辿り着けない世界

和之

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美紗和の話1

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 此の部屋も隣の書斎も祖父が亡くなるまでは頻繁に使っていた。それは着いた当日に聞かされたが、こうして此の家の事情が解ってくると、今更ながら此の部屋の重みが身に染みて来る。祖父が書斎で根を詰めて物事に集中した後に、それをほぐす為に作られた部屋は旅館の風情が漂うように作られていた。それで一夏を逗留する坂部には相応しいと思われた。しかし坂部にすれば、結婚するまで克之さんが使っていた部屋の方が、独身時代の調度品もあり、坂部には使い勝手が良かった。同じように隣が書斎なら此処は洋室に作り替えた方が同じ棟続きで使い易いだろう。しかし祖父は寛ぐために此処を和室にした。
 一階の庭に向かって張り出した茶室は風情があって、一同を集めて開く茶会には良いが、その二階にある此の部屋は夏は涼しいが、さぞ冬場は障子と硝子戸の二重にしても冷えると思われた。亡くなる当日は、おじいさんは夕食を終えて暫く此処で寛いだ。
「その時は別段に変わったことはなかったんですか」
「そうね、いつもと変わりはなかったの。食事が終わると二階の今あなたが居る部屋に居て、そこへあたしがお風呂が沸いたって報せに行ったのよ」
 先ほどの千里さんの話を思い浮かべていると、突然障子の向こうから声を掛けられて、遂に出たかとドキッとした。しかし女性の声だから千里さんの声色かと思えば、美紗和さんだったのでひと息吐けた。障子越しにお邪魔してよろしいか聞かれて、さっきのツンとした態度を想えば急に背筋に冷たい物が走った。つかつかと入って来られると更に緊張を強いられる。彼女が座敷机の向かいに座ると、坂部の緊張は頂点に達した。
「此処は見晴らしがいいでしょう」
 緊張をほぐすような第一声に坂部は益々気に入った。





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