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第十六話
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(16)
翌朝は「おはよう、よく眠れた」と云う希美子の聞き慣れた今朝の挨拶が特別な意味に感じた。でも朝食から何事も無く振る舞い、はしゃぐ希美子を見て昨夜の言葉が心の闇の中に埋もれていった。
最終日はゆっくりと旅館を出た。松本城を見てから途中は何処にも寄らず真っ直ぐ帰り道に着いた。唯一の松本市内でも相変わらず希美子は深山と一緒に歩いていた。城の公園では今までとは違い、意識して野村は二人から離れて行動するようになった。そんな野村を見ると必ず「どうしたの?」と言い寄った希美子が今はそのまま深山と歩いていた。
そんな気落ちする野村に「こないだ言ったことは冗談よ」と陽子が寄って来ると誤魔化し笑いして「どうしたの?」と陽子が今度は真顔で声を掛けてきた。
それでもこないだ陽子に何を言われたのか今は眼中になかった。
彼が来るまでは希美子と陽子は寮では相部屋で二人は良い話し相手だったらしい。希美子が来るまでは仕事どう?と声を掛けていたのは陽子だった。
「希美ちゃんに何か言われたの」
今度は落ち込んでると思い込んで陽子は、それ見ろと嫌みたっぷりにからかい半分に声を掛けてきた。
「いやその反対なんだ気の利いた事を言われた」
「誰に?」
まさかと陽子は訊き返した。
「希美ちゃんに、あれ本心だろうか?そんな事ないよなあ」
「何を言われたの、それで一人で納得するなんてどう云うこと?希美ちゃん深山さんにも本心は絶対に言わないのよ」
だから陽子は誰にも言うはずがないと神妙な面持ちで覗き込んできた。どうやら野村が昨夜知り得た昔の恋人が自殺した事は、誰も知らない希美子の最先端の情報らしい。そんな大事ことをなぜぼくだけに。それを突き詰めると彼女の揺れ動く心情が事実かどうか自信が無くなった。
「希美ちゃんは野村君の歓迎会で観たとおり天の邪鬼だから。あんまり深入りしない方が身のためよ深山さんを見たら分かるでしょう振り回されてるんだから」
「さあ、それでもあの二人は上出来と違うん?どうあれ、いずれは一緒になるんだろうね。陽子ちゃんには分かるんだ希美ちゃんと同じ部屋だったから微妙なニュアンスが」
「それは関係ないよ、一緒になるか知れたもんじゃないよ。だって他の人にはあたしほどの洞察力はないもん」
「えらいはっきり言うんやねぇ」
これには驚いた。誰が見たってあの二人はみんな一目置いているのに、陽子の眼力はどうなってんのか腑に落ちない。確かに他のカップルみたいにべたべたじゃないけど冷めた雰囲気でもなかった。それに他の異性が入り込む透き間がない。正確に云うなら付かず離れずが回りをヤキモキさせる存在だった。あの人は悪い人じゃないと言い続ける人が、その殻を打ち破れるはずがない。だから希美ちゃんはそんな番狂わせを演じられる人じゃないとみんな思ってる。
「みんなはいつ一緒になるんだろうと思っているのに、陽子ちゃんだけはどうしてそんな風に言い切れるんだ」
噂の二人、深山と希美子は今も数メートル先を寄り添って歩いているが良く見ると数センチ空いていた。それを見てエヘヘと陽子は笑った。
「それはわたしにしか解らないの。・・・でもそれ以上にさっきの本心に近い気の利いた言葉がどんなものか分からない」
と陽子は不思議な眼差しを野村に向けた。
「希美ちゃんあなたに何を言ったの」
「それは言えない彼女の根幹に係わるから」
フーンと陽子は鼻を鳴らした。
「何もったいぶってんの」
同部屋の陽子のこの言い方であの夜の「初恋の人に似ている」と云う言葉には特別な意味が在るのかと疑惑が益々深まった。それだけにこの事実だけは独り占めしたくなった。
翌朝は「おはよう、よく眠れた」と云う希美子の聞き慣れた今朝の挨拶が特別な意味に感じた。でも朝食から何事も無く振る舞い、はしゃぐ希美子を見て昨夜の言葉が心の闇の中に埋もれていった。
最終日はゆっくりと旅館を出た。松本城を見てから途中は何処にも寄らず真っ直ぐ帰り道に着いた。唯一の松本市内でも相変わらず希美子は深山と一緒に歩いていた。城の公園では今までとは違い、意識して野村は二人から離れて行動するようになった。そんな野村を見ると必ず「どうしたの?」と言い寄った希美子が今はそのまま深山と歩いていた。
そんな気落ちする野村に「こないだ言ったことは冗談よ」と陽子が寄って来ると誤魔化し笑いして「どうしたの?」と陽子が今度は真顔で声を掛けてきた。
それでもこないだ陽子に何を言われたのか今は眼中になかった。
彼が来るまでは希美子と陽子は寮では相部屋で二人は良い話し相手だったらしい。希美子が来るまでは仕事どう?と声を掛けていたのは陽子だった。
「希美ちゃんに何か言われたの」
今度は落ち込んでると思い込んで陽子は、それ見ろと嫌みたっぷりにからかい半分に声を掛けてきた。
「いやその反対なんだ気の利いた事を言われた」
「誰に?」
まさかと陽子は訊き返した。
「希美ちゃんに、あれ本心だろうか?そんな事ないよなあ」
「何を言われたの、それで一人で納得するなんてどう云うこと?希美ちゃん深山さんにも本心は絶対に言わないのよ」
だから陽子は誰にも言うはずがないと神妙な面持ちで覗き込んできた。どうやら野村が昨夜知り得た昔の恋人が自殺した事は、誰も知らない希美子の最先端の情報らしい。そんな大事ことをなぜぼくだけに。それを突き詰めると彼女の揺れ動く心情が事実かどうか自信が無くなった。
「希美ちゃんは野村君の歓迎会で観たとおり天の邪鬼だから。あんまり深入りしない方が身のためよ深山さんを見たら分かるでしょう振り回されてるんだから」
「さあ、それでもあの二人は上出来と違うん?どうあれ、いずれは一緒になるんだろうね。陽子ちゃんには分かるんだ希美ちゃんと同じ部屋だったから微妙なニュアンスが」
「それは関係ないよ、一緒になるか知れたもんじゃないよ。だって他の人にはあたしほどの洞察力はないもん」
「えらいはっきり言うんやねぇ」
これには驚いた。誰が見たってあの二人はみんな一目置いているのに、陽子の眼力はどうなってんのか腑に落ちない。確かに他のカップルみたいにべたべたじゃないけど冷めた雰囲気でもなかった。それに他の異性が入り込む透き間がない。正確に云うなら付かず離れずが回りをヤキモキさせる存在だった。あの人は悪い人じゃないと言い続ける人が、その殻を打ち破れるはずがない。だから希美ちゃんはそんな番狂わせを演じられる人じゃないとみんな思ってる。
「みんなはいつ一緒になるんだろうと思っているのに、陽子ちゃんだけはどうしてそんな風に言い切れるんだ」
噂の二人、深山と希美子は今も数メートル先を寄り添って歩いているが良く見ると数センチ空いていた。それを見てエヘヘと陽子は笑った。
「それはわたしにしか解らないの。・・・でもそれ以上にさっきの本心に近い気の利いた言葉がどんなものか分からない」
と陽子は不思議な眼差しを野村に向けた。
「希美ちゃんあなたに何を言ったの」
「それは言えない彼女の根幹に係わるから」
フーンと陽子は鼻を鳴らした。
「何もったいぶってんの」
同部屋の陽子のこの言い方であの夜の「初恋の人に似ている」と云う言葉には特別な意味が在るのかと疑惑が益々深まった。それだけにこの事実だけは独り占めしたくなった。
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