下弦に冴える月

和之

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(23)第五章

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 綾子は北村が写真の展示会で忙しく、たまに留守番に頼まれるぐらいで暫く一緒に出歩いてない。それを知って大学時代の友人の裕子が今度の休みに京都へ遊びに行かないかと誘って来た。
 某会社の受付嬢である裕子は耳元で飛び交う他人の噂話ばかりで辟易していた。そこへ綾子が暇を持て余しているから気晴らしに丁度良かった。早速話が進み淀屋橋で待ち合わせて具体的な場所も決めずに特急電車に乗った。あてずっぽな京都行きだった。
 裕子は電車に乗ると写真展の反響が気になる綾子に話題を合わせて来た。そこから北村との進行状態を訊くが、取りあえず遠回しに詰めてきた。
 写真展への来店者は年配が多く若者が少ない。やはり関心を寄せる作品でもなかったらしい。昔の様に旅の風景に憧れる若者が減ったようだ。最近は部屋に閉じ籠もりテレビゲームに夢中になる若者が多いのが北村には堪らなく淋しくなるようだ。
  要するに非現実の世界に没頭して、いや埋没して個性までも消滅させてしまう風潮を嘆いている。
「いつからだろうね子供がテレビゲームばかりして外で遊ばなくなったのは」
 軽快に走る特急電車の窓を眺めながら綾子が呟いた。
「この特急電車の停車駅が増えてからじゃないの」
 確かに昔は大阪の京橋を出ると京都の七条まで止まらなかった。が今では急行の停車駅数と変わらず、代わりにその急行がなくなっていた。やたら沿線に人が多く住みだして田んぼが宅地されて子供の遊び場所が無くなった頃だろう。その頃に急激に電子機器が発達した。
「ばあちゃんが言ってた。車が通らない路地裏から良く子供達がわらべ唄を歌って遊んでいたって」
「今時車が通らない道って住宅街にはないもんね」
 新規の宅地には緊急車両のための道路の設置が義務付けされいた。
「外で遊べなくなった頃に家で遊べるゲームが出来た。そんな子がどうやって交際相手を見つけるんだろう」
「別に子供だけじゃないよ昔から恋は尋常じゃないってだから人任せって言うじゃない」
「だから裕子は受付でそう云う仕事もしているのか」
  確かに裕子の会社は女子社員が多いから受付の裕子は、男女の裏事情の込み入った辻褄合わせに一役借り出されていた。
「重要な得意先でなければ内は婚活の会社じゃありませんし女子の斡旋なんて以ての外ですと取り合わないようにしてるけど、気に入った子が居れば自分でアタックすればいいのにどうしてこう閉じこもりの草食男子が増えて来るの。北村さんも似たようなものよね」
「でもあの人はアウトドア派なのよ」
「ただの自然観賞派じゃないの」
 綾子は写真展で気に入ったサービス版の山の写真を見せた。
「これ全部単独走破しているのよ」
 裕子は夜空に下弦の月に浮かび上がった穂高の写真を手に取った。
「凄いわね、ただの鑑賞の域を超えてる。冴え渡る下弦の月ね。夜によく独りでこんな場所に居られるのね」
「今はそう云う写真は撮ってないみたい。それは昔の写真なのよ。あの頃は強い精神的な支えがあったみたいなの」
「それがこの前言った佐恵子さんか、展示会にも来たのね」
 裕子はじっくりと写真を見つめ直して「その人が居ないから、もう、こういう写真は撮れないのね」
「夜の山岳写真は全く撮ってないみたい。日中のちょっと変わったアングルから撮った写真ばかりだったの」
「冴える月下の写真はもうないのね、なんか一本神経が抜かれた見たいね」
 綾子が可怪(おか)しな顔をした。
「神経って何本もあるの?」
 神経は数でなく種類だと。その中のデリケートな神経を守る人が居なくなった。そこから、夜にこういう場所に立つくそ度胸の神経も無くなったと言い直した。
「そうか佐恵子さんって云う人はそういう人だったのか」
「綾子は可怪しな所で納得するのね」
 綾子が納得したのは彼女の存在でなく北村のナイーブな精神であった。それがあの作品を作り出していたのだ。源泉がなんで有れあれだけの作品を作り出せる能力を彼は秘めているんだ。問題は将来的に彼がいかにそれを開化させるかに掛かっていた。
 だから展示会場を訪ねて来た佐恵子を見て、綾子は現実味を帯び惹き付けられた。
「綾子、それほどあの人に新たな作品に挑んでほしいってゆうわけ?」
「そう、あの下弦に冴える月に代わる作品を」
「穂高じゃなかった?」
 問題はそこじゃないと惚けた裕子を睨め付けた。
  ーーあの作品はあの女が居てコソの写真なのよ。とにかくあの女の存在価値を北村に高めて貰うのよ。
「あの二人に寄りを戻して貰うの?」
「馬鹿ね、あたしがそんな事を思うわけないでしょう」
 寄りを戻すのでなく協力して貰うだけよ、ときっぱり綾子は言い切った。要するにシャッターを切る時だけ思い起こして貰う、それで新たな作品が出来ればこれに勝る物はないと云う。

  
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