振り向けば君がいた

和之

文字の大きさ
上 下
24 / 83

第十七話

しおりを挟む
(17)                             
 信州の旅行から帰ってからも職場では、彼女と向かい合う間に張られた一本の紐に掛けられた新聞紙の暖簾越しに遣り取りする光景は同じだ。だが今までの何でも無い希美子の仕草や、笑顔までが謎めいて見えてくる。それを見透かすように希美子は時折、微笑みを寄越す。それに新たなものが加味されると、何かにつけ希美子は野村を庇う仕草や言動が増えて来た。そしてあなたは亡くなった恋人に似ていると云う言動も、あの時は無表情だったが少しずつ感情が籠もりだした。そうなると気があるのではと気を揉み、気持ちが盛り上がると「勘違いしないで!」と云う決定打を喰らった。これはかなりのショックだった。そうだろうな彼女ほどの好かれる人間が自分を相手にするはずが無い。そう納得しても不意にラジオから流れる曲に「この歌好き、あなたは」と訊かれ同意すると「そうでしょうやっぱり気が合うのね」と言われ、また何事も無かったように希美子は野村を擁護する。 
 此の遣り取りが数日続き「あなたは恋人に似ている」と云う言葉を更に感情を込めて言われるともう虜にされてしまう。夏の旅行が終わってからは次第に彼はこの言葉に確信を持ち始めた。
 
 この日は仕事が終わり片付け中に直径が2、5センチ、長さが四センチほどの円柱のアルミ中を刳り貫いて作った小さな入れ物をポケットから取り出した。希美子はそれを見て「見せて」とせがまれた。それは茶筒のように身と蓋に分かれ、真珠のような小粒のイヤリングが二つほど入る代物だった。
「これどうしたの?」
 彼女は蓋を取って中を見て感心している。
「前の会社で暇つぶしに旋盤で加工した」
「自分で?」
「うん」
「良く出来てるわね、・・・どうして十ヵ月で辞めたの」
「みんなと馴染めなかったから」
「そう、それでこんな物作っていたのね」
 手先は器用だけど生き方が不器用なのね、とその工芸品を慈しむように眺めていた。すると、そこへ夕食を終えた深山が希美子を誘いに来た。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...