遥かなる遺言

和之

文字の大きさ
上 下
4 / 54

(4)

しおりを挟む
(4)
 中沢は今夜の成果に満足していた。それもそのはず、商談は彼の云うままに成立していた。高い祭壇に棺や霊柩車は最高の物を揃えて付随するものもそれに近かった。二百万は優に超えている。あと親族や弔問客の接待費を入れると持ち込みのないホールだと四百は下るまい彼としては社内で鼻が高い。
「結構な金額ですけど、まああの家では遺言の範囲内ですね、あとはお寺さんへのお布施と戒名ですね」
「野々宮はん、あそこは浄土真宗やさかい戒名って云わへんで、法名って云うんや。まあお寺を借り切って葬儀をすればこんな金額じゃ済まないが、うちの会社の売り上げにすれば大きい。新規会員も七千円コースやなあ。親族からも二、三本取れるんちゃうか野々宮はん」
「どうやろうねぇ。それだけまとまった金をポンと出せる人が月々七千円、百回払いで七十万満期の会員に入るやろうか。今回のは本人が三十年も前に掛けていた奴でしょう。今の羽振りだと葬儀費用なんか積み立てせんでも一気に払えるて云う腹づもりちゃいまっか」
「そうかも知れんがあの喪主やったら、あんたがいたせりつくせりで葬式を取り仕切ったら親戚にも声を掛けてくれそうやで、わしら社員と違(ちご)てあんたらは会員取ってなんぼの世界やと話せばなあ」 
 野々宮はA社から委託を受けた互助会の取扱店の店員にすぎない。入会してもらった会員書をA社が規定の金額で買い取る仕組みになっている。A社が受けた葬儀を担当して取り仕切ってもA社からは手当ては一切出ない。だから会員が取れなければ店長の桐山が口癖のようにボランティアで終わるぞと言って会員獲得にハッパを掛けていた。
 サブロクには坂下の様に半ば強引に判を押させる凄腕の仲間もいるが、野々宮にはそこまでのやり手でないから会員獲得件数に差が付いてしまう。それがそのまま質素な生活に結びついていた。
「親族か、中沢はん。あそこの家族構成はどうなってました」
「参考になるかどうか?」と言いながらカバンから長沼家の会員証を調べた。
「故人の奥さん、つまり喪主の母親は七十二や次はこの人やけど、見て通り元気やったなあ。後は娘が三人や親戚で居たのは喪主の弟だけや。後はこの書類からは分からんなあ、当たるしかないなあ、まあ今夜の通夜には顔ぶれがそろうやろ、そこで野々宮はんがアタック出来そうな親族を捜さんとあかんやろなあ」
「今まで喪主以外に取ったことがないですよ」
「まったくか?」
「十件に一件ぐらいはダブルがありますがあの坂下さんみたいにトリプルがしょっちゅうと云う訳にはいきませんよ」
「鷺山店の坂下さんか。あの人は別格やで社長も役員待遇で誘ってるんやが縦にふらん、なら取扱店の店長になれと言ってもならん、今の境遇と云うよりこの仕事が好きなんやなあ。人の終焉を気の済むように弔いたい、その為に金を貯めさせてどこが悪い、慈善事業やと云うとる、そう思い込まんとあれだけ件数毎月取れへんで」
「噂には聞いていますがどれぐらい取ったはんのです?」
「平均して二十件ぐらい一件五千円としら百万やけど三千円が多いらしいで」
「それでも六十万かそれでも七千が混じるとそれ以上やなあ」
「野々宮はんあんた月何件や」
「四、五件で十七、八万」
「最悪で十二万か」
「家賃払ったら残らへん」
 ポツンと一箇所だけ灯りが点いた本社に戻り、長沼家の家族構成のコピーを中沢から「まあ頑張りや」と言われながら貰った。
 野々宮はアパートへ戻り、三時間ほど仮眠を取って所属する桐山店へ出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

下弦に冴える月

和之
青春
恋に友情は何処まで寛容なのか・・・。

【完結】君への祈りが届くとき

remo
青春
私は秘密を抱えている。 深夜1時43分。震えるスマートフォンの相手は、ふいに姿を消した学校の有名人。 彼の声は私の心臓を鷲掴みにする。 ただ愛しい。あなたがそこにいてくれるだけで。 あなたの思う電話の相手が、私ではないとしても。 彼を想うと、胸の奥がヒリヒリする。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...