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第十七話
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信州の旅行から帰ってからも職場では、彼女と向かい合う間に張られた一本の紐に掛けられた新聞紙の暖簾越しに遣り取りする光景は同じだ。だが今までの何でも無い希美子の仕草や、笑顔までが謎めいて見えてくる。それを見透かすように希美子は時折、微笑みを寄越す。それに新たなものが加味されると、何かにつけ希美子は野村を庇う仕草や言動が増えて来た。そしてあなたは亡くなった恋人に似ていると云う言動も、あの時は無表情だったが少しずつ感情が籠もりだした。そうなると気があるのではと気を揉み、気持ちが盛り上がると「勘違いしないで!」と云う決定打を喰らった。これはかなりのショックだった。そうだろうな彼女ほどの好かれる人間が自分を相手にするはずが無い。そう納得しても不意にラジオから流れる曲に「この歌好き、あなたは」と訊かれ同意すると「そうでしょうやっぱり気が合うのね」と言われ、また何事も無かったように希美子は野村を擁護する。
此の遣り取りが数日続き「あなたは恋人に似ている」と云う言葉を更に感情を込めて言われるともう虜にされてしまう。夏の旅行が終わってからは次第に彼はこの言葉に確信を持ち始めた。
この日は仕事が終わり片付け中に直径が2、5センチ、長さが四センチほどの円柱のアルミ中を刳り貫いて作った小さな入れ物をポケットから取り出した。希美子はそれを見て「見せて」とせがまれた。それは茶筒のように身と蓋に分かれ、真珠のような小粒のイヤリングが二つほど入る代物だった。
「これどうしたの?」
彼女は蓋を取って中を見て感心している。
「前の会社で暇つぶしに旋盤で加工した」
「自分で?」
「うん」
「良く出来てるわね、・・・どうして十ヵ月で辞めたの」
「みんなと馴染めなかったから」
「そう、それでこんな物作っていたのね」
手先は器用だけど生き方が不器用なのね、とその工芸品を慈しむように眺めていた。すると、そこへ夕食を終えた深山が希美子を誘いに来た。
信州の旅行から帰ってからも職場では、彼女と向かい合う間に張られた一本の紐に掛けられた新聞紙の暖簾越しに遣り取りする光景は同じだ。だが今までの何でも無い希美子の仕草や、笑顔までが謎めいて見えてくる。それを見透かすように希美子は時折、微笑みを寄越す。それに新たなものが加味されると、何かにつけ希美子は野村を庇う仕草や言動が増えて来た。そしてあなたは亡くなった恋人に似ていると云う言動も、あの時は無表情だったが少しずつ感情が籠もりだした。そうなると気があるのではと気を揉み、気持ちが盛り上がると「勘違いしないで!」と云う決定打を喰らった。これはかなりのショックだった。そうだろうな彼女ほどの好かれる人間が自分を相手にするはずが無い。そう納得しても不意にラジオから流れる曲に「この歌好き、あなたは」と訊かれ同意すると「そうでしょうやっぱり気が合うのね」と言われ、また何事も無かったように希美子は野村を擁護する。
此の遣り取りが数日続き「あなたは恋人に似ている」と云う言葉を更に感情を込めて言われるともう虜にされてしまう。夏の旅行が終わってからは次第に彼はこの言葉に確信を持ち始めた。
この日は仕事が終わり片付け中に直径が2、5センチ、長さが四センチほどの円柱のアルミ中を刳り貫いて作った小さな入れ物をポケットから取り出した。希美子はそれを見て「見せて」とせがまれた。それは茶筒のように身と蓋に分かれ、真珠のような小粒のイヤリングが二つほど入る代物だった。
「これどうしたの?」
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「そう、それでこんな物作っていたのね」
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