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しおりを挟む御所の上(かみ)今出川通りを挟んで薩摩藩邸がある。その上(かみ)が相国寺、その上(かみ)に有る約束の御霊神社があった。
そこに福島は楼門から境内に足を踏み入れていた。周囲を見回しても人の気配はなく彼ひとりだけだった。もっともそう云う場所だから選んだ。そこに刻限である暮れ六つ(午後六時)の鐘が鳴り響いた。
やがて辺りが闇に包まれる頃から昼過ぎから降っていた雨が春の淡雪に代わり始めていた。
刻限を過ぎても来ない生駒に対して福島の心境は複雑だった。来れば殺されるが来なければ約束が反故にされた事になる。
楼門から石畳の路が真っ直ぐ本殿まで五十間ほど続いている。入って直ぐ左に手水舎があり、その向こうに社務所があった。右手三十間の所に絵馬所がある。福島は辺りを見回しながら本殿に来た。そこでもう一度見回すが人影はない。
本殿から西の楼門、南の四脚門が見渡せた。入り口は此の二カ所しかなかった。やはり女は来ていない。
じりじりと時が経ちやがて淡雪から激しい雪に変わると福島は軒下に身をひそめた。
生駒は俺を捨てた。いや感づかれた俺は利用されただけで生駒は此処には来ないかも知れない。いやそんな女ではない「きっと行きます」と云った生駒のあの瞳を俺は信じてやりたい。この時には生駒の身の安全よりも彼女との絆に囚われてしまった。
忠義、大義に準ずる此の時代でただ一人の男の心に寄り添って生きる道を貫く希な女が居る事を福島は信じたいや賭けたい。
心こそ今の世を生き抜く力です。でも一人では生きられません。それを誰に託すかで今まで身分を偽って此の世界に身を置いて来ました。あなたも幕府、長州そんな物に囚われないで生きて欲しいそれが生駒のあなたに対するささやかな望みです。
「此処へ来てからあんたはんは変わりはりました」
市中見回りで精根尽きて転がり込むように福島はやって来る。その相手をしながら情報を聞き出すのが生駒の役目だった。
今までの隊士にそうしたように福島にも接した。
だがある日から気が付いた。此の人は他の隊士とは違うと云うことに。どう違うのかとにかく此の人は京の人やなかった。若狭の人だった。
そこには蝦夷地からの北前船が出入りしていた。生駒はいつしか福島から聞かされる蝦夷地に興味を持った。更にその奥の北蝦夷地(樺太)の鵜城(北緯四十九度近いところ)には越前大野藩が越冬して開拓を続けていると云う。そこにはオロシャの兵も駐屯していると聞かされた。生駒は自分の立場も忘れてこの話にはまり込んでしまった。
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