振り向けば君がいた

和之

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第二十二話-2

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「あらー波多野さんよく来てくれたわね、そっちの人が電話で言ってた人ね」
「そう野村さん」
「こんにちは」
「こんにちはさあ入って今日はこれで店仕舞いにするから」と二人を商談用に作られた向かい合うソファのある空間へ案内した。そこに柏木も居た。二人は挨拶を交わして座った。
 ソファに座る柏木は細面だが眼光の奥には鋭く射貫く眼差しが見え隠れした。しかし対面してからは顔を崩している。
「なかなかの似合いのカップルだなあ」と柏木が言った。そうでしょうと君子が添えた。
 柏木が彼に興味を持ったのは、同じ経緯(いきさつ)であの友禅会社を見つけた事だった。その話を聴いてどうしても会いたくなったのである。
 からっきし度胸のない野村とは正反対に見えるこの人が、あのたわいもない動機と同じはずがない。もっと高尚な仁義沙汰で息詰まったに違いないと勝手に解釈した。
 ーーぼくは昔は長距離トラックの運転手をしていた。有るとき宍道湖で見た夕陽の色に魅せられてしまった。そう夕焼けの朱色に虜になってしまってうっかり赤信号で突っ込むところでしたよ。こればやばいと思い車を降りて佇んだんですよ。そして帰って来ると直ぐ休みを取って正に君の様にあの辺りを歩きました。    
「それで前の仕事を辞めたんですか」
 なるほどと野村は話に一区切りを付けさせた。
「あら純なところがあるんですね」
「希美ちゃんにそう言われると‥‥‥」
  妹のような希美子の一言に柏木は破顔した。
  この男に初めて会った慎二は、彼の過去の顔は一切知らない。おそらく多くの彼を見知る者の中にも見せなかった顔をこの男は自然と現した。希美子の神通力も大したもんだ。先生も彼女のこの顔で参ったのか。
「ぼくは元来真面目な男なんですよ」と切り出すと顔立ちもそれに似てきて初見の警戒心も吹っ飛び親しみが湧いて来るから不思議なもんだ。
「周りがそうさせてくれないだけですから、でも希美子さん、あなたはただ言わなかっただけで随分と前から理解してれた。だからこうして今日来たんですね」
 後ろ姿に本当の人生が有ると云うが、希美子は此の人の後ろ姿こそ本当に慎二に見せたかった。
「ええ、此の人に自立を促す為にも一緒に来てもらった」
 希美子は野村に投げた視線を静かに柏木に移動させた。
「野村くんか」 
 柏木は素敵な人でしょうと云う希美子の眼差しに応えるように彼を呼び止めた。
「はぁ」
 覇気のない返事を戒めるように希美子は今度は鋭い視線を投げ付けた。それで野村は少し顔を引き締めた。
「まだ若いその歳でぶれないのが可笑しい、そんなに早く人生を決めるべきじゃないと思うが俺もそうだがこの人を伴侶に決めた以上はしかたがないなぁ」
 この人には似つかわしくない、まるで蜘蛛の巣に絡み取られたものような言い方だ。これでどう云う人生観の持ち主なのか判らなくなった。
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