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雨が降る中で一時を回った夜中に病院に着いた。処理を終えた遺体は霊安室に安置されていた。待ち構えていた病院のスタッフによって案内された。そこで当社会員の加入者の長沼清一さんを当家の喪主として確認をした。名義は長男の清一(せいいち)だが掛けたのは亡くなった父親であった。喪主はそこで母親と弟、そして娘たちですと名前を告げず簡単に続き柄で紹介した。
「ご葬儀をどうしましょう」と営業者から喪主への呼び掛け「お願いします」で最初の段取りが始まった。
事前に会員書の家族構成に目を通してあるから現場の人々とはだいたい辻褄が合った。七十代で病死の故人は元を取ったのだろうか、だが悲観に暮れる遺族はいなかった。故人には妻と二人の息子が居た。喪主に当たる長男は五十二歳、妻は四十七だが喪主の三人の娘たちは年恰好から名前を推し量るしかないが三人とも歳が近かった。自宅で一同が顔を揃えれば解るだろうか? だが三人とも個性的で一癖もふた癖もありそうだ。サブロクでは会員獲得数では常にトップで、押しの一手では伝説の坂下が向くタイプじゃないことは確かだ。だが喪主の顔ぶれでは静寂な俺のタイプでもコロッと会員が取れるかも知れん、たまには楽に会員を取りたいからなあ。
野々宮が思い巡らす中を分刻みで動いている。同階の患者が寝静まる中で遺体の搬送作業は始まった。病院からの紹介で当社の会員であることは判っていたから、まず遺体をどこに搬送するか遺族と相談する必要があった。それは会社の営業の仕事だった。まだ野々宮はただの同行者として搬送の手伝いに従事していた。喪主夫婦と弟は手助けしてくれたが、三姉妹は完全に傍観者として佇んでいる。
ストレッチャーに移送を終えると、遺体は病室から搬送車まで社の者だけで搬送する。搬送車に積み終えて出発の段階で、喪主と当社の運転手が簡単な道順の打ち合わせをしている。その間に野々宮は挨拶と共に、以後の葬儀一切を受け持つ担当者として喪主に名刺を渡した。
遺族が二台の車に散ってゆく。雨は昼からだから此処にいる人々はそれ以前から病院に詰めて居たのだろう。小降りだが傘の用意のない数人が慌ただしく駆け出した。娘二人も釣られて駆け出したが、二十代後半だろうか一人ポツンと雨を躊躇う女性に野々宮は促して傘を掛けて車まで同行した。優しいひとねと取って付けたように、一言云って彼女は車の後部座席に身をゆだねた。
野々宮さん行きますよと云う新人の中山の声に引っ張られて搬送車に駆け込んだ。先頭車はすでに走り出していた。
先導する遺族の車に野々宮の乗る遺体の搬送車が続いた。
営業の中沢さんは早速カバンから出した会員の資料に目を通し特典を確認した。遺族は自社が経営する月掛け割り引き会員制度の互助会での経緯によって特典があった。中沢は記載されている家族構成に目を通し始めた。
臨終に立ち会った故人の妻以外では男は二人、故人の長男と次男だけで後は女ばかり四人居た。長男の隣に居るのが妻と子供は娘ばかり三人いた。書類ではこの内二人は既婚者だ。此処に集まっている三人の娘達の名前はまだ分からない。さっきの女はどこに当てはまるのか多分末っ子だろうと察しが付いた。
彼らは二台に分乗して発った。故人を乗せた搬送車がその後に続いた。見失わないように前方の車を見続けるうちに、揺れ動くテールランプが手招きするように妖しく灯っていた。
運転手で大卒新人の中山が眼を擦りながらハンドルにしがみ付いている。
「お前仮眠したか」と中沢は頷く中山の肩を軽く叩いた。眠いのは俺だけじゃないようだと野々宮は笑いをかみ殺した。
「ご葬儀をどうしましょう」と営業者から喪主への呼び掛け「お願いします」で最初の段取りが始まった。
事前に会員書の家族構成に目を通してあるから現場の人々とはだいたい辻褄が合った。七十代で病死の故人は元を取ったのだろうか、だが悲観に暮れる遺族はいなかった。故人には妻と二人の息子が居た。喪主に当たる長男は五十二歳、妻は四十七だが喪主の三人の娘たちは年恰好から名前を推し量るしかないが三人とも歳が近かった。自宅で一同が顔を揃えれば解るだろうか? だが三人とも個性的で一癖もふた癖もありそうだ。サブロクでは会員獲得数では常にトップで、押しの一手では伝説の坂下が向くタイプじゃないことは確かだ。だが喪主の顔ぶれでは静寂な俺のタイプでもコロッと会員が取れるかも知れん、たまには楽に会員を取りたいからなあ。
野々宮が思い巡らす中を分刻みで動いている。同階の患者が寝静まる中で遺体の搬送作業は始まった。病院からの紹介で当社の会員であることは判っていたから、まず遺体をどこに搬送するか遺族と相談する必要があった。それは会社の営業の仕事だった。まだ野々宮はただの同行者として搬送の手伝いに従事していた。喪主夫婦と弟は手助けしてくれたが、三姉妹は完全に傍観者として佇んでいる。
ストレッチャーに移送を終えると、遺体は病室から搬送車まで社の者だけで搬送する。搬送車に積み終えて出発の段階で、喪主と当社の運転手が簡単な道順の打ち合わせをしている。その間に野々宮は挨拶と共に、以後の葬儀一切を受け持つ担当者として喪主に名刺を渡した。
遺族が二台の車に散ってゆく。雨は昼からだから此処にいる人々はそれ以前から病院に詰めて居たのだろう。小降りだが傘の用意のない数人が慌ただしく駆け出した。娘二人も釣られて駆け出したが、二十代後半だろうか一人ポツンと雨を躊躇う女性に野々宮は促して傘を掛けて車まで同行した。優しいひとねと取って付けたように、一言云って彼女は車の後部座席に身をゆだねた。
野々宮さん行きますよと云う新人の中山の声に引っ張られて搬送車に駆け込んだ。先頭車はすでに走り出していた。
先導する遺族の車に野々宮の乗る遺体の搬送車が続いた。
営業の中沢さんは早速カバンから出した会員の資料に目を通し特典を確認した。遺族は自社が経営する月掛け割り引き会員制度の互助会での経緯によって特典があった。中沢は記載されている家族構成に目を通し始めた。
臨終に立ち会った故人の妻以外では男は二人、故人の長男と次男だけで後は女ばかり四人居た。長男の隣に居るのが妻と子供は娘ばかり三人いた。書類ではこの内二人は既婚者だ。此処に集まっている三人の娘達の名前はまだ分からない。さっきの女はどこに当てはまるのか多分末っ子だろうと察しが付いた。
彼らは二台に分乗して発った。故人を乗せた搬送車がその後に続いた。見失わないように前方の車を見続けるうちに、揺れ動くテールランプが手招きするように妖しく灯っていた。
運転手で大卒新人の中山が眼を擦りながらハンドルにしがみ付いている。
「お前仮眠したか」と中沢は頷く中山の肩を軽く叩いた。眠いのは俺だけじゃないようだと野々宮は笑いをかみ殺した。
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