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第十五話~2
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次は睦夫さんがラケットを取った。そっからラリーみたいな応酬が始まった。
「二人とも息合ってるわねぇ、あたしたちの出番ないわね向こうでコーヒー飲んで来るわね」
希美子は野村を誘ってラウンジに行った。
「この旅行、黒川さんも巳絵ちゃん誘って来れば良かったのに」
「あの二人は来ないわ」
「なんで」
「あの黒川くんって云う子はそういう男なのよ」
初めて見る希美子の蔑んだ目には背筋に冷たいものが走った。
深山さんに黒川を訊くと彼は人間的には柏木くんの方が良かったと言うのを思い出した。でも深山さんのは普通に聞き流せた。
「深山さんもそういう事言っていたなあー」
「あたしには言わないけどそれは伝わった。のりちゃんもイヤなとこあるって言ってたけど具体的にはあの子何も言わ無かった。みんな黒川さんを避けてるのよね」
彼女が来た時に最初に慣れ慣れしく寄ってきたのが黒川だった。その厚かましさに愛想が尽きたらしい。それに喋りの男は好かんとも言っていた。出来れば寡黙で何を考えてる解らないところに魅力を感じるの、貴方みたいにと付け加えた。そこで今度は背筋に電気が走った。
「ぼくはぺらぺらと冗談ばかり言ってるよ」
「馴れた人前ではねぇ、それに最初の旅の日の晩、空見てたでしょうあの顔視てビックリしたのよこの人死ぬつもりじゃ無いかしらって」
「まあちょっと落ち込んで居たけどそこまでではなかったけど……」
「そうかしら悲愴な顔だったわよ」
あの時の慈愛に満ちた彼女の表情に彼は鷲掴みにされた。
「昔ね九州に居た時分にね好きな人が居たの丁度あなたと同じ歳ぐらいかしら、あたしが十九の時なの、もの凄くその人好きだったの、その人どうしたと思う」
「どうしたの?」
余りにもさり気なく聞かれたからこちらもさり気なく訊いた。すると一寸正面を向いたまま彼女の表情が留まった。
「自殺したの」
それで居たたまれず此の人は京都へ来たのだろうか?。
振り向いた彼女はそれから穏やかに続けた「丁度あの時のあなたみたいな顔していて、あの人と思わず間違えそうになったぐらいなのよ、二度と同じ過ちをしてはいけないと思い必死であなたを止めたのよ」
それがあの表情だったのか。
「そう言えばあの夜は物腰がすごく優しかった。あの言葉の掛け方でどれだけ心が安らいだか解らない」
あの時は暗い夜空に幽かに点る集落の灯火だけが人の営みを映していた。漆喰の闇にぽつりと浮かぶ灯りが、今の自分の置かれた現状に見えたからだ。
「そう、それは良かった。……これで同じ過ちを避けられた」と彼女は観音様のような微笑を浮かべた。互いに見交わしたこの言葉からは深い意味は読み取れなかった。しかし表情を少し落として、真面に何かを見据えて次に語った言葉でぐらついた。
「あなたはその人に似ていた、ただそれだけで怖かった……」
「二人とも息合ってるわねぇ、あたしたちの出番ないわね向こうでコーヒー飲んで来るわね」
希美子は野村を誘ってラウンジに行った。
「この旅行、黒川さんも巳絵ちゃん誘って来れば良かったのに」
「あの二人は来ないわ」
「なんで」
「あの黒川くんって云う子はそういう男なのよ」
初めて見る希美子の蔑んだ目には背筋に冷たいものが走った。
深山さんに黒川を訊くと彼は人間的には柏木くんの方が良かったと言うのを思い出した。でも深山さんのは普通に聞き流せた。
「深山さんもそういう事言っていたなあー」
「あたしには言わないけどそれは伝わった。のりちゃんもイヤなとこあるって言ってたけど具体的にはあの子何も言わ無かった。みんな黒川さんを避けてるのよね」
彼女が来た時に最初に慣れ慣れしく寄ってきたのが黒川だった。その厚かましさに愛想が尽きたらしい。それに喋りの男は好かんとも言っていた。出来れば寡黙で何を考えてる解らないところに魅力を感じるの、貴方みたいにと付け加えた。そこで今度は背筋に電気が走った。
「ぼくはぺらぺらと冗談ばかり言ってるよ」
「馴れた人前ではねぇ、それに最初の旅の日の晩、空見てたでしょうあの顔視てビックリしたのよこの人死ぬつもりじゃ無いかしらって」
「まあちょっと落ち込んで居たけどそこまでではなかったけど……」
「そうかしら悲愴な顔だったわよ」
あの時の慈愛に満ちた彼女の表情に彼は鷲掴みにされた。
「昔ね九州に居た時分にね好きな人が居たの丁度あなたと同じ歳ぐらいかしら、あたしが十九の時なの、もの凄くその人好きだったの、その人どうしたと思う」
「どうしたの?」
余りにもさり気なく聞かれたからこちらもさり気なく訊いた。すると一寸正面を向いたまま彼女の表情が留まった。
「自殺したの」
それで居たたまれず此の人は京都へ来たのだろうか?。
振り向いた彼女はそれから穏やかに続けた「丁度あの時のあなたみたいな顔していて、あの人と思わず間違えそうになったぐらいなのよ、二度と同じ過ちをしてはいけないと思い必死であなたを止めたのよ」
それがあの表情だったのか。
「そう言えばあの夜は物腰がすごく優しかった。あの言葉の掛け方でどれだけ心が安らいだか解らない」
あの時は暗い夜空に幽かに点る集落の灯火だけが人の営みを映していた。漆喰の闇にぽつりと浮かぶ灯りが、今の自分の置かれた現状に見えたからだ。
「そう、それは良かった。……これで同じ過ちを避けられた」と彼女は観音様のような微笑を浮かべた。互いに見交わしたこの言葉からは深い意味は読み取れなかった。しかし表情を少し落として、真面に何かを見据えて次に語った言葉でぐらついた。
「あなたはその人に似ていた、ただそれだけで怖かった……」
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