村に訊いた。これに睦夫さんが賛成すると早速作業に掛かった。
先ずは雅美と陽子を除くみんなが野村の部屋に集まった。これだけ居れば一回で済みそうな荷物だった。寝具類とラジオと雑誌、後の小物類は幾つかの手提げ袋に入れた。
表へ出ると僅かな荷物が住み込みの年月の短さを表していた。前任者が置いて行くから買いそろえるのも少なかった。
「野村くんの実家って近いの?」
陽子が少ない荷物にかられて訊いて来た。
「そんなに遠くない」
寮に入るときに荷物を取りに行った深山が答えた。
「実家が印刷屋さんってほんと?」
「そりゃあ間違いないぼくが布団を運んでやったのだから」
陽子の問いに野村で無く深山がすかさず答えるから彼の出番がなかった。たまりかねて雅美が野村に返事を促した。
「うん、だから機械が回るとうるさいけど慣れた」
ここは静かな職場で良かったけどしゃないわなあと言うと雅美がそんなこと言うてええんかとまたチクリと云う。それを深山が見逃さなかったが直ぐに車を動かしに掛かった。
「ホなあ行くけど野村くん以外はここでお見送りやなあ」
みんなの声援に送られて深山は車を動かした。振り向けば遠ざかる車にみんなはまだ手を振っている。
「午前中はみんなそろってどっか行ってたんか」
「百万遍」
「知恩寺か、そやけど今日はあそこは『なむしえ』とちゃうんか」
「何ですかそれは」
毎月第四日曜日に野菜などと他の食べ物を売る店が立ち並ぶ青空市や、君らが行ってもおもろないと説明して、睦夫くんが知らんはずがないんやけどなあとぼやいていた。白井くんの発案と聞いて、なるほどなあと聞き流している。
「ところで希美ちゃんの事は雅美くんも知ってるんやなあ」
「あと陽子ちゃんも知ってる」
二人だけかと聞かれて頷いた。
「ぼくは彼女にはほとほと参って仕舞ったが君はその心配がないやろう」
何処までが本心なのか判らないが、後を任された感じだが、真摯に受け取っていいのだろうか。彼はずっとこちらを見ないで運転しながら淡々と話している。まるで映画の筋書きを語るような、その横顔からは全く表情が読み取れなかった。この人は喜怒哀楽を表現しても冷静なのか、表情が乏しくその顔からは本気度が伝わりにくい人だ。とにかくこの人は感情を表に出すのが苦手なのか単に控えているのか、またそれを根に持つタイプでもなさそうだ。その様を聖人に例えると、最初に希美子が惹かれたのも納得出来るが、その彼女がアッサリと見限ったのなら何もない人かも知れない。
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