遥かなる遺言

和之

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 A社は府下一円で総合ホール形式の葬祭場を展開している。それぞれのホールにはA社の会員入会手続きの代理店が、その地下や付随の一室を事務所として間借りして営業している。
 桐山が店長を勤める桐山店は、左京の高野の近くある高野ホールにあった。高野ホールは一階が受付事務所とロビーと宴会用の部屋があり二階は二件の葬儀場になっている。建物に付随して三十台程の駐車場かありその片隅に倉庫のような八畳ほどの部屋が桐山店の事務所だった。 
 店長の桐山は働き盛りの四十七である。前任者が病気で辞めてから後を継いで三年目だ。もう一人、桐山と店長候補として争った古株の福島がいるが歳は五十半ばだ。後の三人は山岡、篠田、薮内で此処一、二年で採用したいずれも二十代の若手だ。彼らは店長の桐山と契約を結んでいて、彼ら五人が取ってきた会員証を桐山が月締めでまとめてA社に買い取り請求する。
 各店舗の店長自ら募集した者を葬儀の特別担当者としてA社に登録する。社内ではこの特別担当者をサブロクと呼んでいた。彼らサブロクは街頭でチラシを配っても家庭訪問しても会員は滅多に取れないが、葬儀を担当すると喪主から一件は取れた。だから死亡した加入者の家族が会社に連絡する事に依って葬儀が担当できるが、いつ入るか当てのない死亡通知を待つのは辛いが、その先に美味しいものが有る以上致し方がなかった。
 この野々宮のようなサブロクが二百人ぐらい居て、常時五人本社の別室に待機し死亡通知が入ると順次出てゆく、その都度最後の者が次の者を呼び出して、常に本社には五人が詰めていた。A社のエリアでは1日で百人の死者が出ると通夜と本葬で二日付くから、三日目は担当者がいなくなる勘定になるが、葬儀は一社だけじゃなく、まして全てが当社の互助会の会員とは限らないから、この人数で一週間間隔で廻ってくる。季節によっては死者が増えると出棺が終わると、次の本社待機に入る事も希にあるが、死者が増えても二、三日の間隔になる程度だった。
 桐山店の事務所では毎朝朝礼を行い各自の営業状況を報告すると、福島以外は会員獲得の為の営業活動と云う名目で遊びに出る。店長には遺族が入りそうなのでアポ取って来ますとそれらしい口実を付けて出てゆく。福島は年季が入ってるからそう云う手を使わず事務所でパソコン相手にゲームをしていた。店長は苦々しい顔をして彼らを見送りながら野々宮に声を掛けた。
「野々宮、どや今度の相手は何口取れそうや」
「一件は堅いです」          
「喪主が取れるのは当たり前や若い連中は喪主から取ったらあとはほったらかしや、みすみす美味しいものが転がってても相手にしょうらへん。アタックせんと何で会員が取れるンや山岡なんかわしが同席した時なんか入ってくれそうな親戚が結構おったのに結局、喪主の一件きりや、あいつは親族とどんな話ししとっにゃ。野々宮、わしも一緒に行くさかい、今朝自宅に運んだ仏さん、いつホールに搬送や? 先方には何時に行くんや」
「もう出ます」
 桐山は福島に留守を頼んで野々宮と一緒に事務所を車で出た。
「会社から誰が来たんや?」
「中沢はんです」
「あのおっさんやったら綺麗にしてくれたやろ」
 確かに残っていた満期の会員証はすべて今回の費用に回して新規で会員が勧められる。
「どう云う構成や」
 野々宮は運転しながら内ポケットから中沢から貰ったコピーを渡した。
「なんやこれは。喪主の子はみんな女ばっかりか、これではこの家から難しいな」
「三人姉妹のうち、二人は既婚者ですからそのご主人が関心を持ってくれれば脈はありますね」
「来てたんか?」
「いや喪主夫婦とその弟さんとお母さんと娘三人だけでした」
「どう云うこっちゃ来てないて。義理でもおじいちゃんやろう。そんなもんから会員取れんぞ」
「いや、最近はそう云う家庭が多いですよ、・・・それとも他に事情があるんでしょうかねぇ」
 桐山はどうやろうなあと言いながら書類を返した。車は長沼家の近くに止めて本社から来る搬送用のベンツのライトバンを待った。 
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