振り向けば君がいた

和之

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第二十二話

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 だが希美子は暫く躊躇していた。何に‥‥‥。此の人にとって良いのか悪いのか。自分の道は自分で決める、何も人様にとやかく言われる筋合いの物でない。でもまだ夢の中に居るのなら目を覚まさす必要があった。特に希美子が仕事を変えてから野村も、寮を出て一緒に住むと言い出す。要するに会う時間をもっと作る必要に迫られての究極が同棲である。これで希美子は最終決断をする。
 いつものように希美子に誘われた。この日はいつもと違って行き先を言わない。電車とバスを乗り継いでから二人は歩き始めた。行き先を尋ねる野村に「その前に聴いてほしいの」と希美子は柏木さんがなぜ友禅の画工を辞めたのかと云う説明をする。
 柏木さんが山村先生の会社に入ったのは七年前だった。彼も寮に入って先生からの手ほどきを受けた。彼もあなたと同じように絵心だけでこの世界に迷い込んだ。元は長距離トラックの運転手をしていて旅の先々で良い景色に巡り合うと、車を止めて眺めていたそうです。とくに夕焼けの色が好きで同じ色はなかったそうです。その内に一ヶ所に腰を落ち着けたいと、休みの日に哲学の道から北白川へ迷い込む様に歩いて張り紙を見つけた。そこがあなたとそっくりだったので慎二さんの話しを聞いた時の彼の驚きはなかったわよ。だからいずれあなたも柏木さんと同じ壁に当たるかも知れないと思って。言わば転ばぬ先の杖って云う訳。
  友禅職人からなぜ洋服のデザイナーに変わったのか。先生は新作の着物の絵柄を創作している。柏木はそれも一種のデザイン画だと悟った。転んでもただで起きない人だったのです。そこから彼の新たなチャレンジが芽吹いた。でも試行錯誤の連続でそれを支えているのは君子さんだけです。
  洋服は柄以外にデザインで形も変わるが、着物は絵柄だけで勝負している。着物は送りと付げ下げの二種類だが、洋服には形が無限で制約を受けない。そこが柏木には魅力と云うか才能の可能性を見出そうとした。 
  限られた下地、キャンバスでは無理だった。そこに彼の着物への情熱の限界を感じて別に求めてしまった。彼の求めた柄は斬新でそこに着物に無い自由な形を絡めて創意工夫していった。その過程は彼の店へ行けば判ります。
  彼は今、北山にブティックを持っています。彼のデザインした服もそこで展示販売しているから作品が見られます。希美子が話し続ける内に小綺麗な店の並びが途切れかけた所に、間口一杯に洋服が飾られた店が有った。表のウィンドウの外れに小さく柏木と書かれていた。
「ここですか駆け落ちした柏木さんのお店は」
 希美子は野村の肩を軽く突いた。
「そんな言い方はないでしょう。素敵な人だからあなたに一度会っておいて欲しいと思って」
「どうして?」
  一寸尻込み仕掛ける慎二を希美子は、屹度した瞳で押し留めた。気を取り直した慎二に、今度はなごむ眼差しをそっと向けた。半開きにしたドアから覗くと、向こうから一人の女性がこちらを窺っている。その目に招かれる様に二人は中へ入った。
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