椿散る時

和之

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「何でも択捉島では三十人ばかりの上陸して来たオロシャの水兵に対して警備する南部、津軽藩三百人余りの藩兵がオロシャに打ち負かされたらしい」
「たった三十人の兵隊さんにどすか」
 生駒の驚きは尋常ではなかった。
「弓矢に僅かな火縄銃の南部、津軽藩兵と洋式銃装備のロシア水兵では話にならないんだ」
 火縄銃の有効射程距離は数百メートルだが洋式銃は五百から千メートル以内で連射速度も違った。
 国力が違い過ぎて太刀打ちできないと福島は嘆いた。
「まあ! そんな怖い外国の人と大野藩のお人とは仲ようやったはりますのどすか?」 
 福島は生駒には初めて聴く物珍しい話ばかりを持って来た。あの山形模様を染め抜いた羽織がなかったら本当にこの人は新撰組の人なのかと見間違うほどだ。
「それが一筋縄ではいかんらしい」
 互いに使役として現地のアイヌ人を雇っていた。此のアイヌ人達がオロシャとの雇用の取り決めで色んな問題を起こす。そして大野藩の会所へ駆け込んで来る。そのつど藩の役人がその交渉に当たるが向こうは圧倒的な軍事力が背景にあるからそこで『一筋縄ではいかん』と云う文句が重みのある言葉になってくる。
 しかし普通の女は尻込みする話だが、生駒は興味深く益々身を乗り出して来る。祇園の芸子で無い事は確かだろう。それで異国との抜け荷の噂が絶えない長州の女だろうかも知れないと云う疑念も沸いた。しかしこの部屋を出る生駒はどこにでも居る祇園の女と替わりはなかった。そこが福島には合点がいかない。だが此の女は時勢を超えて俺に興味を持つ。そんな女だからこそ生死を超えて愛しくなってしまった。 
 そう言った生駒との逢瀬で彼女とのやり取りが浮かんで来た。いつしかその影響か生駒も変わってしまった。それが幕府、長州に囚われない生き方に結びついてしまう女だった。
 
 
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