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第八話~2
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八話
それは疎らな陽射しが入る春の放課後の昼下がり、その先生はテスト前によく校庭の片隅でうたた寝をしていた。そこへ校舎の窓から毎日眺めている女子生徒が、カッターナイフを振りかざし突然歩み寄って来た。先生は直前で気配を感じて生徒を投げ飛ばした。
「突然ですか、何の恨みもなく、やるなんて、理由は何なんです」野村の質問に希美子は「テストを前にして眼前で睡眠を貪る教師が許せなかった」そうなのと戯けて言うと。
野村はまた「その程度の些細なことですか」と反論した。
そう些細な事だったの。それは世間の尺度で測るとそうかも知れないけど、でも本人はどうだったんでしょう?まあ取るに足らない本人の行動は置いといて。この場合カッターナイフを取り上げた時に、言って聞かせるのが普通なのに、この教師は訳も訊かずいきなり投げ飛ばした。相手が大人ならともかく、女生徒の冗談と本気の区別も付けられず、またどっちにせよ軽く受け流せばいいものを。此の行動は教師としては失格でしょう。暴力より言って聞かせるのが教師の勉めなのに、その放棄に他ならない。こう云う生徒に対してあなたの場合はどっちを採ると野村を指命した。
「余興としては面白いけど、それって道徳教育とどう繋がってんの」
昼寝を貪れるほど長閑な校内なのに、それを乱す一人の女子生徒に雅美が疑問を投げた。
成るほど言われてみれば一理はあると、
「深山さんはなんて答えたんですか」
と希美子さんに一番親しい人に意見を求めた。
「エッ、ぼくか、ぼくよりこの人は君に答えを求めている。これはこの人への一種の登竜門だ」
「希美ちゃんはこう言う遊びが好きなの」陽子が言った。
「遊びじゃないわ人生占いで野村さんはどう思うか知りたいの」
「これって試験でなく試練ですか。そもそも動機が判らない、それによって幾筋にも答えは分かれる」
「それはさっき言ったけどテスト前なのに無神経なのが許せないそれが高じて殺意を抱いたとすればどうでしょう」
それって直情型で芸術家タイプに似てますよね、と野村が言うと、希美子は洞察力は深いけど、答えをはぐらかしてると言い直しを要求した。
「それじゃ尚更手を出す前に説得すべきです」と慌てて答えた。
深山は笑って聞いている。陽子は両手でコップを抱えたまま俯いていた。ビールを温めてどうすんのと睦夫さんに言われてそのまま飲んだ。そう云う睦夫さんも相変わらず黙って聞いていた。
野村君の動機が単純過ぎて一つの答えを導き出せない処が深山さんと似ている、と言ってから「でも事勿れ主義であなたたちは手を出さない、いえ出したくないのが本音のはず。その人の心の有りようで熱血教師には紙一重のところで暴力教師と表裏一体で繋がってる。此の生徒は常に反感を持っているから、みんなは腫れ物を触るように観て見ない振りをしているのを教師は知っていた。間違いのないように育てるのなら、此処で手を出した先生の行動は間違ってない」
「希美ちゃん、野村くんの門出にそんな話はこの場にふさわしくない、それにしても君はまだそんなに酔ってないはずじゃないか。以前ぼくに似た話をした時は君は随分酔っていた」
「そうねあの時は真っ直ぐ歩けないからあなたに介抱されて送ってもらった。あの時はもう一言いいそびれた。実はその生徒は昔のあたしなのと云う事を……」
その場が騒然となった。
「希美ちゃんそれはないわ」陽子が真顔で言ってから「何でそんなに無理に関心を惹こうとしてんのんかあたしには解らへん」と怪訝な面持ちになる。
「陽子ちゃんは私がそんな子じゃないと言いたいんでしょう。脱皮したのよあたしは」
「希美ちゃんうぬぼれてる」
陽子は薄笑いを浮かべて言った。
「じゃあ今は変わられた、そうなんだ」野村が言った。
「表向きは、でも本質はどうかしら」
「嘘だあなたは自虐的になっているだけだ。それは何の為なんですか」
「野村くん、あなたにいいように取ってもらえて嬉しいけどあなた人が善すぎるから生きて行けないわよ」
「そんな世の中なら生きたくない」
「甘い、甘すぎる。今日はあなたの再出発と社会人への門出だから言っておきたいの、だからちゃんと受け止めておくべきなの」
「うちの会社はそんな難しいとことちゃうから君は聞き流しておけ、とんだ席になった」
深山はこの酔っ払いが、と云う顔で希美子を見下した。それでも希美子の魅力は落ちない、それほどこの人は多くの人の人気を集めていた。
希美子はああやって人を試し、反応を伺うのが彼女の癖とまでは言わないが占いのように凝っている、と深山がそっと野村に耳打ちした。
それは疎らな陽射しが入る春の放課後の昼下がり、その先生はテスト前によく校庭の片隅でうたた寝をしていた。そこへ校舎の窓から毎日眺めている女子生徒が、カッターナイフを振りかざし突然歩み寄って来た。先生は直前で気配を感じて生徒を投げ飛ばした。
「突然ですか、何の恨みもなく、やるなんて、理由は何なんです」野村の質問に希美子は「テストを前にして眼前で睡眠を貪る教師が許せなかった」そうなのと戯けて言うと。
野村はまた「その程度の些細なことですか」と反論した。
そう些細な事だったの。それは世間の尺度で測るとそうかも知れないけど、でも本人はどうだったんでしょう?まあ取るに足らない本人の行動は置いといて。この場合カッターナイフを取り上げた時に、言って聞かせるのが普通なのに、この教師は訳も訊かずいきなり投げ飛ばした。相手が大人ならともかく、女生徒の冗談と本気の区別も付けられず、またどっちにせよ軽く受け流せばいいものを。此の行動は教師としては失格でしょう。暴力より言って聞かせるのが教師の勉めなのに、その放棄に他ならない。こう云う生徒に対してあなたの場合はどっちを採ると野村を指命した。
「余興としては面白いけど、それって道徳教育とどう繋がってんの」
昼寝を貪れるほど長閑な校内なのに、それを乱す一人の女子生徒に雅美が疑問を投げた。
成るほど言われてみれば一理はあると、
「深山さんはなんて答えたんですか」
と希美子さんに一番親しい人に意見を求めた。
「エッ、ぼくか、ぼくよりこの人は君に答えを求めている。これはこの人への一種の登竜門だ」
「希美ちゃんはこう言う遊びが好きなの」陽子が言った。
「遊びじゃないわ人生占いで野村さんはどう思うか知りたいの」
「これって試験でなく試練ですか。そもそも動機が判らない、それによって幾筋にも答えは分かれる」
「それはさっき言ったけどテスト前なのに無神経なのが許せないそれが高じて殺意を抱いたとすればどうでしょう」
それって直情型で芸術家タイプに似てますよね、と野村が言うと、希美子は洞察力は深いけど、答えをはぐらかしてると言い直しを要求した。
「それじゃ尚更手を出す前に説得すべきです」と慌てて答えた。
深山は笑って聞いている。陽子は両手でコップを抱えたまま俯いていた。ビールを温めてどうすんのと睦夫さんに言われてそのまま飲んだ。そう云う睦夫さんも相変わらず黙って聞いていた。
野村君の動機が単純過ぎて一つの答えを導き出せない処が深山さんと似ている、と言ってから「でも事勿れ主義であなたたちは手を出さない、いえ出したくないのが本音のはず。その人の心の有りようで熱血教師には紙一重のところで暴力教師と表裏一体で繋がってる。此の生徒は常に反感を持っているから、みんなは腫れ物を触るように観て見ない振りをしているのを教師は知っていた。間違いのないように育てるのなら、此処で手を出した先生の行動は間違ってない」
「希美ちゃん、野村くんの門出にそんな話はこの場にふさわしくない、それにしても君はまだそんなに酔ってないはずじゃないか。以前ぼくに似た話をした時は君は随分酔っていた」
「そうねあの時は真っ直ぐ歩けないからあなたに介抱されて送ってもらった。あの時はもう一言いいそびれた。実はその生徒は昔のあたしなのと云う事を……」
その場が騒然となった。
「希美ちゃんそれはないわ」陽子が真顔で言ってから「何でそんなに無理に関心を惹こうとしてんのんかあたしには解らへん」と怪訝な面持ちになる。
「陽子ちゃんは私がそんな子じゃないと言いたいんでしょう。脱皮したのよあたしは」
「希美ちゃんうぬぼれてる」
陽子は薄笑いを浮かべて言った。
「じゃあ今は変わられた、そうなんだ」野村が言った。
「表向きは、でも本質はどうかしら」
「嘘だあなたは自虐的になっているだけだ。それは何の為なんですか」
「野村くん、あなたにいいように取ってもらえて嬉しいけどあなた人が善すぎるから生きて行けないわよ」
「そんな世の中なら生きたくない」
「甘い、甘すぎる。今日はあなたの再出発と社会人への門出だから言っておきたいの、だからちゃんと受け止めておくべきなの」
「うちの会社はそんな難しいとことちゃうから君は聞き流しておけ、とんだ席になった」
深山はこの酔っ払いが、と云う顔で希美子を見下した。それでも希美子の魅力は落ちない、それほどこの人は多くの人の人気を集めていた。
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