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強化合宿編

第13話 夏だ!避暑地だ!生物部強化合宿の謎(三日目)

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合宿3日目の朝が来た。
今日は贅沢三昧な日なので、朝食は各々トースト1枚とハムエッグとサラダ程度。
「楽でいいけど、作る方として物足りない」
などと、成美さんは贅沢な文句を言ってる。
麻琴は今日も今日とて、目の前に置かれたビックリフルーツティーとにらめっこしてる。
最終的には僕が引き取らないと、かな。あの不味茶。
「それじゃあ、お出かけ準備してくんね」
とムリョウさんに引き連れられて女性陣が寮に戻ると、幾美が
「強化合宿締めの花火、明日のに夜やろうと思う」
「お、いいんじゃね」
と崇はノリノリだったが
「んじゃ、花火代、一人5000円な」
という幾美の発言で凍り付いた。
「何十本やる気だよ」
総額2万円分の花火という提案に僕らは恐怖した。
「予算不足なら貸しにするが?」
「いや、余裕ないわけじゃないけどさ」
「幾美、心底気合入り過ぎだって。手持ちの花火2袋くらいと、打ち上げ10本くらいでいいじゃん」
幸次もさすがに苦言を呈するか。
「まさか今回もロケット花火打ち合いとか、石垣爆竹爆破とかやらないよな?」
「崇がやりたいなら止めない」
「火傷やら擦り傷やら負傷するから禁止だ!」
「危ないよね、あれ」
「ノリノリでやってたろ、謙一!」
「そう?ふーん」
「オマエハコロス」
「相手になるぜ、メカブッダ!」
「ごっこ遊びなら外でやれ、崇、謙一」
「その前に出かける準備だってば」
幸次の機転により、時間の無駄は防がれた!

              ※

「望ちゃん、白のサマードレスに麦わら帽子って、今日はリゾート感満載だね」
「そりゃ、今日は街中デートみたいなもんでしょ?多少は、ね」
「未来ちゃんはノースリーブにミニスカート?攻め過ぎ」
「そりゃあ、ねえ」
「麻琴ちゃんはパフスリーブのニットにショートパンツがいいね」
確かに今日は頑張って、出し慣れない足を出してみた。
「いや、そのファッションチェックなんなの、成美さん」
「だって、今日明日がみんなの本気の見せどころじゃない?ボクとしては期待値MAX」
「成美さんにハァハァされてもなぁ」
「未来ちゃん、当事者同士だけじゃない、第三者の視点は大事だよ。レイヤーの基本でしょ?」
「まさか、成美さんからレイヤーの基本を説かれるとは」
膝をつく未来さん。
「そういう成美さんは、Tシャツとハーフパンツって、いつも通りって感じにラフだよね?」
「ボクは、ほら、あなたたち3人相手に気合入れて対抗しても痛々しいだけだからさ、あえてラフに行くのさ」
きっと、あの停止スイッチの大ボリュームが着るもののバランスを取りづらくしてるんだろうなぁ。あったらあったで大変なんだなぁ。言わないけど。
「それにしても、麻琴の足、スベスベだね。キスしていい」
「え?普通に嫌」
相変わらず、望さんが百合ゾーンを展開しようとする。
「さぁ、今日はメイクにも気合入れてみようか」
とメイク道具を広げる成美さん。

              ※

1時間ほど待った。まさか、そんなに待たされるとは思わなかった。
「おーい、準備できたぞぉ」
と成美さんがやってきた。
「おぅ、やっとだ!ほら、おまえら、行こうぜ」
と、幸次に引き連れられて、外にゾロゾロと出ると
「ん?男子は気合入ってないね?大丈夫?」
という成美さんの謎の問い。
「何が?気合は充実しているつもりだが」
「まぁ、いいや。ほら、自分の彼女を迎えに行け、若人よ」
と、促されていった先に、天使が3人いた。固まる僕、幾美、崇。

              ※

「なんで成美はいつも通り?」
「幸次、あれに対抗するのはボクには難題すぎるんだよ」
「きちんとしたらしたで美人のお姉さんのくせに」
「うわぁ、照れちゃう惚れ直しちゃう欲情しちゃう」
「欲情すんな」

              ※

「いいな」
「そうでしょう?イイ感じにしたんだもの」
「流石だよ、ホント」
「もっと、惚れなさい」
「はいはい」
「そこは流さず、くさいセリフの一つでも言いなさいよ」
「おぉ、我がビーナス!でいい?」
「真面目に言って」
そこまで言うならと、耳元で
「愛してるよ、俺の素敵な望」
って言ってやったら、真っ赤になってうつむいた。珍しい反応だ。

              ※

「どや?」
くるっと回って見せるが、下着見えそうで怖いんだが。
「いや、似合ってるし、刺激的だし、あいつらに見せるのももったいないというか、独占したいです、はい」
「よろしい。あたしから離れないでね。ナンパ野郎が寄ってきちゃうから」
「危険を顧みない気合!」
「ブッダの御威光で守護してね」
「カッコつけづらいリクエスト!」

              ※

「変じゃない?変じゃない?頑張って足出しちゃったの」
「可愛エスト」
「なにそれ?」
「可愛いの最上級」
「インチキ英語で誉められたぁ」
「んじゃ。すごく可愛いよ。さすが僕の天使だね」
「な、ならば良し!」
なんだろうね。でもほんと可愛いのを再認識させられた。いつもより、ちょっと気合入れたメイクしてるし。

              ※

「ほら行くよ、若者たちよ!」
という成美さんの号令で、わらわらと車に乗り込む一行。
「さて幾美くん、どう行けばいい?」
「今日は町の入り口の駐車場に停めて、そこから散策するから。俺がナビするわ」
「了解。頼むねぇ」
皆でカーステから流れるアニソンや特ソンを熱唱しながら、車は進む。
「幾美くん、歌ってんだかナビしてんだかわかんなくなってくるから、きみは歌うのやめて」
「はいはい」
「幾美、歌禁止条例」
「謙一、明日虫取り当番させるぞ」
「外道め!」
そんなこんなで30分くらいで、目的の駐車場到着。

              ※

車から降りると、麻琴にがっちりと左腕をホールドされていた。
「謙一が初っ端から、いらないことしないように確保します」
「僕の信頼度、低っ」
「確信も信頼の一種だから、大丈夫」
「麻琴の言い返しに磨きがかかって、僕は嬉しいよ」
「磨く必要のないものを磨かされている感があるんだけど」
「大丈夫大丈夫。僕のこと、見ててね」
「…大丈夫?」
やばい。心配させたか。
「うん。今は幸せ。麻琴のぬくもりも肌から吸収中だし」
「微妙にキモイ」
「じゃあ、放牧してもいいよ」
「それはしない」

              ※

そんなわけで、各々腕を組んだり、手を繋いだりと4組のカップルは町中へ。
女性陣が4人ともタイプの違う美人さんたちなので、人目を惹くのを感じる。一緒にいるのが、いかにも男子高校生!な野郎だし。
「悪目立ちだね」
僕がボソッとつぶやくと
「誇りなさいよ。自分たちの強運を」
と宝珠に返された。
うん、そりゃ確かにそうなんだけど。
自分で言っちゃうのが宝珠だよね、やっぱり。
道の両脇には様々な土産物屋や飲食店が並んでいる。さすが避暑地。
「幾美、何か計画あんの?飯の場所とかさ」
「あ?ないぞ」
幾美と宝珠以外、全員が「でたよ」的にげんなりするパターン突入。
本人はともかく、宝珠も受け入れるなよ、こういうところは。
「僕としては昼飯は、麻琴の感に頼りたい」
「え?なんでわたし」
「「「「「「欠食児童だから」」」」」」
「声合わせて、変なこと言うな!」
「実際さ、麻琴の行ってみたいお店ってない?」
「あ、あるけど…」
「どうですか、皆さん。僕の麻琴は下調べも完璧です!」
「「「「「「おぉー」」」」」」
皆の驚き兼称賛の声とともに、ぽかぽか殴られる僕。
へんなコントをしている連中といった視線を集めつつあったので少々移動。
時間は11時。早めのランチにはいい時間だろう。
「麻琴、どのお店?」
「あ、あのね、山賊焼きと手打ちそばの店なんだけど」
と、がさごそバッグから小さなガイドブックを取り出して、付箋付いたページを開いて見せてきた。
「ここ」
「ふむ。へい、幾美!案内プリーズ!」
「だから、おまえは…」
と何かぶつぶつ言いながらも、幾美はガイドブックをチェック。
「OK、わかった。行くぞ」
「麻琴、幾美って頼もしいよね」
「うん、頼もしい」
「謙一、カップルでやれば許されるとか思うなよ」
「望さん、部長怖いから引き取って」
僕は麻琴の成長を実感した。
「はいはい」
と、宝珠が幾美の腕を引っ張って行く瞬間、僕をものすごく怖い目で見てきた。
う~ん、まとめてからかうのも危険か。あとで麻琴には注意しておこう。

              ※

で、麻琴待望のお店に付き、皆でお勧めの山賊焼きセットという山賊焼きと盛蕎麦のセットを注文した。
そして運ばれてきたものは、端的に言えば、鶏もも肉一枚を丸々揚げたのが山賊焼きの正体だった。
「唐揚げなのに山賊焼き、って?」
という崇のつぶやきに
「この辺じゃ、これを山賊焼きって言うんですよ。他の県では焼いて出すところもあるみたいですけど」
と、運んだ来たおばちゃんが丁寧に答えてくれた。
「あ、説明ありがとうございます」
「どうぞ、ごゆっくり」
まさかつぶやきを拾われるとは思っておらず固まる崇に代わり、ムリョウさんがお礼を言っていた。
「聞くならちゃんと聞きなさいよ、もう」
「う、うん」
叱られる崇。
こんなとこで点数下げんなよ崇。
「ちゃんと、そもさん!って言って、相手がせっぱ!って答えてからだぞ、崇」
「何が何でも仏教ネタに持っていく謙一に感心しかない」
と幸次。
「すごいすごい」
と頭を撫でてくる麻琴。
うん、変な客だ。
「ほら和尚、頂きますの号令して」
宝珠、無茶ではないけど無茶ぶり。
「…いただきます」
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
店のおばちゃん、笑ってる。
まぁ礼儀正しいのはいいことだし、山賊焼きも蕎麦も美味しかった。

              ※

さて、ランチも終えて、買い物&観光タイムだ。
「幾美、どうすんの?いったん解散?集団行動?」
「各々行きたいとことか、ペースも違うし解散して、2時間後に車の前に集合、で」
「了解」
「謙一」
「なんでございましょう、部長様」
「急に卑屈になるな。俺が花火を仕入れるんで、ちょっと引き取ってきてほしいものがあるんだ」
「なに?」
「この店に行って、俺の名前出して引き取ってきて。支払いは親のカードで済ませてあるから」
「多少引っかかるところがなくもないが、了解」
渡されたメモを見ると
「おまえ、こんなの準備してたの?」
「サプライズだ」
「贔屓贔屓」
「今回の合宿は、あいつらの強化も裏テーマだ」
「まぁいいや、こういうの大好き。承った」
「おぅ」
かさばりそうなんで、集合直前だな、引き取りは。
「はい、解散」
と幾美が言うなり、成美さんがものすごい勢いで幸次を引っ張って姿を消した。
「さすが、バーサーカー」
異様な行動力のバーサーカップルに、あっけにとられつつも、三々五々に歩き出す残りの3バカップル。

              ※

「あのね、崇、あたし、行ってみたいっていうか、やってみたいことあるんだけど」
「なにを?」
「楽焼」
「らくやきって、あの陶器に絵を描いて焼いてもらうやつ?」
「そう、それ」
「いや、いいけどさ。陶芸とか興味あるの?」
「ん?全然」
「おい」
「あのね、小さい頃、こういう観光地に家族で来たとき、楽焼コーナーがあってね、親にねだったけどダメって言われたんだ」
「まさかのリベンジ?」
「そのまさか、だよ」
「うん、まぁ、止める気も権利もないけど」
「それでね、二人で、お皿とか半分ずつ絵付けしてさ、お互い持っていたい、かなって。記念に」
「乙女モードだな。賛成だけど」
「乙女とかいうな。ほら、あたしも3年生だしさ、大学はエスカレーター式に進学するつもりだけど、実力考査対策に今までよりは、遊びに行けなくなる、かもだし」
「え?いつから?」
「秋くらい?でもさ、一般的な受験生と違って、よほどじゃない限りは進学できるから、ガチガチではないんだけど」
「そっか進学か」
「崇だって来年の今頃は悩むんじゃない?」
「そうかなぁ。実感まだないけど。未来と付き合えたのが嬉し過ぎってのもあるし」
「それは光栄だよ、和尚様!」
「王子キャラっぽく、悪口言うな」
「ちょっとくらい、からかってもいいじゃん」

              ※

「望はどこか行きたい店あるのか?」
「うーん、せっかくの冷蔵庫付きの車だから、チーズとかソーセージとか、買って帰りたい、かな」
「呑んべえっぽい発言だな」
「私、お酒強いよ…多分」
「その多分が嘘だな」
「女の嘘を見破って誇るのはカッコ悪いよ」
「誇ってないから」
「幾美は?ケンチにお使い押し付けてたみたいだけど」
「俺は俺で別に買い出しするもんがあるから、あいつに頼んだだけ」
「何企んでんの、かしら?」
楽しそうに微笑みながら俺に顔を近づけ、首をひねる。凶悪なまでの攻撃力。
「明日の夜、花火をみんなでやろうと思って、その仕入れ」
「楽しそう。私も選んでいい?」
「もちろん、予算内に収まれば」
「条件がせこい」
「高校生だぞ、俺たち」
「さっき、親のカードでどうの言ってた男が?」
「それはそれ、これはこれ」
「ふーん」
「個人支出と共同支出の違いがある」
「別に責めてないよ、私」
「はいはい」

              ※

「さて、山賊焼きの次は何?」
「ジャム屋さん」
「OK。マップ見せて」
「うん、ほら、この店で、マップだと、ここ」
ガイドブックに異様に付箋が貼ってあるのだが、全部行く気なんだろうか?行ける限りは行くけどさ。
多少は店の入れ替わりがあるのせよ、何回か来ている場所なので、おおよその見当はつく。
「よし、行くか」
「うん」
僕は麻琴の手を引いて歩き始めた。

              ※

「え?なんで駐車場に戻んの?」
「時間がないの。急いで」
「え?どこ行くの?池の方?人工湖の方?」
「いくよいくよいくよ!」
怖いってば、成美。

              ※

望の目当てであろうチーズやソーセージの店は少々町のはずれの方にあるので道沿いの店を眺めながらの散歩状態。
「幾美は何かお土産買うの?」
「別荘持ちの半地元民みたいなのが、今更何を買うというのか」
「ほら、生物部以外の友達とか…いないの?」
「いる!ただ、わざわざ買って渡すほどの仲じゃないだけだ」
「ふーん」
「何その、嘘でしょ、的な反応」
「違う違う。生物部の絆の強さを認識しただけ」
「そ、そうか」
「なんか羨ましいのよ、あなたたちみたいな腐れ縁的な絆って。私には無いものだから」
「充分、腐れ縁と化してると思うけどな」
「え?」
「もし、何か用事で俺がいなくても、謙一たちと会うの、躊躇しないだろ」
「それは、そうかも」
「充分だろ、それ」
「私に新たな気づきを与えるなんて生意気な人」
「同い年に生意気呼ばわりされるとはな」
望は楽しそうに微笑んで、俺の腕にしがみついてきた。
「望の買い物終わったら、花火を仕入れるから」
「了解」

              ※

描きましたよ、なんかもう、いかにもバカップルな皿に絵付けを。
楽焼なんて小学生以来で、まぁ楽しいっちゃ楽しいんだけど、周りが親子連ればかりなのが、多少いたたまれず。
未来は全然気にしないで、オレに仏像型の貯金箱を差し出してきて
「開眼式、開眼式」
とか、言ってきたがもちろん断って、無難な皿にした。
何気に絵が上手い未来。
「あたし、美術部だから…幽霊だけど」
「生物部がかなう相手じゃない」
「勝負してたつもりはないんだけど」
「オレの描いた部分の不格好さが目立つんだよ」
「味だよ、あ、じ」
「味ねぇ」
「アンバランスなバランスってのもありだと思うんだ」
「そんなもんか」
「そんなもんなの」
焼きあがった完成品は店から自宅へ直送を依頼。
店から出ると、両手の紙袋に花火を詰め込んだ幾美と出会った。
「ちょうどいい。半分持ってくれ?」
「はぁ?オレたちこれから土産買うんだが」
「これ、重いんだが」
誰か、この部長野郎を叱ってくれ。

              ※

僕の持った買い物かごに、次々と投入されるジャム、ジャム、ジャムの瓶。正直重いんだけど。
「ま、麻琴、一体どんだけ買うの?」
「家族の分と友達の分、だけだよ?」
「だけっていう量を超えているよ。なんか10kgくらいありそうだよ」
「え?…あれ?わたし、こんなに持てない」
何かに憑りつかれていたのかな?
ジャムに未練のある地縛霊とかに。
「うん、僕も持てないから、一旦見直そう」
「う、うん、ごめん」
麻琴はワタワタと、かごからジャムを元の棚にいったん戻し始めた。
「どうしよう謙一?」
どうしようと言われましても…なんだけど、
「じゃあさ、家族には一人一瓶ずつ、今のサイズのやつ。友達には一番小さな瓶のやつを色々買って、何かラッピングでもして、中身判らない状態で配るというか選んでもらえば、面白くない?」
「うん、うん、そうする!」
よかった、採用してもらえて。
「お父さんは…桑の実、お母さんは…ミルク、辰巳は…和栗!」
全体的にチョイスが渋いね、愛しの麻琴は。
「わたしのは…あんずにしよっと」
うん、渋いね。
「友達のは、薔薇とりんごとルバーブと…いちじく」
うん、それでも4kgはありそうだな。
「麻琴、家に送ってもらいなよ。今日依頼すれば、帰る日には着いてるんじゃない?」
「そうす…ぬっ!」
とレジに向かおうとしたが、かごが重いのか動きがおかしい。
「はいはい、持っていこうね、はいはい」
「謙一、小さい子をあやす様に言うのやめて」

              ※

「で、おれをどこに連れてくつもりだ、成美」
「ラ・ブ・ホ」
「はぁ?」
「うっそーん、アウトレットモールで欲しいものがあるの」
「なら、いいけどさ」
「一瞬、期待したっしょ?ね?」
と、高笑いする成美。
怖いんですけど…

              ※

「謙一は何買うの?」
ジャム屋を出て、所謂、土産物屋を見物中のわたしと謙一。
「別に買わない、かも」
「え?お母さまに買わないの?」
「う、うん、まぁ、いいかなって」
ちょっと様子が…何か、あったのかな。
「じゃあ、私からってことで一つお願いしていい?」
「麻琴から?」
「色々、お世話になってるから、ね?」
「そっか、うん」
「あ、でも一緒に旅行してんのバレるのまずいよね」
「それは、言ってあるから大丈夫」
「え?言ったの?」
「売り言葉に買い言葉で、っていうかなんていうか」
「そっか、喧嘩したんだ」
「うん」
「理由、聞いてもいい?」
「麻琴になら、いいよ。ちょっと、外に出ようか」
わたしと謙一は土産物屋を出て、近くにあった公園のベンチに座った。
5分くらい沈黙が続いて、謙一が口を開いた。
「母さんにさ、恋人が出来たみたいで」
わたしの予想よりも重い話だった。
「そりゃ、独身だしさ、そういう感情を持つのも当たり前なんだろうけどさ。なんか、イヤでさ」
わたしは謙一の手をぎゅっと握った。
子供としては割り切れないよね。母親が父親じゃない人と恋愛するなんて。しかも離婚の原因はお父様の浮気だったよね。
「紹介したいとか言われてさ、気持ち悪いやら、腹立たしいやら…悲しいやらで、僕は麻琴と旅行に行くから好きにしろ!的な感じで」
「そっか」
ここ数日のハイテンションの本当の原因はコレか。
「ねえ、麻琴」
「うん?」
「僕は父さんみたいになっちゃうのかな?そんで、麻琴も母さんみたいになっちゃうのかな?」
そっか、謙一にとっては傷を抉られるようなことだったんだね。
「大丈夫だよ。わたしは謙一の居場所だもの。どこにも、他の誰のところにも行かないよ。だから、謙一は、わたしを見て。恋して。そうすれば…お互い好きでいれば、幸せでいられるよ、きっと」
わたしだって、恋愛経験は謙一が初めてなんで、きちんと伝えきれないけど。それでも、わたしが謙一を好きなのは間違いない。自信ある。だから、謙一の全部を受け止める。
「ありがと、麻琴」
「彼女として当然の務めだもん」
「麻琴と出会えて、付き合えて良かった」
「望さんが言うには運命なんだって」
「そっか。うん。元気出すよ、ちゃんと」
「元気出すのはいいけど、出し過ぎないでね」
「善処する」
解決、して無い気もするけど、とりあえずは元気出たみたいだから…お母さまの話題振ったの、わたしだし…大丈夫だといいな。

              ※

やばい、そろそろ集合時間だ。
僕は麻琴の手を引いて速足で歩き始めた。
「ど、どうしたの、急に」
「幾美に頼まれたお使いがあるんだ。それに集合時間まであまり時間がない」
「えー、部長酷い」
「昔から酷いやつだからなぁ」
僕は幾美に指示された写真館に行き、幾美がネットで注文していたものを受け取った。
「デカっ」
「謙一、なんでそんなものを?」
「僕はこれには何も関わってないからわからないけど、幾美なりの気遣い?」
「嫌がらせに近いよね」
「それは、幾美の性根の問題だからなぁ」
僕は荷物を持って、麻琴を引っ張って、駐車場へと急いだ。

              ※

駐車場に着くと、そこに集合場所である車は無く、幾美、崇、宝珠、ムリョウさんが呆然と立っていた。
「幾美、車どこ行ったの?」
「さっき、幸次に連絡して確認した。あいつらアウトレットモールまで行ったらしい」
「あぁ、で、渋滞にハマっているとかそういうパターン?」
「正解だ」
麻琴が僕のシャツの裾をクイクイと引っ張り
「急がなくて良かったんだね」
と小声で言ってきた。
後半、僕に引きずられるままだったしな。お疲れのようだ。
「このあとの温泉でゆったりしようね」
「うん」
アウトレットなんて行きたがるのはバーサーカーの方だろうし、災難な奴だな、幸次は。
「なぁ、ちょっと向かいの土産物屋行ってもいいか?」
と崇が挙手発言。
「いいけど、車が来た時点でいなかったら置いてくぞ」
「そもそも、お前が荷物持たせるから、土産物屋に行けなくなったんだろうが!」
「崇、この外道な部長と口喧嘩しても勝てないから、早く行こう」
ムリョウさん、慣れたなぁ、僕たちに。
「ほら!」
と、ムリョウさん、崇の腕を引っ張って出て行った。その際に、僕と麻琴にウインクを、幾美と宝珠に舌を出して「ベーだ」とかやりつつ。
「未来さん可愛いね」
「お姉さんキャラ消えたね」
と、僕と麻琴は感心した。
「わたしも、もう少しお土産見たいな」
「焦らなくて、温泉にも色々売ってるから」
「え?じゃあ、あの二人は」
「置いて行かれる可能性を上げるだけの行為?」
「わかってるなら、止めてあげて」
「でも面白くなる可能性を、あえて下げるのもつまんないかな、って思って」
「もう、生物部員は全員同じ!」
ペシっと頭を叩かれた。
「望さんもニヤニヤしてないで、止める側に回ってよ」
「ん?あの二人は逆境にこそ、熱く燃え上がるのよ?」
「適当言ってるでしょ」
と、そこへバーサーカー号が到着した。
「みんなごめーん」
と運転席からバーサーカー本体が顔だけ出して頭を下げた。
「よし行くぞ」
案の定、幾美と宝珠はさっさと乗り込んだ。
土産物屋のレジでワタワタしてる崇とムリョウさんが見える。
「そんで、幾美、この引き取ってきたやつ、どうすんの?」
「あぁ、今夜の夕食の時に使う」
「わかった」
人前で開帳するのか。幾美は酷いな。
ちなみに崇とムリョウさんは置いて行かれずに済みました。

              ※

バーサーカー号は全員載せて、無事に温泉に着きました。
「さて、集合は1時間半後に食堂前のリラクゼーションスペースで」
相変わらず、幾美がちゃっちゃと仕切る。こういう時は楽でいい。
ということで、当然男女分かれての入浴タイムに突入。

              ※

大きな浴槽に、なぜか石造りの滑り台が設置され、小さな子供たちが歓声を上げながら滑っている。全裸で滑る上に突入先は水ではなくお湯。
「崇、滑って」
「滑るの得意だろ?」
「別に見たくはないが」
「やらねぇよ!この年齢でやるのは色々危険で失うものがありかねないだろうが」
ノリノリで滑られたらイヤだなと思いつつ振っただけなので、良かった、断ってくれて。
そこからは、4人てんでバラバラにサウナや露天や電気や薬草の風呂へと散っていった。
みんなそれなりに一人の時間も欲しいからね。

              ※

「うぃ~」
と成美さんがおっさん臭い声をあげつつ湯船に沈んだ。
「成美さんにしてもらったメイク、落としちゃうのもったいなかったな」
「んなもん、いつでもやってあげっから」
と、成美さんに頭を撫でらえた。
「そういえば成美さん、アウトレットで何買ったの?」
「ん~、あそこ、珍しく輸入ランジェリーの店があってさ。大きいのも可愛いのがあるのよ」
「そういう情報は私にも共有して欲しかった」
と、頬を膨らませる望さん。
「あは、ごめんね、幾美くんも予定があるっぽかったから、誘わなかった」
「明日とか、ちょこっと行けないかな」
「明日は丸々自由時間だし、例の計画も午後からでしょ?女子だけで行っちゃう?」
「ありかも」
「未来ちゃんも、さ」
「うん、興味はある」
「わたしには縁の無さそうなお話」
「あ、麻琴ちゃんサイズも、もちろんあるよ。外人だってデカいのばかりじゃないから。セクシーなの買っちゃえば?謙一くん、野獣になるよ」
「べ、別に野獣、じゃなくて、普通でいいんだけど」
「ふ~ん、満足している、と」
「未来さん!そ、そうゆうんじゃなくて」
「かわゆいのぉ」
と未来さんに抱きしめられて、頭を撫で繰り回される。
あの、お互い裸なんで、色々当たるから、やめて欲しい。
なんか、成美さんは息荒く、こっち見てるし。
望さんは、次は自分の番とばかりに、未来さんの後ろにいるし。
「うにゃあぁぁぁ」
と未来さんを振りほどき
「わたし、他のお風呂行ってくりゅから」
噛みつつ脱出。
「「「男風呂は行っちゃだめだよ」」」
「行かないよ!」
声を揃えて変なこと言わないでほしい。注目
集めちゃってるから。

              ※

野郎の風呂は速い。
そもそも、サウナで汗をかかねばならないほど代謝は悪くないし、疲れもさほどない。
ジャムは重かったけど。
適度に温まれば、気が済むのである。
三々五々集合場所に集まるか?といえばそうではない。
ゲームコーナーでアーケードゲーム、しかも何だか古いやつを遊ぶのである。
温泉と言えば卓球という説もあるが、汗を流した後に汗をかきたくない文化部系なので、やらない。
「なんだよ、この技出すレバー操作。鬼畜過ぎんだろ」
幸次が切れている。
「出しづらいからこそ、必殺技なんだろ?」
「このキャラだけなんだよ、鬼畜操作」
「んじゃ、メーカーに投書しろ」
なんだかんだ言いつつ、勝ち進んでいやがるんで、スルーしようっと。
崇は……UFOキャッチャーをやっていた。多分、モフモフしたものをムリョウさんに貢ぐためにやっているのだろう。旅先で余計な荷物を増やすという嫌がらせな気もするが、黙っておこう。あとでさらに嵩張るもの渡すんだし。
で、幾美は……隅っこの方で、10円玉を弾いてゴールさせるゲームをやっていた。
チョイス、渋いね。
「なぁ、これゴールするとどうなんの?」
「ぼんたん飴が出てくるはずだ」
「何、その飴」
「まさに甘露とも言うべき至上の甘味だな」
「嘘つけ、絶対駄菓子だろ、それ」
で、僕はというと、わさびソフトや岩魚で散在した分、我慢しているわけで。

              ※

成美さんが「いっちょ整えてくる」とサウナに行ってしまったので、私と未来だけになった。
「あの、さ、望」
「ん?」
「20歳まで禁止のやつ、どうやって我慢してもらってるの?」
「と、唐突ね」
「うん」
「別に未来はそんな制約ないんだから、気にする必要ないでしょ?」
「そうなんだけどさ、そういうこと抜きでも、なんかラブラブだからさ、なんかコツみたいのあるのかなぁ、とか」
ピンと来た。
「あぁ、なるほど。麻琴が出来たんだから、怖がることないと思うよ」
「いや、そうなんだけど、年上としてさ、リード?しなくちゃいけないのかな、とか」
「んなことないから。和尚に任せときゃいいでしょ。経験ないのに無理しないの。まったく、麻琴のことはからかうくせに」
「う、うん」
「一個上なだけ、がそんなに気になる?」
「そりゃあさ、今は高校生同士だけど、来年には大学生と高校生ってなっちゃうじゃない?」
「そんなの肩書だけじゃない」
「同い年カップルの望には実感わかないだけだよ」
「私はそれ以外が重いんだけど」
「うぅ、そっか。麻琴に聞いたみた方がいいかな……」
「いや、そこは成美さんじゃないの?女性が年上パターンは」
よし、ごまかせた。私のやってることは、未来には刺激が強すぎる、からね。
「呼んだ?」
と、胸でお湯をかき分けながら、当の本人、成美さん登場。
サウナ行ったんじゃなかったっけ?整うの早いなぁ。
「もう整ったの?」
「いや、なんか婆さん軍団で混んでたから戻ってきた。即身成仏製作所みたいだったし」
そうだよね、コージと気が合うんだもんね。生物部の毒素、精神に溜め込んでるよね。
「そんなネタ、和尚しか喜ばないから」
「崇だって喜びゃしないわよ」
「で、どうしたの?」
「未来が色々まだなくせに、来年、大学生になって、和尚が高校生なのがなんか不安なんだって」
「望、あんたね」
「グダグダ説明せずに済むように要約してあげたの」
すると、うんうんと成美さんは深くうなづいた。
「姉さん女房気分でいれれば、いいんだけどね。未来ちゃん、そういうタイプじゃないもんね」
「同性に対してだけよ、そんな態度取れるの、この人は」
「うるさい」
「女子校の悪いとこって言うか、悪くはないんだけど、本人の自覚的な問題だもんね」
「そう、それ」
私はため息をついて、黙ることにした」
「ぶっちゃけて言うけど、相手を自分に溺れさせなさい」
「溺れ?」
「そう耽溺。お互い若いんだから、それを知っちゃえばもう」
「え、そういう方向の話?」
「そうだよ」
あ、未来、ゆでだこ状態。
「ま、そうなっちゃえば、崇くんは止まらないし、他を見る余裕もなくなると思うよ」
「そう、なんだ」
「具体的に聞きたい?」
「具体的と言いますと」
「ほら、どれくらいから良くなるとか、テクニックとか」
「ひょ、ひょれは、今は結構です」
未来、沈みそうだ。
「あはは、ほら、のぼせちゃうから、出よ。望ちゃんも」
「「はーい」」
自分以上の上級者の話を聞くと、今後に差し障りが出かねない、とわかった。

              ※

電気風呂、初めて入ったけど、ビリビリ痛くて、わたしには無理だとわかったので、薬草風呂の方に入ってみた。すごく苦そうな匂いがしてるけど、飲むわけじゃないし、入っちゃえば、全身ぽかぽかしてきて気持ちいい。
合宿に来てから、常に誰かと2人風呂だったので、静かで心落ち着くな。
「あ、麻琴」
と、私の短い平穏は打ち破られた。
「平穏を打ち破られたみたいな顔しないの」
え、どんな顔してたの、わたし。
「私と未来と成美さんはもう上がるね。麻琴はそういう風呂は匂い付くから、一回洗ってから出ておいで。髪も乾かさなきゃなんだし」
「う、うん。わかった」
苦み走った香りの女は、謙一に嫌がられそうだから、上がろ。
わたしは急いで洗い場へと向かった。2回滑って転びそうになったのは内緒だ。

              ※

結局、我慢できずにシューティングゲームとピンボールをやってしまった。
両方得意な方なんで、結構時間を費やせた。
そしたら、女性陣到着。
う、全員湯上りってのは、思春期男子には刺激が強い色気がある。
麻琴が走り寄ってきて、
「ねぇ、わたし苦み走った匂いしない?大丈夫?」
と、ちょっと意味不明な質問をされたが、いい匂いしかしないので、とりあえず
「大丈夫だよ」
と言っておいた。
というわけで、温泉付属の食堂で豪華ディナーという運びに。
メニューは一括同じものを幾美が決めて注文済みだという。多少は相談しろ、金額も含めて。
「山のふもとの幸とか、山盛り懐石とかじゃなければいいや、もう」
「なんだよ、それ」
「幸次と成美さんが潜む、頭のおかしい遊園地の食堂の話」
「おい、おれと成美が潜むって前置きは余計だ」
「うるさい、麻琴がいなきゃツッコミ疲れて息絶えてたわ、あそこは」
「他にも客いるんだから、馬鹿会話は控えろ謙一」
「僕?あ、僕か」
麻琴の生暖かい視線が痛い。
実際に運ばれてきた料理は、山菜、川魚等がメインのプチ豪華な松花堂弁当だった。
お値段も普段からすれば高めだが、まぁ、文句は言わないレベル。
「良かった、幾美にも常識が残ってて」
「あ?」
「べーつーにー」
今回は女子側も自腹なんで、無茶はしないわな。逆に野郎側のみの支払いだったら、何を頼まれていたか、考えるだに恐ろしい。
全員粗方食べ終わったところで、
「謙一、出せ」
「言い方」
僕は、町中の写真館で引き取ってきた嵩張るものを出した。
浴場のロッカーに入らないから、フロントで預かってもらったり、何気に苦労させられたもの。
「本合宿におけるサプラーイズ企画!さぁ、幾美」
「変な言い方すんな、やりづらい。えっとな、これは崇とムリョウさんへのプレゼント、なわけだが」
「「へ?」」
二人とも驚いてる。そりゃ、そうだよねそもそも、特にサプライズやるタイミングでもないし。
さて、バカでかい袋からバカでかいA1サイズ(841mm×594mm)の写真パネルを取り出した。
それは、初日のBBQで崇とムリョウさん聖火着火を行っているシーン。
「きさま、急にデカいカメラ持ちだしてると思ったら、これが目的か!」
「いかにも!」
崇と幾美の芝居がかったやり取りはともかく、ムリョウさん、固まってる。
「ほ、ほら、よかったね未来」
「き、記念になるね、未来さん」
「部屋に飾って…おく?未来ちゃん」
案の定、女子組もフォローしづらい。
っていうか、宝珠にも言わずにやったんか、幾美。
幸次は腹を抱えて、息も絶え絶えに笑ってる。
「2枚同じものを作ったので、心配なく」
「心配してねぇよ!困惑しかしてねぇよ!」
もう、うるさいんだから。
「ほら、食堂なんだよ、ここ。静かにしなよ」
あ、静かになった。うん、育ちだけはいいからな、みんな。その後に歪んだだけで。
お前が言うな的な皆の視線はともかく。
麻琴が僕の腕をつんつんしてきた。
「どした?」
「あのね、わたしは、謙一が作ってくれた写真パネルが一番うれしい」
そんなこと言われたら、抱きしめたくなるけど、ここでするわけにはいかないので、頭を撫でまくっておいた。
幾美がデカいカメラを持ち出したら、パネルにされる、という恐怖の心が皆に芽生えた夜。

つづく
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