椿散る時

和之

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 生駒が長州の女だろうと祗園の女だろうと、このまま添えるるならどっちでも良い。福島は沖田に言いくるめられた事など吹っ切れてしまい、ある決意を秘めて屯所に帰って仕舞った。
 屯所に戻った福島はすっかり腰を落ち着かせた。そこへ沖田がさっそくやって来た。
「どうでした」
 彼の落ち着きぶりを観て安堵して声を掛けて来た。
「土方さんはあなた自身で始末させる事でそれ以上は問わぬつもりですよ」
 先日、沖田から生駒は長州の手先だと云う探索方からの情報を聞かされていた。今日はそれを福島は確かめに行ったのである。
「沖田さん、あの女から屯所の情報は漏れていませんから女を責める理由はありません」
「福島さん、そう云う話ではないんです。一度目を付けられれば他の者への示しが付きませんから、福島さんあなたの手で殺ってください」
 ーーやはりそうかも知れぬ。しかし、もう遅すぎた。彼女はともかく俺は・・・。澄んだ瞳でじっと見詰める生駒の姿が福島には焼き付いてしまった。
「俺には女は切れぬ」
 沖田は暫く黙って福島を見た。
「分かりました私が殺(や)りましょう。その代わりあなたは後日切腹することになりますよ」
 ーーどうせ死ぬのなら・・・。
「判った。・・・沖田さん女を連れ出すから俺と一緒に切ってくれ」
 隊士は日々のやり取りの代償を女に求める。別に彼に限った事では無い、多くの隊士にあることだ。その為に女に溺れても業務に支障がなければいい。しかし彼は別だ。たとえ惚れ合ったとしても相手が長州では良くなかった。
「惚れたのですね」
 沖田はそれだけ聞くと打って変わって淡々と連れ出す場所と時間を訊いた。

 沖田は火鉢で暖を取る土方と対座して報告した。
 土方は眉を寄せて渋い顔をした。
「そうかせっかく目を掛けてやったのに馬鹿なやつだ」
 いつもは眉ひとつ微動だにせずに報告を聞いている土方を、沖田はおやっと? と云う顔をした。
「奴の望みどおりにしますか?」
 土方の顔付きに少し戸惑いながらも沖田は訊いた。
「沖田くん、出来れば奴に女を切らせろ」
 土方にいつもの厳しい表情が戻った。
「一緒に死ぬつもりで惚れているんですよ」
「相手はそのつもりじゃないだろう? 奴は女に利用されているだけだ。それを解らせば自分で始末するだろう」
「どうしても福島を生かしたいんですね」
「新撰組には今どき珍しいほど純粋な男だ。総司、武州多摩の頃は俺も女にひたむきだった」
 一度庭に目を投げてから火挟で火鉢の灰をかいた。
「今はどうなんです」
「今はこれだけだ」
 土方はキッパリと刀の柄に手を掛けた。
「奴にもそうなってもらいたいが・・・」
「もし女も本気ならどうします」
「その時は総司、お前に任す」
 火挟をグッと握り締めた土方は目を少し細めた。

 
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