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車は輪島の町に着いた。彼がここへやって来たとすれば、そんな心を迎えてくれそうな町並みが日本海に向かって開けていた。
野々宮が車を降りて最初に思ったこの町の印象は丹後の町を思い起こさす寂しい町だった。そこから西に行った所に水那月と云う町があった。ここは昔、北前船の寄港地として栄えた町だった。知代子はここで生まれた。そして彼女は実家の有る能登半島の墓に納めてほしいとの遺言に基づいて長沼はここに埋葬した。
「お母さんは能登を愛していた。その思いを受け継ぐ井津治が、答えに詰まって此処を尋ねたとしても不思議はないでしょう」
此処に暮らした事のないあの子にはこの町には馴染みはない。だから此処へ来るとおじいちゃんが定宿にしている旅館が輪島にあるのそこへまずいきましょう。立ち寄るとすればそこか、実家の水那月だけど、お母さんの眠るお墓もその近くだった。
まず輪島の旅館に足を運んだ。中年の仲居さんが応対に出てきた。礼子が宿泊を頼むと女はあいにく当日の宿泊を断った。礼子は自分の名前を云えば分かると女将さんに取り次いでもらった。
「水瀬(みなせ)夕紀、その名前は長沼さんの葬儀に花を献花された人ですね」
「おじいちゃんの葬式には弔電やお花が沢山きていたのに、仕事柄でもよく覚えているのね後の営業で活かすの?」
「それだけじゃそこまで引っ張れない、それより能登と云う地名に郷愁したから」
「ホウ、以外とロマンチストなのね」
「一言余計ですよ」
鹿能はいつも云われていたからこの時とばかりに言い返した。
あ! 来た、とロビーのソファに座ったまま礼子は挙げた手のひらを左右に振った。その仕草がまるで年来の友に会うようで清涼感が漂った。野々宮が顔を上げると中年の和服のいかにも女将さん風情の人が近づいて「珍しい何年ぶりかしら」と言いながら向かいに座った。礼子は野々宮を紹介した。女将はてっきりいい人だと思ったのに、と言葉とは裏腹にそれらしいものを感じ取った。
「どう云うことなの? 長沼さんが亡くなられてから立て続けに珍客ばっかり来て」
「じゃ来たのね。井津治は」
「ええ見えましたよ、それに知代子さんの昔の旦那さん永倉さんも、でもあの人は息子さんの消息を訊いたきり直ぐに行っちゃいましたからね」
此の人何も知らないから教えてあげて、と礼子が云うと矢っ張りただの人じゃないのね。だったら礼子さんの知らない分も、と言いながら語り出した。
女将の水瀬夕紀は根本知代子とは幼なじみであった。だから能登を出るまでの知代子を知っている。
高校最後の夏休み、夕紀と知代子はこの旅館にバイトに来ていた。その時に今の主人はどっちも気に入った。二人とも活発な高校生だったけど、旅館の両親に言わせると知代子さんにはお嬢様らしい風情が少しあった。それが商売には向かない、そこで夕紀が此処の両親に認められて旅館の跡取り息子と結婚した。以後知代子は大阪から夏休みを利用して来ていた五人グループの高校生と知り合った。知代子はその内のひとり、永倉を気に入り文通を続けて二年後に結婚して大阪の彼の実家へ行った。毎年能登へは子供が出来ても三歳ぐらいまでは遊びに来ていた。
永倉さんはあの五人グループの中では一番目立たないおとなしい高校生だった。それが大阪のクラブで女が出来てから人が変わった。豹変したのよ、元々そう言う人だったみたい。だって人って急に変われるものじゃないでしょう、三つ子の魂百までもと云うように。
知代子さんもあの人と一緒になるまでは気が付かなかった。と云うより気にならなかったかも知れない。だけど彼には短期なところがあったと言っていた。
永倉さんは知代子を明るくて活発だけど一寸ツンとしたところがあった。それが他の女性にはない不思議な魅力を感じたって結婚後に訊いた。だけどそれを永倉さんは本当に理解出来るだけの深い洞察力を持ち合わせていなかった。だから多分そこのところから亀裂が入ったのね。それを裏付ける様に夕紀は「恋は盲目って言うけど、知代ちゃんはそこを見過ごしたとは思え無いから、多分自分の力で矯正させたかったのかも知れない。第一あの二人はほとんどが文通で逢瀬の時間も限られていたから。だから若さが夢を膨らませてしまった。問題は子供が出来てそっちに関わる様になってから、知代ちゃんのあの底知れぬ知的さが漂う異次元の眼差しをどう受け取るかで二人の仲は決まってしまう」と言っていた。
車は輪島の町に着いた。彼がここへやって来たとすれば、そんな心を迎えてくれそうな町並みが日本海に向かって開けていた。
野々宮が車を降りて最初に思ったこの町の印象は丹後の町を思い起こさす寂しい町だった。そこから西に行った所に水那月と云う町があった。ここは昔、北前船の寄港地として栄えた町だった。知代子はここで生まれた。そして彼女は実家の有る能登半島の墓に納めてほしいとの遺言に基づいて長沼はここに埋葬した。
「お母さんは能登を愛していた。その思いを受け継ぐ井津治が、答えに詰まって此処を尋ねたとしても不思議はないでしょう」
此処に暮らした事のないあの子にはこの町には馴染みはない。だから此処へ来るとおじいちゃんが定宿にしている旅館が輪島にあるのそこへまずいきましょう。立ち寄るとすればそこか、実家の水那月だけど、お母さんの眠るお墓もその近くだった。
まず輪島の旅館に足を運んだ。中年の仲居さんが応対に出てきた。礼子が宿泊を頼むと女はあいにく当日の宿泊を断った。礼子は自分の名前を云えば分かると女将さんに取り次いでもらった。
「水瀬(みなせ)夕紀、その名前は長沼さんの葬儀に花を献花された人ですね」
「おじいちゃんの葬式には弔電やお花が沢山きていたのに、仕事柄でもよく覚えているのね後の営業で活かすの?」
「それだけじゃそこまで引っ張れない、それより能登と云う地名に郷愁したから」
「ホウ、以外とロマンチストなのね」
「一言余計ですよ」
鹿能はいつも云われていたからこの時とばかりに言い返した。
あ! 来た、とロビーのソファに座ったまま礼子は挙げた手のひらを左右に振った。その仕草がまるで年来の友に会うようで清涼感が漂った。野々宮が顔を上げると中年の和服のいかにも女将さん風情の人が近づいて「珍しい何年ぶりかしら」と言いながら向かいに座った。礼子は野々宮を紹介した。女将はてっきりいい人だと思ったのに、と言葉とは裏腹にそれらしいものを感じ取った。
「どう云うことなの? 長沼さんが亡くなられてから立て続けに珍客ばっかり来て」
「じゃ来たのね。井津治は」
「ええ見えましたよ、それに知代子さんの昔の旦那さん永倉さんも、でもあの人は息子さんの消息を訊いたきり直ぐに行っちゃいましたからね」
此の人何も知らないから教えてあげて、と礼子が云うと矢っ張りただの人じゃないのね。だったら礼子さんの知らない分も、と言いながら語り出した。
女将の水瀬夕紀は根本知代子とは幼なじみであった。だから能登を出るまでの知代子を知っている。
高校最後の夏休み、夕紀と知代子はこの旅館にバイトに来ていた。その時に今の主人はどっちも気に入った。二人とも活発な高校生だったけど、旅館の両親に言わせると知代子さんにはお嬢様らしい風情が少しあった。それが商売には向かない、そこで夕紀が此処の両親に認められて旅館の跡取り息子と結婚した。以後知代子は大阪から夏休みを利用して来ていた五人グループの高校生と知り合った。知代子はその内のひとり、永倉を気に入り文通を続けて二年後に結婚して大阪の彼の実家へ行った。毎年能登へは子供が出来ても三歳ぐらいまでは遊びに来ていた。
永倉さんはあの五人グループの中では一番目立たないおとなしい高校生だった。それが大阪のクラブで女が出来てから人が変わった。豹変したのよ、元々そう言う人だったみたい。だって人って急に変われるものじゃないでしょう、三つ子の魂百までもと云うように。
知代子さんもあの人と一緒になるまでは気が付かなかった。と云うより気にならなかったかも知れない。だけど彼には短期なところがあったと言っていた。
永倉さんは知代子を明るくて活発だけど一寸ツンとしたところがあった。それが他の女性にはない不思議な魅力を感じたって結婚後に訊いた。だけどそれを永倉さんは本当に理解出来るだけの深い洞察力を持ち合わせていなかった。だから多分そこのところから亀裂が入ったのね。それを裏付ける様に夕紀は「恋は盲目って言うけど、知代ちゃんはそこを見過ごしたとは思え無いから、多分自分の力で矯正させたかったのかも知れない。第一あの二人はほとんどが文通で逢瀬の時間も限られていたから。だから若さが夢を膨らませてしまった。問題は子供が出来てそっちに関わる様になってから、知代ちゃんのあの底知れぬ知的さが漂う異次元の眼差しをどう受け取るかで二人の仲は決まってしまう」と言っていた。
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