下弦に冴える月

和之

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 佐恵子は奥のテーブル席にいる朔郎が目にとまり、どう云うことと狭山を呼び止めた。
「佐恵子さん、あなたの見学中に彼が来ましてね・・・」
 狭山の言わんとしたことを佐恵子はすぐに理解して彼の席に座った。
「佐恵子さん本当に久し振りですね。どうしているかと北村も心配してましたよ」
 朔郎の横に座った狭山が先ほどとは打って変わって昔のように親しみを込めて言った。後の言葉は友美以外は見え見えで実に余分だが彼が言うと自然体で通った。
 佐恵子は狭山の言葉を受け流して改めて妹に朔郎を大学時代の友人として紹介した。
 友美は五人兄弟の末っ子で切れ長な眼は姉に似ていたが現代っ子で物事に余り拘りがなかった。
 営業担当の狭山は面白可笑しく会社や仕事や世間話を振りまいた。彼は実にこの場の雰囲気を盛り上げていた。朔郎と佐恵子はそれに会わせて相槌を打ったりして話を繋ぐダケでよかった。北村はそれに合わせて駄洒落を連発した。狭山と佐恵子はその都度しらけるが免疫のない友美は笑い転げていた。
 佐恵子は妹に「笑っちゃダメ、この人、癖になるから」と自制を促すが、友美は「だって涙が出ほど可笑しい」と目頭を拭いていた。北村の駄洒落に飽きた佐恵子と狭山は二人だけで話した。朔郎は友美と今度は真剣に喋り出した。
 当事者同士には聴きたいことは山ほどあるが、部外者の居る手前では当たり障りのない話に尽きた。この前にも北村は佐恵子と会っていたが肝心な事は何も話していない。おそらく堅物なあいつはまた繰り返すと思った。狭山の演出でざっくばらんな雰囲気に持って行った。狭山はこれで北村も次回は昔の様に佐恵子と本音で語ると確信した。
 別れて喫茶店を出ると堰を切った様に友美が佐恵子に話し出した。
「ただの友達じゃないんでしょう、さっきの人、義兄さんの事をよく知っていたわよ。どういう人なの」
 高校まで熊本に居た妹は正幸と一緒に成る以前の事は知らない。そして佐恵子の事で二人の友情がどう変わったか微妙な所は知らなかった。
 あの時は正幸のお節介で一度崩れかけた仲を有美子が取り持ってその場はしのいだ。佐恵子も朔郎と心機一転で大阪に移り住んだ。一度ひびの入った心の亀裂も表面では順調に修復した。だが数ヶ月後にあるひと言で瓦解した。
「何を言われたの」
「二人で登山に行って帰ってから朔郎の様子が可怪しく成ったのよ、何度聞いても答えてくれないから正幸に聴いて驚いて家を飛び出したの」
 言った姉の顔は飛び出した理由を拒絶していた。
「また有美子さんところへ行ったの?」
「もう行けないから今度は正幸に確認したの」
 友美にはじれったかったが理由はやはり訊きそびれた。
「それで」
「その時に正幸は半年間の海外研修に決まったの。ひと月後にあたしも追っかけたの」
 肝心な途中が抜けているが友美も飛ばした。
「それが例の旅行だったの語学留学って言ったけど実際は姉ちゃん恋の逃避行だったのか、それって赤ちゃんは」
「一緒に連れて行ったの、だから向こうでも大変だった」
「正幸さんは平気だったの」
「なぜなのか何にも言わないからやはりかおりが気になったのか、一緒になる気が無いと思っていたらプロポーズされて帰国してすぐ結婚したの」
「嘘だ、そんな作り話で、そんな成り行きで姉ちゃんが結婚するはずがない。北村さんと言う人から逃避したかっただけじゃないの。姉ちゃんは昔あたしが小学校へ行く前だった時に男の人を連れて来たでしょう。その人が正幸さんだと判ったけどその時は実際は北村さんと一緒に暮らしてたんでしょう。その半月後にさっきの話だと正幸さんを追って外国まで行った。無茶苦茶な話じゃないのに、にわかに信じろってそれでも姉ちゃんは言うの」
「二人が登山に行って帰ってからあの二人だけど、どっちを信じて良いか解らなくなったのよ」
「じゃどうして正幸さんを信じたの、実家に一緒に来てくれたから」
「あれは誘ったんじゃないのよ」
「でもお父さんは乗る気だったよ、これで佐恵子も片付くなあって言ってた」
 正幸の取りなしは、あれは朔郎の弁明には違いなかったが父はすっかり正幸に傾倒させて仕舞った。これでは進路を絶たれたのに等しいかった。それなのにあの人は相変わらず狭い視野で生きていた。最初はそれがあたしの望みだったけれどいつか打破してほしかた。
「待てないなんて。北村さんは理想の人じゃなかったの」
「現実は理想通りには・・・。まあそれより友美、あんたにはまだ無理ね。それより裕次君を大事にしなさい。せかしちゃダメよ待ってるんでしょう裕次君、早く行ったげなさい」      
    
    
 


 
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