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強化合宿編

第11話 夏だ!避暑地だ!生物部強化合宿の謎(一日目)

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麻琴からの誕生日プレゼントは、ホント、どこで探してきたのかという、フクラガエルが付いたペンダント。
カエル推ししたら、推し返されたというか、
シルバーのフクラガエルペンダントトップには小さなルビーが埋め込まれていた。今まで興味なくて知らなかったけど、誕生石らしい。
さすがに学校には着けて行けないけど、それ以外の時は着けていよう。
二人で母の作った料理をがっついていると、母がご帰宅。
母は麻琴の姿を見るなり、近づき、頭を撫で、
「幸せなら、いいわ。頑張んなさい」
「ふぁ、はい」
という謎のやり取りがあったが、ん~。
「麻琴、誕生日に指輪、贈りたいから、指のサイズ教えて」
「あんた、そういうのは、本人に言わないで、こっそりサイズ測って渡すものなのよ」
「え?そうなの」
「あ、あの、楽しみにしてるから、うん」
「そうフォローせざるえないわよね、ホント」
「なんなの?僕が悪いの」
「謙一、悪くないよ、うん、大丈夫」
「ホント、麻琴ちゃんはイイ子ね。おばさん嬉しいわ」
「…そんなこと…ないです」
「せっかくのタイミングだし、ピアス、開けたりしないの?」
「タイミングは、その、あの、でも、学校で禁止されてるんで」
麻琴、真っ赤になってうつむいちゃった。
そして、食事も終わり、麻琴も落ち着いた感じだったので、今日はゆっくり歩いて麻琴を送った。

                     ※

僕は今、クンコーズというコピーやら印刷やら自分でできる店に来ています。
完全に予定外。
その作業、恭と崇でやるはず、やるべきなのに、僕も一緒にいる謎。
「役割分担はきちんと決めたんだから、守ろうよ」
「だって、謙ちゃん、暇だって言うから」
「僕は崇の分の原稿も書いてるよね?」
そっぽ向く崇。
うん、これが殺意か。
作るべきものは、A5サイズの表紙込み24ページの本。
本文は横書きなので、綴じるのは左側。A4のコピー用紙に両面コピーする。本のサイズは、それを2つ折りにしたA5サイズ。
すなわち、1枚にコピー用紙に表裏合わせて4ページ分がプリントされる。
「で、折ってみたら、ページの順番がおかしかった、と」
「うん、最初が2ページ目でさ、そのあと3ページ、4ページと来て、最後が1ページ目に戻っちゃうんだよね。その繰り返し。不思議じゃね?」
その状態で最後までコピーして、2つ折りにまでしたらしい。
「150枚、つまり表裏で300枚のコピーを無駄にした、と」
「謙ちゃん、計算速いねぇ」
「恭ちゃん一人ならともかく、崇までついていながら、どういうこと?」
「…やったことないもんよ。判んねえべ」
なぜ、やや逆切れ?
「どういう風にコピーしたらいいのか、ちょっと考えよう。まずは、この失敗した紙に正しいページ順を書く」
サインペンで、でっかく、1,2,3,4と捲る順にページが進むように書き込む。
「そんで開いてみると、原稿の置き方の正解が判る、と」
左綴じの場合、4ページの右側に1ページを置いてコピー。その裏面は2ページの右側に3ページを置いてコピー。
「これが正解。あとは、8,5,6,7,12,9,10,11,16,13,14,15,20,17,18,19の順が正解ってわけだ」
「ふーん、よくわかんないけど、そうすりゃいいのね」
よくわかってほしい。
「…」
詫びの一言くらいよこせ。
「じゃあ、僕は帰るから。表紙はカラーコピーするんだし間違えないでよ」
「OKOKOK、俺ちゃんに任せて」
任せた結果、僕がここにいるわけだが。
「間違えたコピー分、多分、お金出ないよ」
「え!」
と驚いたのが崇なんで、可哀そうに恭ちゃんに出させられたな。
ナンマンダブ。

                     ※

さて、鳳凰学院高等部生物部強化合宿、出発の日である。

待ち合わせの駅前に、僕、麻琴、崇、ムリョウさんが揃った。
そこにデカいワンボックスカーを乗りつけてきたのが、運転手は成美さん、それで、幸次と幾美と宝珠が乗車済み。
去年までは電車移動&タクシー移動だったが、今回は成美さんが運転も任せろと言ってくれたので、大きめのワンボックスカーを借りてもらって、一斉移動と相成った。
レンタカー料金や高速代やガソリン代を割り勘にしたら、かなり安く上がった。ありがたいことだ。元々宿代かからないし。
高速へ乗る途中の激安スーパーで食料も買い出し。これも割り勘。
「BBQ♪BBQ♪その主役は…にっくっ!♪」
と奇妙な歌を歌いながら、カートに塊り肉を放り込む成美さん。
「野菜も食べなさい、野菜も」
突っ込まざるを得ない。
「やだぁ、謙一君ってば、お母さん?」
「いくら若くても肉ばっかりじゃ胸やけすんだって」
「我儘だなぁ、じゃあ、納豆でいい?」
「なんでだよ、大豆は畑のお肉だし」
「じゃあ、ポテサラ1Kgドーン」
「幸次、このハイテンション、止めろ」
「え?人前でスイッチオフは殴られる」
「そんなとこにしかスイッチないのかよ!」
僕は癒しを求めて麻琴の元へ。
「麻琴、そのカゴいっぱいのお菓子は何だい?」
「食料。不測の事態も考えて非常食も兼ねる食料」
しまった!こっちも変だ。
でもテンション上がるのは仕方ないよね。
幾美と崇は異様な本数のペットボトルをカゴに入れてるし、ムリョウさんと宝珠はレトルトカレーやインスタント麺を物色してる。
「カレーとかラーメンっているの?少々おかしいけど、シェフ、いるよ」
「一応さ、家を使わさせてもらうんだし、長持ちするものとか、せめてもの宿代替わり?」
さすが、宝珠はまともだ。
「麻琴が暴走してる分、私は抑えてあげるから」
「なんだ、そのバランスの取り方。麻琴が落ち着いたらどうなんの?」
「え?幾美が困るだけだから、多分」
「ならいいけど、ムリョウさん?妙に静かだけどバランス取ってる?」
「あ、あたし?」
「そこのお姉さんは期待と不安が混ぜこぜになって緊張してるだけ」
「望、あんたね」
そういや、駅で待ち合わせした時から静かだったわ、うん。
「ほら、もう会計するから、持ってきて」
と成美さんが割り込んできたので、とりあえず、ムリョウさんはそのままに。
会計を待ってる間に宝珠が駆け寄ってきて、僕に耳打ちした。
「ね?わかった?」
「そっちこそ、なんでわかる?」
宝珠はニコリと美少女の微笑みをして黙って行ってしまった。
うん、ムリョウさんおかしいのをこっちのせいにされても…いや、まぁ、わからんでも。
「どしたの?難しい顔して」
と、麻琴が両手にお菓子をいっぱい詰め込んだ大きな袋を持ってやってきた。
とりあえず、袋を没収。
「いや、まぁ、ムリョウさんが大人しいのがね」
「確かにいつもと感じ違うけど」
宝珠に言われたことを麻琴に僕から言うべきか…
「多分、和尚の功徳が足らないんだと思うんだ」
「…何か知ってるの?」
先延ばしにすると、こっちが気まずくなりそうだ。
「うん、麻琴、ちょっとこっち来て」
と、店の隅に連れて行き、宝珠に言われたことを耳打ち。
麻琴、途端に真っ赤に。
「え?え?え?あぁ、望さんだもんね。でも未来さんも気づくんだ…うん、そうだよね」
「だよね。今は気にしても仕方ないから、車に行こう」
「うん」

                     ※

巨大なアイスボックスに購入した肉類を詰め込み、他の食料品も積み込んで出発。
「車、重っ」
と運転手がぼやくが、原因が、その運転手その人なので、何も言わない。

                     ※

特撮ソングがガンガンに流れる車中だけど、謙一ってば、わたしの隣でコクリコクリと舟を漕いでいる。これから合宿やコミエとイベント連続なんで、夏休みの課題を一気に仕上げてた、とか言ってたから、もしかすると徹夜してるかもしれない。
わたしは後半頑張る派なので、ろくに手もつけずに、今ここにいる。
わたしの手を握っている謙一の手が熱い。眠いからなんだろうけど、子供みたい。弟も小さい頃は眠くなると、熱くなった体をわたしにくっつけてきて、それにつられて一緒に寝ちゃってた記憶がある。
さっきの話にしても「他所は他所、ウチはウチ」の最たるものなんだよね。
先月の謙一の誕生日の日、謙一の部屋で、わたしは謙一に大事なものをあげた。
出会って半年も経たずにそうなっちゃったのは、早過ぎなのかも知れないけど、わたしは謙一のこと、ホントにホントに大好きだし、謙一の気持ちも痛いほど判っていたから、そうなった。後悔は全くない。とても幸せ。次は…とか言われると、ちょっと躊躇したくなるかもだけど。痛かったし。
そういう事があったことを、未来さんにも望さんにも話してないけど、雰囲気でわかられたらしい。
で、競争じゃないのはわかっているけど、焦る気持ちは抑えられないっていう未来さんの気持ち、痛いほど判る。
要は和尚が悪い。でも、そのことで、わたしが和尚を責めるのは、おかしな話だし。
謙一の言う通り、気にしても仕方がないんだよね。
でも、未来さんが微妙に元気がないのは、やっぱりイヤだな。
和尚の馬鹿。後ろの席にいるし。

                     ※

眠ってるケンチを見つめてる麻琴の様子を、あたしは可愛らしいなと思って見てる。
崇は隣で車中に流れる特撮ソングに合わせて歌っていらっしゃる。何というお気楽極楽野郎なんだろう。なんで、そんなお気楽極楽野郎に惚れちゃったんだろう。
麻琴はすごいよね、まさに全身全霊を捧げて、ケンチへの想いを体現してる。
あたしは、そこまで出来ないんだよなぁ。成美さんみたいなフランクっぽさにも行けないし。
とりあえず、現地に着いたら…普段とは違う解放感で、少し大胆に迫ってみようかな。悔しいけど。
さすがに最後までは無理だけど、この前の事故的なものから、ちゃんとしたものには進みたい。

                     ※

ケンチと麻琴の様子を見てると、なるほど、運命的な出会いと繋がりってのは実際にあるんだなと実感できる。
和尚と未来を見てると、ヘタレ同士のすれ違いって、傍から見てると面白いけど、現場に巻き込まれてると、一発殴りたくもなる。
そして、私と幾美はと言えば、例の掟をお婆様に確認したところ(母にはさすがに聞けない)、要は最後まで至らなければセーフだったので、唇同士の接触に始まり、ちょっと冒険したりしてる。私にも、そうした欲望があるんだなって自分でも驚くくらい。少々幾美が引き気味なのが気に食わないけど。

                     ※

「おい、野郎ども!もうじきサービシエリアだ!飯食うぞ!」
と、ドライバーがおかしな叫びで目を覚ました僕は、助手席の幸次に理由を訊いた。
「君の彼女はアレですか?がっ」
言った途端、成美さんの左手が伸びてきて、こめかみにアイアンクロー。
「運転に…集中…しろ」
「アレって何かな?何かな?」
「幸次、止めろ、これ」
「え?こんなところで?」
まだスイッチネタ引きずってんのか!
本気で成美さんの手を引きはがそうとしてるんだけど、マジに取れない。
「ごめんなさい。素敵なお姉さん」
すっと手が離れた。
そのまま、麻琴の胸に飛び込む僕。
「こわいよこわいよ」
「取扱注意しようね、懲りようね」
と麻琴は頭を撫でてくれた。
そして車はサービスエリアへ到着した。

                     ※

「さて、部員諸君」
何か車から降りた途端、それまで静かだった生物部の部長さんが仕切り始めた。
「ここでの休憩時間は1時間、それから、とくに問題なければ、ここから強化合宿会場までは一気に行く予定だ」
「りょーかーい」
と、建物に向かおうとすると
「まだ話は終わってない。聞け」
「えー?」
「時間は大事に」
幸次と崇が不満の声を上げる。
「やかましい。今回は鉄道旅ではないので、恒例行事はここでやる」
去年までは降りた駅でやっていた、あの行事か。
「生物分布調査、やるぞ」
要は見つけた野鳥や昆虫等をメモするだけなんだが、見つけた数が多い部員は、特に何もないが、なんとなく気分がいいという特典付き。
「ドッグランとかの犬とかペットを数に入れるなよ」
「差別だ差別だ」
という幸次の主張も
「区別だ!」
の一言で却下される。
「それってボクたちもやるのかな?」
「女子は自由参加だ。はい、集合は11時。ゲームスタート」
不穏なデスゲームが始まりそうだが、大丈夫だろう。
「謙一、行こ。ほら、名物の焼き豚饅頭入り味噌ラーメンだって」
くどそうにもほどがある。
しかし、僕には欠食ビーストテイマーの世話をしなくてならない使命がある。
「夕飯はBBQだから、今は軽めにしとこうね」
「難しい天秤」
「麻琴、合宿はこれから始まるんだ。抑えよう、な」
「わかった、謙一の想い、受け取った」
「なら良し。行こう」

                     ※

サービスエリアの食で迷うのは、表の屋台か、中のフードコートか、別棟のレストランか、と入口からして選択肢が分かれることだ。
ただ、食後は生物分布調査という意味なき哀しい競争が待っているので、のんびりレストランというわけには行くまい。
屋台でお腹を満たすには、複数買いが基本だし、出発からあまり財布を軽くしたくもないので、フードコートだ。
雰囲気的に麻琴は、先ほどのメニューに未練があるっぽかったので、麻琴に味噌ラーメン、自分は山菜天ぷらそばにして、半分こ。
どちらも美味かったので良し。
で、落ち着いてあたりを見回しても、生物部の面々がいない。
「あいつらどこ行ったんだろ?」
「逆にチャンスじゃないの?早めにスタートできるよ」
「そうだな、うん。麻琴もやる?」
「わざわざ石をひっくり返して、気持ち悪い虫を数えたりしないならいいよ」
「そんなことしないから」
「ドSサイコパス謙エッチならやるかなって」
「悪口止めれ」
「…サイコパス以外はそうだったじゃん」
「はーいはーいはい、確かにそういうときもあったね。これからもあるかもね」
と、素早く抱き寄せ、頭頂部にキス。
「ほら、もー」
牛になったが、これ以上の危険発言は止められたので良し。

                     ※

なんだか、彼氏に置いて行かれたのが私、松本望。私が食べたいなと思っていたメニュー、ご当地焼きそばテンコ盛を的確に選んで、買って渡してくれるまではいいんだけど、彼氏であるはずの幾美は、フランクフルトと牛ステーキ串を片手に、走り去っていきました。
「部長として負けられない。それが強化合宿」
という言葉を残して。
根が小学生なのかな?こんな扱いをされるのも、逆に新鮮だし、幾美が楽しそうにしてるのを見るのも嫌いじゃないからいいんだけど。
なんて、物思いにふけってると
「置いて行かれた?」
と、成美さんが話しかけてきた。
「置き去りにされてあげたんです」
「自由度の高い連中と付き合うの、大変?」
「新鮮ですよ。とても」
「もう少し、ボクに対する警戒心を解いていただけないものかなぁ」
「ごめんなさい。そういう家に育ったんで」
「そんなお姫様が、よくあんな連中と打ち解けたねぇ」
「自分でも不思議です」
「姫って呼んでいい?」
「え?ダメですけど」
「ケチ」
「姫は麻琴なんで」
「小動物のお姫様か。マニアックだねぇ」
「あの娘の姫っぷり、教えてあげます」
私は携帯に入れてある、栗原麻琴主演の劇「夕鶴」の動画を成美さんに見せた。

                     ※

「それじゃ、あたしが指さすから、その名前を言って。メモるから」
「小学生の引率か?オレ」
「デートで好奇心の強い彼女の質問に答えまくる彼氏、でしょ?」
あの3人相手じゃ、最初から負け戦なんだが、未来さんってば、妙にノリノリ。
「ほいっ」
「スズメ」
「ほいっ」
「ハシブトガラス」
「へいっ」
「カワラバト」
「いけるじゃない」
「いやもうちょっとさ、あれだ」
「マニアックなの、だね?」
「未来さんにとってのマニアックの基準が分からんのだが」
「ん~、これ!」
「…ツマグロヨコバイ?急に対象物を小さな虫にするな!」
「詳しいじゃん」
「じゃあ、あれは?」
「わからん」
「喝っ!」
と後頭部を引っ叩かれた。
「なに?罰ありなの?」
「罰ではありません、喝を入れたのです」
と、威張るかのようなポーズで宣言。テンション高いなぁ。真っ先に強化されてるなぁ。でも、妙に可愛らしくもある。

                     ※

おれの脇を走り抜けていった、片手に木串を2本持った男がいた。
不審者として捕まったら、全力で他人面しよう。
成美は虫を数えるような儀式は嫌だと逃げて行った。別に儀式じゃないんだが。よく着いて来てくれたもんだ。そんなことばっかりする合宿だというのに。
そもそも言ってないけど。
とにかく負けるのはイヤなので、粛々と発見と解明を繰り返すことにする。

                     ※

「さぁ、ビーストテイマーの本領を発揮しちゃうからね」
と、ドッグランの方に向かおうとする麻琴を引き留め
「ほら、クソ部長がドッグラン禁止令出してたでしょ」
「えー?見たいのに」
速攻で目的が変わってるんだが。
「犬っころや猫っころのペット抜きで数える哀しい戦いに身を投じたことを自覚してください」
「哀しいね」
「なので、基本、野鳥か虫しか数えるものがありません。よくて爬虫類です」
「テンション下がるよ」
「じゃあ、待ってる?ほら、あそこに宝珠と成美さんいるし」
「なんか、相性いまいちな二人だし、わたし、行ってくる」
「ヤバそうなら逃げるんだよ。呪われたり折られたりするから」
「知ってる」
知ってるという答えも問題ある気がするが、根っこは強い愛しのビーストテイマーなら、二人をもテイムするかもしれない。
さて、石でもひっくり返すか。

                     ※

「二人して置いてかれたの?」
と何やらスマホを見入っている望さんと成美さんに声をかけた。
「あ、つう」
ん?何か不穏な呼び方を成美さんにされた気がする。
「運ずと惣どに与ひょうは騙されてるの。もう織物を織っちゃだめよ」
疑惑が確信へと変わった瞬間だった。
「なんで成美さんに夕鶴のビデオ見せてるの?」
「麻琴の可愛さを共有したいから」
「なるほど、姫ってことがよく分かったよ」
「望さん、ふざけんな。成美さん、わかんなくていい」
「ケンチとバカップルになってから、さらに戦闘力上がってるよね、麻琴」
「愛は人を強くする、うん。わかるわかる」
どうしよう、口撃も攻撃も効かない二人に、どう立ち向かえば……そうだ!あ、あの時の技を!
「て、停止スイッチ!」
わたしは右手で望さんの右胸を、左手で成美さんの左胸を…揉んだ。
そして、ダッシュで逃げた。

                     ※

物凄い勢いで走る真理愛さんが、俺の目の前を通り過ぎ、そのあとを望と成美さんが追っていった。
何やってんだか。

                     ※

凄い勢いで走る真理愛さんを、成美と宝珠さんが追っていくのが見えた。
どうか人死にが出ませんように。

                     ※

「じゃあ、あれは?」
「真理愛さん、宝珠さん、成美さん」
「おぉ」
「カウント対象じゃないものを選択するな」
「律儀に答えるんだもん」

                     ※

「にゃあああああ」
ドン!
妙な悲鳴と、かなりの衝撃が僕を襲った。
麻琴が飛びついてきたようだ。
「ど、どうした?」
「停止できなかったの。身も心も砕かれるの」
なんのこっちゃと麻琴の走ってきた方を見ると、宝珠と成美さんが立っていた。
殺気というんだろうか。剣呑な空気を身にまとって。
「麻琴をよこしなさいケンチ」
「謙一君、そのいたずら小動物を懲らしめるので渡しなさい」
「なにしたの?」
と優しく麻琴に問いかけると
「停止スイッチ押した」
停止……あぁ、あれか、何やってんだろう、愛しのビーストテイマーは。うらやま…違う違う。
「ごめんなさいした方がよくない?」
「停止せざるを得なかった。悪いのは望さん」
宝珠を見ると、さっと顔を背けた。
うん、きっかけ発見。
でも、黒魔法使いとバーサーカーをどうやって止めればいいんだ。停止スイッチ以外で。
するとそこに
「望」
「成美」
「「そろそろ時間だから、お手洗い済ませて車に乗って」」
「「はーい」」
結局、彼氏の言うことは聞くらしい。
まだ宿泊地に向かっている途中なのに、よくもまぁ、一騒動起こせるものだ。
僕たちらしいっちゃらしいか。
ちなみに、車中では麻琴の停止スイッチが成美さんと宝珠によって、前後から操作された。運転手の成美さんには、やめてほしかったが、女子同士の戯れへの介入は色々危険なので黙っていた。
当の麻琴は、30分ほど僕に抱き着いたままフリーズしていたので、停止スイッチは実在するんだと思う。

                     ※

それから1時間ほどで、目的地である幾美の別荘っていうか黒沢家の別荘に到着。
避暑地であり、周囲を高い木々に囲まれた静かな場所である。
「さぁ、荷物を降ろせ!先週に親が来て、母屋も離れも空気通してるから、さほどひどくはないと思うが、気になるなら掃除とかしてくれ。幸次、ほいっ」
「よっと、投げるな鍵を」
「幸次、女子を離れに」
「はいはいはいはい」
「野郎どもは去年と同じだ。荷物片づけたら、今夜のトラップの仕込みからな」
これぞ、生物部の部長らしいテキパキとした姿だと思う。
普段と違うので女子は困惑気味だ。
「部長のここだけのテンションはスルーして。さぁ、女子寮へ行きますよ」
母屋は2LDKの作りだが、幾美のご両親の寝室は使用侵入不可につき、実質1LDK。
6畳の和室が男の寝床。去年は恭ちゃんもいたから5人で使って、異様に窮屈だったが、今回は4人なので多少ましか。
リビングとダイニングキッチン併せて14畳くらいあるので、皆で集まってあれやこれやには充分なのである。
さて女子寮こと離れは1DKで、和室8畳、キッチン4畳半といったところ。もちろん風呂トイレはあるので、4人の寝泊まりには十分。

                     ※

「さあ、キッチン責任者たるボクが来たよ!」
と、早々に成美さん登場。
「食料、冷蔵庫に入れちゃうね」
こういうところは頼りになるお姉さんなんだけどなぁ。
「女子寮の方は大丈夫?」
「3人娘に任せてきたから、大丈夫なはず!」
と僕の質問にサムズアップも交えて返してきたので、逆に不安。
「そういえば、さっきのサービスエリアで麻琴ちゃんの夕鶴見たんだけどね…」
「ゆうづる?」
「謙一!樹液!」
ほら、部長の雑な指示。愛しの宝珠がいねえと変わりやがる。
「はいはい、僕は樹液じゃありませんよ。作りゃいんでしょ、作りゃ」
「ま、その話は後で話すね」
と成美さん、食料整理に戻る。
キッチンの下をごそごそ探すと、マジックで大きく『樹液』と書かれた古びた鍋発見。
要は虫を木におびき寄せるための、人工の樹液を作るわけだ。
生物部のレシピは、バナナ、焼酎、お酢、黒砂糖、水を煮詰めるという簡単なもの。
「成美さん、バナナと黒砂糖もらうね」
と、今朝買ったものの中から、目当てのブツを取り出す。
「お?運転手のボクを労うデザートでもふるまってくれるの?」
「あ~味見くらいならしてもいいけど」
「なに、けち臭いなぁ」
まずはバナナを手で握りつぶす。
そこに黒砂糖をぶち込む。
それを素手でねちゃねちゃと鍋の中で混ぜながら、成美さんに微笑む。
「な、なにを?」
そして水、お酢、焼酎を目分量で適当に鍋にぶち込み、弱火にかける。
換気扇を最強にし、木べらで煮詰まるまでかき混ぜ続ける。
「謙一君は何を作っているのかな?」
成美さんがおびえながら聞いてくるので
「ん~、虫の餌」
「何食わせる気だぁ」
と後ろから羽交い絞めに。
うん、そういうことすると、背中に停止スイッチが思いっきり当たるからやめてほしい。そもそも痛いし。
「別に人間用作るなんて言ってないでしょ!勝手に期待してるだけで」
「それもそうか」
と解放された。
「もう、焦げ付いたらやり直しになるんだから」
で、上手く煮詰まったら、さらに焼酎とお酢をぶち込み、木に塗りやすい濃度に調整。
「謙一、臭いから、ラップでもしてベランダに置いておいて」
「はいはい」
作れだの臭いだの、横暴な部長だ。
「崇、女子寮に入り浸って帰ってこない幸次を呼んできて、ベランダに白布張って」
「はいよ」
崇め、くつろいでリビングでマンガ読んでやがった。
「ボクも食料格納終わったから、あっちに行くね」
と、成美さんも出て行った。
白い布を張って、夜にそれにライトを当てると、近隣の虫がわんさと寄ってくるシステムだ。
「謙一、あいつらの布張り終わったら、樹液塗りに行くぞ」
「りょーかい」
で、さっきから指示だけ飛ばしてる幾美は何をしてるのかというと、律儀に風呂を洗ってくれていた。
「幾美ぃ、幸次も風呂洗ってるからこっちでやっといてだってさ」
「しょうがねぇ、謙一、崇とやっといて」
はいはい、僕に休まるときが来ない気がする。
癒しの愛しの麻琴もいないし。
「幾美~、布どこ~」
「去年仕舞ったとこにそのままだ」
???えーと……あ、リビングの戸棚の中か。
で、取り出すと、何かの汁やら蛾の鱗粉やらの付いた汚い布が。一緒にガムテープも出てきた。
洗濯してもどうせ汚れるし、まだ白っぽいし、いいか。
「崇ぃ、物干し竿架けて」
「あいよ」
で、布を下に着くくらいの長さでかけて、竿にかかっているところが取れないように、ガムテで留めて、張りを出すために、布の下部をベランダの柵にガムテで留める。
ちなみにこういう雑なことをすると、柵にガムテの糊が残ったりするからよくない。
重りとかないからしょうがない。うん、しょうがない。
ホントはさらに布にライトを当てるんだけど、周辺の建物と離れていて、夜は基本闇に包まれるので、リビングの明かりをつけて、カーテン閉めなければ、結構な光となって虫寄せ可能。
「さて、麻琴成分を補充してくるか」
「やるなよ」
「ここでやるか!それよりお前はもっと戒律破れ」
「うっせえ」

                     ※

外に出ると、麻琴が走ってきた。
「どした?」
「大きい蜘蛛が出たの!」
「あぁ、アシダカグモかな」
「幸次さんは、ほっとけって風呂掃除に熱中してるし、成美さんは布団被って動かないし、望さんはクモ手づかみするわ、それ持って、わたしと未来さん追い掛け回すわ、もういや」
「着いてすぐに地獄を呼ぶ女か、あれは」
害はなくて、ゴキとか食べてくれる益虫なんだけど、手のひらサイズだもんで、ビビる存在。手にして人を追いかけまわしていいサイズじゃない。
「こっちにいていい?」
「そりゃいいけど、ムリョウさんは?」
「生贄。気になるなら和尚が助ければいい」
「順調に俺色に染まっていく麻琴が好き」
「え?えへへ」
麻琴を促し室内へ。
「やっぱ、母屋の方が広いんだね」
とキョロキョロする麻琴。
「速攻連れ込むなよ、謙一」
「そういうわけじゃない。あ、そうだ、ムリョウさんがかなりピンチらしいから、男と法力見せるためにも、女子寮にもう一度行くことをお勧めする」
「なんだ、そりゃ」
「行かないと、嫌われるよ」
という麻琴のセリフに、走り出ていく崇。
「落ち着かないなぁ」
「普段からすると、解放感段違いだもん」
「それもそうか。何か飲む?」
「朝に箱買いしたやつ」
「あぁ、ビックリフルーツティーだっけ。持ってくる」
玄関脇に放置したというか、涼しいから置いてあるダンボール箱から、ペットボトルを取り出す。
なんなんだろう、ビックリって。麻琴はたまに変なメニューを好むなぁ。
と、自分用にはサイダーを。
「コップいる?」
「いらないよ、洗い物増やしたくないし」
「ワイルドでよろしい」
麻琴にビックリフルーツティーを渡す。
「乾杯しよ」
「はいはい。無事到着に」
「「かんぱーい」」
ペットボトルだから音はしないけど。
「謙一」
「ん?」
「これ不味い。交換して」
「…箱買いしたよね?」
「望さんが勧めるから」
「騒ぎの現況に宝珠がいる」
「何、ふたりでイチャついてやがる」
「お、幾美、乙」
風呂掃除完了らしい。
「で、望がどうした」
「現在はアシダカグモを持って、女子寮で暴れてるはずだ」
「なんだそりゃ?」
「うん、こっちが聞きたいくらい」
と言いつつ、こっそり僕のサイダーと自分のビックリフルーツティーを取り替えようとする麻琴の作戦を、僕は見逃さない。
「止めたら?成美さんが逆切れして、管理責任者のお前を絞めないうちに」
と言いつつ、再度ドリンク交換。
「謙一ずるい!」
「で、俺が向こうに行ったら、お前ら二人っきりで何するつもりだ」
「お前の考えてることまではしない」
「までは、ってなんだ、までは、って」
「謙一は、私のを飲むの!」
「何いやらしいこと言ってんだ、真理愛さん」
「いやらしいことなんか言ってないもん」
もはやカオス。
「望さんに騙されたの!部長責任!」
「知らん!」
どうしたらよいのだろう。
「「謙一」」
「部長に責任取らせて!」
「この小動物を止めろ!」
「部長責任で麻琴の停止スイッチを?」
「「そんなこと言ってない!」」
到着して、ひとまずの準備は終わったんだから、のんびり休憩しようよ。なんで朝からずーっと騒ぎ起こしてんだよ、君たちは。

                     ※

「未来、助けに来たぜ!」
と離れのドアをバタンと開けたまでは良かったが
「和尚、うるさい!」
と、宝珠さんがアシダカグモをオレの顔に投げつけてきた。
そこでオレは…思わず叫び声を上げて外に逃げ出した。
頭にしがみついてきたアシダカグモを払い落すことは忘れずに。

                     ※

それから間もなく、母屋に全員集合し、仁王立ちする幾美の前に、残りの面々は正座させられた。
「おれは女子のために風呂を洗っていただけだぞ」
「ボクは純粋に被害者だと思う」
「あたしも純粋に被害者」
「僕も被害者だし、積極的に騒ぎを起こした宝珠を止めなかった幾美も悪いと思います」
「じゃあ、望。なんで騒いだか説明して」
あ、幾美がうまく逃げようとしている。
「成美さんも未来も麻琴も、あんまりクモに騒ぐから、私の心の中で何かが目を覚ましました」
ドSというより幼児なんじゃないか、この人。
「わかった」
「「「「「「わかったんかい!」」」」」」
宝珠以外の全員からツッコミを受けるが、揺るがない男、それが幾美。
「ここは山の中だし、色々と虫の類が出るのは仕方がない環境だし、我々生物部は、そもそも、それを目的にこの強化合宿を実行している。そのことを忘れないように」
「ねぇ、謙一、なんでわたしたちが悪い方向になってるの?」
「ん?自分の彼女を悪者にしたくないという依怙贔屓だよ」
「じゃあ、謙一もわたしのこと依怙贔屓して」
それは当然そうするつもりではあるのだが、現状、幾美がアレなもんで、非常に旗色が悪い。宝珠との直接対決は、精神を砕かれるに決まってるので避けたい所存。
なので、ここは麻琴には申し訳ないが
「幾美!注意の方向が間違ってる!宝珠!暴走したことを皆に詫びなさい!」
と、のたまったら、皆フリーズした。すかさず
「なぁ、麻琴。麻琴からも宝珠に落ち着くように言ってくれ」
「ふぇ?」
そうだよな、そうなるよな。でもここで宝珠に勝てるカードは、愛する麻琴しかないんだ。
僕は混乱する麻琴を背後から抱きしめ、耳元に囁いた。
「夕鶴ってなに?」
麻琴の顔が瞬時に真っ赤に染まって、僕を見て、宝珠を見た。その途端、
「私、今日の行いを反省しようかなって、今思い始めたところです」
麻琴の視線が宝珠に効いているらしい。
成美さんに麻琴のことを何か吹き込むのは、宝珠しかいないので、カマかけて当たった。
ごめんね、麻琴。コマンド「威圧する」を使わせて。
なにやら、幾美から、その手は無いだろう的な視線が僕に飛んできているが、無視。
やることやらないと「合宿」自体の意味がなくなるので、
「はい、男性陣っていうか、本来の生物部ども。手分けして樹液塗りに行くぞ」
と、僕はコマンド「自分勝手」を使って、皆を促す。
ベランダに置いた樹液鍋を持ってきつつ
「部長、樹液塗る刷毛と小分けする入れ物プリーズ」
「…わかったよ、もう」
ため息つきつつも応ずる幾美。
「女性陣は今度こそ一息ついて、母屋でも離れでも、どっちにいてもいいから」
と、真面目に指示も出す。

                     ※

男子4人、外に出て広葉樹の多い、別荘のはす向かいの林へ。
「謙一、無茶するよなぁ。あとで女性陣に嫌われないといいけど」
と、幸次は他人事のように言う。
「あのままグダグダしてる方が嫌だもの」
「頼もしいのか、身勝手なのか」
などと突っ込んでくる崇を睨みつつ
「僕は身勝手なの。それでいいの」
「あははは、なんだ、その開き直りは」
と幾美が笑い始めた。
つられて皆も笑った。
エゴを通して、今こうしてここに皆がいるのだから、僕はもう少しエゴを通す。
絆が解けないように。

                     ※

一方、残った女性陣は
「望、あんた、成美さんにまで夕鶴見せたの?」
「うん、まぁ、あの時、暇だったし」
「暇を理由に拡散禁止!」
「わかった、本当にごめん、麻琴」
土下座する望。
「まったく、もう、いいよ、今後やめてくれれば。なんかやたらと望さんに謝罪させてる、こっちも困るよ」
「ボクは不思議なんだけどさ、あんなに可愛くて素敵なのに、麻琴ちゃんはどうして嫌なの?恥ずかしい?」
「それは…中等部の演劇がいつの間にか高等部で拡散されて、姫呼ばわりまでされてたら、嫌以前に怖いでしょ?」
「ふぅ~ん、拡散ね」
成美の視線に目をそらす未来、顔を上げない望。
「とりあえずさ、今日は朝からみんなテンションおかしいじゃない?ボクも含めてだけどさ。彼氏との旅行だもの、そりゃ浮かれちゃうよね?ただ、その結果、彼氏どもを困らせちゃうの、本分じゃないでしょ?」
うなずく3人娘。
「男どもをね、ボクたちがきちんと操縦してあげないといけないんだから、一旦落ち着こうね。いい?」
強くうなずく3人娘。
「それも踏まえて、ボクたちの今回の第一目標は、未来ちゃんと崇くんの仲を進展させること、だよ」
「な、なにも、だ、第一、じゃなくても、さ」
赤面してしどろもどろな未来。
成美、未来の肩をガシッと掴み
「いい?年上とは言え、結局は経験がないんだから、誘導とか上手くできないでしょ?なんとなく尻に敷いては、いるようだけど」
「ひゃ、ひゃい」
「しかも、一番下に先を越されて焦ってる。だから、あんまり絡まないんでしょ、麻琴ちゃんと」
「私の件をご存じな件…」
「見ればわかる!あんだけ親密度上げていて、何もなかったなら、逆に怖いよ」
「さ、左様ですか」
赤面して固まる麻琴。
「あの、ごめんね麻琴。あたし、なんか、あの…」
「み、未来さんは別に悪くないよ。わたしが、あの」
「はいはい、それも一旦なしにしないと。ほれ、停止!」
乱暴に未来の右胸を揉む成美。
「ひゃああああ」
「よし、再起動だ!」
乱暴に未来の左胸を揉む成美。
「あ、あん」
と、未来は思いのほか色っぽい声を自分が出したことに赤面しつつ
「な、成美ぃぃぃ」
「よしよし、そんな感じで行こう。うん、よい揉み心地だ。崇くんは幸せ者だ」
「あのねぇぇ」
「あ、麻琴ちゃんも良かったよ」
「良かったよじゃない!」
「あとは望ちゃんか」
「あとはじゃないでしょ!」

                     ※

「あとは結構な確率で混ざってくるスズメバチをどうするか、だな」
空になった樹液鍋を刷毛でカンカン叩きながら、僕は幾美に言った。
「カンカンうるさいんだよ」
「熊除けだ」
「行きは何もせずに来て、帰りだけやってどうするんだよ」
「樹液を寄こせって来るかもしれないだろ?木に塗った分、全部舐めつくして。それで、僕が今話題にしているのは、樹液に集まるスズメバチの件だ」
「この野郎…スズメバチな。まずは、去るのを待つ。次は積極的に蜂用殺虫剤で迎撃をする。最強パターンとしては無視して目当ての昆虫のみを捕る。どうする?」
「去るのを待つのは時間の無駄と、目当ても去りかねない。攻撃は目当ても死ぬ。よって、無視して突撃しかないわけで」
と、幸次が最悪案を採択したので、やってもらおう。
昨年までは、スズメバチが来たらその場所は諦めていたのに、何が彼を変えてしまったんだろう?
きっと成美さんにスズメバチ相手の格闘術とか習ったんだろう。うん。
「人間の身でありながら、昆虫界最強を目指す、その心意気や、よし!」
「謙一が何考えてるかわかるから言うが、おれはやらんぞ」
「むーせーきーにーんー」
「やかましい!」
「こんだけ下らんこと言ってれば、熊も呆れて寄ってこないだろ」
と、崇が知ったようなことを言うので
「レプタイルズプラネットで、熊肉を一番多く食べた男は狙われるだろ。なぁ、幾美、幸次」
「「違いない」」
「お前らが食わせたんだろうが!」
「違うよ。女子3人だよ。僕たちはちゃんと食べたよ」
「…ああ言えばこう言う…」
と、崇が静かになった頃、家に辿り着いたのだった。

                     ※

「今日の下準備終わったから帰還したぞー」
とイの一番に母屋に入った幸次が見たのは、成美さんに胸を揉まれる宝珠であった。
「あ」
続いて入ってきた残りの面々も、その蛮行を見ることに。
「成美」
と静かにつぶやく幸次の声に
「ひゃいっ」
と宝珠から手を離す成美さん。
「望……」
ため息をつく幾美に
「無理矢理だから、ね?無理矢理」
と、合意していた言い訳にしか聞こえないことを言い出す宝珠。
「未来さん、止めようよ」
とうなだれる崇。
「成美さんを止められるわけないじゃん。あたしもやられたし」
と、前科マシマシな話をするムリョウさん。
「麻琴は平気?」
「今回は大丈夫」
「女子なりの一息の付き方が停止スイッチなら、僕たちに止める権利はないけど」
「そんなわけないでしょ。謙一、わかってるよね」
「うん、そこの野獣の暴走ってことは判るんだけどさ。流れが判らんからさ」
「だれが野獣!」
「成美!」
「はい。大人しくします」
幸次の方がよっぽどビーストテイマーだった件。
「あのさ、とりあえずの作業終わったからさ、カップルごとに分かれて落ち着こうよ」
「そうだな。そうしよう。で、家主兼部長として言っておく」
世にも奇妙な兼務だな。
「敷地近辺含めて、ぶらつくのはいいけど、最後までするな。以上」
「なんて注意事項だよ」
確かにそんな合宿じゃないしな。
「放っておくと危ないんだよ、お前ら。歯止め効かずに」
「まるで見たかのような表現すんな」
「見たの!」
「はーい、麻琴ぉ。見られてないし、ヤバい反応しなーい」
「え?あ!」
ソファのクッションで顔を隠す麻琴の可愛さはともかく、きちんと青春を満喫しないと落ち着かないということがわっかた。
「では、母屋は俺が使うので、あとは離れか外散歩かを争え」
雑な強権を発動する幾美に逆らうわけにもいかず、いったん外に出る、残り3組。
生々しいよね、なんか。
「では男同士で勝敗を決しようじゃないか」
「わかったよ、幸次。ここはあのジャンケンだ」
「おお」
「ちょっと待て、あのジャンケンってなんだ?」
「行くぞ、最初はナンマイダ!」
掛け声に合わせて手を合わせる僕と幸次。当然、崇は付いてこれない。
「待てって言ってんだろ!なんだ、そのナンマイダって」
「「崇ジャンケン」」
「断りもなく作るな!」
「じゃあ、お断りを。作っていい?」
「だ・め・だ!」
「あっはっは、我儘だなぁ…行くぞ、最初はナンマイダ」
「すんなって言ってるだろうが!」
「ほら、3人でコントやらないの。未来ちゃんが焦れてる」
「焦れてなんかいません!」
「ほら、叱られるから真面目にやろう」
潮時だ。ムリョウさんをイジメたいわけじゃないからね。
「ほぼ先陣を切るくせに…」
なんか崇がブツブツ言ってるが、無視。
「ほら、崇、最初はグーでやろう。知ってる?」
「最後の一言が余計なんだよ、だから」
「ほら、崇くんも、すぐ突っ込まない。…早くしなさい小僧ども!」
どうやら、これ以上のコントは骨と引き換えになるっぽい。
「はい、最初はグー。ジャンケンホイ!」
崇の勝ち。多分、ムリョウさんの執念パワー。離れ使用権ゲット。
「じゃ、おれと謙一はお散歩組で」
「じゃあ、僕は出て左」
「はいよ、うちらは右行くわ」
ちゃっちゃと別れて行動し始める3組。こういう時に限って素早い。
「麻琴、行こう」
「うん、左行くと何かあるの?」
「左右どっち行っても、何もないよ。車なりで町まで行かないと、ホント何もない。森林浴するだけ」
「そっか。でもこういうのも新鮮だよね」
「そうそう、地元じゃできないことしよう」
「うん」
僕は麻琴の手を引いて歩き始めた。

                     ※

あたしは崇の手を引いて、離れに中に入った。
さっきまでドタバタしていたせいか、微妙に埃っぽい。
「ご、ごめんね、なんか、あたしが、あの」
「座ろうよ、未来さん」
と、崇がソファを指さすので、大人しく座る。
隣に崇が腰を下ろす。
動悸が激しい。
それが余計に自分が期待している感を感じて恥ずかしいやら、情けないやら。
うつむいていると、崇が話し始めた。
「今回の合宿、来てくれるってなったとき、凄く嬉しかった。オレ、初めて出来た彼女とさ、旅行来れるなんて夢みたいでさ。そんで、さ。このところ、あまり話せてないままだったし、不安もあってさ。それで、あの、オレ、嫌われてないよね?振られちゃわないよね?」
「そ、それはない。好きだよ、崇のこと。最近、特に強く思う。お互いちょっと気恥ずかしくて、会話の量が減っちゃったら、自覚した。あたし惚れちゃったんだって。それで、麻琴や望の様子見てたら、何か出遅れてる?そんな気もしちゃって、その」
そこで、あたしは崇に抱きしめられた。
「オレも好きだ。大好きだ。未来さんと出会えてよかったと思える。それで、その、この前の公園でさ、妙な感じになって終わっちゃったのが余計引っかかってさ」
「うん」
「今から、改めてやり直したい」
崇が両手であたしの顔を包むように持った。
「もちろん。何度でも」
目を瞑ったあたしの唇に伝わる感触が、幸せを感じさせてくれた。
あたしは崇をギュッと抱きしめた。それもまた、幸せだった。
ちょっぴりだけど、年下にメロメロにされた悔しさもあったりするけど。

                     ※

私は隣に座って優雅にコーヒーを飲んでる幾美に言った。
「せっかくの時間、コーヒータイムで終わらせる気?」
すると、幾美はゆっくりとコーヒーカップをテーブルに置き、
「いつもは俺から迫らないと、中々相手してくれないのに、今日は積極的なんだ。火が付くとすごいけど」
「そうよね。私、変?」
「嬉しい方向に変ではあるよね」
と、顎を持たれてキスされた。
「そういう、いきなりは」
「今はいいよね」
肩を抱き寄せられてキス。
身体の力が抜ける。なんなんだろう、惚れてしまった相手とのキスって。
「可愛いね、望は」
「うるさい、幾美」
今度は私からキス。
他の女性陣や、この特殊な環境にあてられたのは確か。
最後の一線を越えられない負い目も、ある。
「いつもの、する?」
「あのさ、さすがに誰か帰ってくる可能性が高いから、合宿ではキスまで。この前、話したじゃん」
「うん」
「あからさまに不満な顔をw」
「え?そんな顔してた?」
「エッチな彼女は大歓迎だけどね」
「うるさい!仕込んだのは幾美!」
「研究熱心なくせに」
「うるさい!制約を破らずにお互いに何とかする方法を研究、ん」
ってところでキスで唇をふさがれた。
こういう流れの持ち込み方が、ホントに初めて彼女が出来た高校生の手管なのかと疑いたくなる。

                     ※

「ボクとして、あの辺の物陰なんか、ちょうどイイと思うんだけど」
と、幸次の腕をぐいと引くボク。
「あのね、嬉しくないと言ったら嘘になるけど、一応別荘地で、人通りも車通りもゼロじゃないから」
「旅の恥は掻き捨てじゃ?」
「引くわ、さすがに引くわ」
「なんだよ、普段はこっちの身が持たないくらいに」
「うるさい!万が一、謙一たちと鉢合わせの可能性もゼロじゃないんだぞ」
「そこはお互い様」
「爛れた友人関係になりたくない」
「いけず~。じゃあ、チュウならいいよね?チュウなら」
「はいはい」
「ムード出してよ」
「腕引っ張ってたやつに言われたくないセリフ」
なんて言いつつも、しっかり応えてくれる幸次が好き。

                     ※

わたしと謙一は舗装された道から、林道に入った。
「この辺はまだ別荘が立ってないんだ」
「将来、こういうとこに別荘欲しいよね」
と、自分で言ってわたしは赤面した。
何言ってんだろ、将来とか。
「そうだねぇ。将来一緒に来れるような、ね」
「…いいの?」
「…いやなの?」
「…やじゃないよ」
謙一はわたしを抱きしめてキスをした。
ふにゃあ、力が抜ける。
「あの、さ」
わたしは謙一の胸に顔をうずめながら言った。
「今頃、みんな、こんなことしてるんだよね?」
「うん、我慢できる奴なんかいないと思うよ」
「いいのかな?親に嘘ついてまで来て、そんで」
「良くは、ないかもね」
「やっぱり?」
「でも良いんじゃない?」
「どっち?」
「お互い好きな恋人同士が、恋人同士なことしてるだけで、そこに悪いことはないと思うんだ」
「詭弁だぁ」
「そうだよ。僕が麻琴と少しでも一緒にいたいがための詭弁」
「ずるいなぁ」
「だって僕は麻琴という存在に依存してるから。麻琴依存症」
「変な病気にならないで」
「変?」
「…変だけど…イイよ。わたしは謙一を受け止めるんだもん」
まったく、変な理屈を思いつくことには長けてるんだから。

                     ※

こういう時に限って、無駄にタイミングが合って、幸次と家の前で鉢合わせた。
互いの彼女の顔が上気してることも含めて。
「さて、突入すべきか、きちんとチャイムを鳴らすべきかだな」
「あ」
「どうした幸次」
「ドア、鍵かかってる」
「備えあれば憂いなし、か。やるな幾美」
「なんで人様の事を覗きたがるかね、君たちは」
「別に、あの二人のイチャイチャなシーンを見たいわけじゃないよ」
「じゃあ…」
「驚かしたいだけ」
「いきなりドアを開けて、大きな声でただいまを言いたい。そんな気分だった」
「バカだね、君たちは、ホントに」
「それじゃあ、離れの和尚の方に」
「あっちはメンタル微妙におかしくなるくらい悩んでたんだから、そっとしておいてあげて」
「麻琴がそういうなら」
「なんだよ、ボクの言うことも聞きなさい」
「なんで、僕が成美さんの言うことを聞かなきゃいけないのさ」
「そういうところを直すため!」
簡単に腕をひねり上げられ、悲鳴を上げる僕。
こういう時は放置しようという諦めの顔で僕を見つめる麻琴。
自分に害が及ばぬよう、ゆっくり後退する幸次。
すると、ガチャっと母屋のドアが開き、幾美が顔を出した。
「うるさいんだよ、お前らは。帰ってきたのなら、普通に帰ってこい」
カギ閉めて、こっちを締め出してたくせに、と文句も言いたいのだが、口から出るのは苦鳴のみ。ホント、いつまでやる気なんだ、この暴力女。
さすがに見かねたらしい麻琴が、成美さんの腕をタップしてくれたので離された。
「ぼちぼちBBQの準備に入るぞ。きりきり働け、部員ども」
「横暴だ!幸次!こいつの首を取れ!下剋上だ!」
「よし、行け!成美!」
「あんたら、ボクをなんだと思ってる」
「「バーサーカー」」
と、幸次と口を揃えて言って脱兎のごとく逃げ出す。
「うん、遊んでないで、準備してほしいんだがな」
という無責任な幾美の声は、僕と幸次には届かない。

                     ※

そろそろ他の連中が戻ってくるかな、と思った頃に、外から騒ぎ声が聞こえてきた。
オレが離れから出て見たものは、成美さんに腕をひねり上げられて喚いている、幸次と健一の姿だった。
さっきまでのムードぶち壊しには違いないんだが、オレたちらしい日常風景には違いない。
そこへ真理愛さんがやってきた。
「和尚、部長がBBQの準備を始めろだって」
「お、おぅ。あっちはいいの?」
「うん、気が済むまでやらせてあげないとダメかな?って」
「逞しい嫁だな」
「ま、まだ嫁じゃない、もん」
と、頬を赤らめ離れの中に入って行ってしまった。
照れの基準が判らん。
そんなことはさておき、BBQの準備、始めるか。
「謙一、幸次、そろそろ手伝えよ」
「「おぅ」」
二人して、成美さんの腕をタップして解放され、ふらつきながらもやってきた。
「お約束、乙」

                     ※

わたしが離れの中に入ると、ソファで、くたっと伸びている未来さんを発見。
「大丈夫?和尚、ちゃんと態度示してくれた?」
すると、ガバっと跳ね起きて
「うん」
と可愛く言うと、またすぐソファに突っ伏してしまった。
ヤバい、未来さん可愛すぎる。
「良かったね」
「麻琴?」
「ん?」
「麻琴もギュッとハグされて、キスされた時って、すごく幸せだった?」
なんか、突っ伏したまま、普段聞かないこと聞いてきたよ、この先輩。
「もちろん、最初だけじゃなくて、何回されても幸せだよ」
「そ、その先も?」
「えっと、うん、まぁ、その、それは、そうだよね」
何聞いてくるかな、この可愛い先輩。
「そっかぁ、そうなんだ…」
女子相手だと男っぽいけど、中身はコレかぁ。

                     ※

さて、我ら男子がこれからやることは、女子の歓迎会の意味も含めたBBQの準備。
BBQグリルの清掃から炭の火おこしと材料準備を並行して行う。
幾美と幸次が清掃&火おこし、材料準備が僕と崇の役割だ。
「去年みたいにふざけるなよ」
と幾美に釘を刺されたが、ふざけた記憶はない。
確かに鶏の丸焼きを画策し、1時間以上火が通らないという惨劇はあったが、その鶏だって、幾美が「最初からやってみよう。生物部だし」という謎の理屈で、生きたまま1羽手に入れてきたのを、僕と幾美で捌いたからで。
「今回は皆死んでるから大丈夫さ」
「言い方!」
と、そういえば、そこにずっといたのね。な、宝珠に突っ込まれたりした。
「崇、餅は?」
「買ってないわ!BBQで餅焼く奴いるか?」
「部室で焼く奴よりはいると思うが?」
「やかましい。大人しく調理進めろや」
「まぁ、怖い怖い」
僕は今朝購入した牛カルビを醤油メインで、豚ロースを味噌メインで味付けし、鶏モモ肉は塩コショウだけにした。
「ふーん、ケンチって料理できるのね」
いつの間にか、背後に立っていた宝珠にビビりながらも」
「これを料理と呼ぶなら、ね」
「和尚は野菜担当?」
「好き嫌いせずに食ってくれよな」
「ふーん、未来と進展したと思ったら、生意気な口を利くようになったか、ふーん」
イヤな攻め方するね、相変わらず。
「うるさい、黙ってみてろ」
「あら、おっとこらしいぃ。未来呼んでくるね、その姿見せなきゃ」
と、母屋を出ていく宝珠。
「謙一、あれはなんとかならんのか?」
「ん?強気で当たれば、3割くらいは勝てるよ」
「3割じゃ全然だ、馬鹿野郎」
「幾美と合わさると1割5分まで勝率が下がる」
「もういい」
何のかんの言いながらも、崇はジャガイモとトウモロコシを茹でたり、茄子とプチトマトとエノキをホイルに包んでバターを入れたりと細かいことしてる。
「合宿中に、各々の彼女の手料理も味わいたいよね」
などと言いつつ、細切れにした鮭の切り身を、崇のホイル焼きの中に無理やり押し込む。
「おい、勝手に足してバランスくずすなよ、もう…そりゃ、大いに賛成だ。でも、成美さんが仕切るんじゃなかったっけ?」
「うん、でも8人前を一人で調理は大変だから、自然と手伝うと思うんだけどな」
「なるほど」
「何気に女子力が試される」

                     ※

「幸次も幾美くんもさ、掃除好きだよね」
と、BBQグリルの網や本体を軽く水洗いしている、おれと幾美を水がかかるのが嫌なのか、微妙に離れた位置から成美が見ながら言う。
「好きというか、料理得意が二人いるから、必然的にこっちがこれをやってるだけだ」
「ふーん、逆に未来ちゃんと麻琴ちゃんは大変かもなぁ。彼氏が料理出来ちゃうと」
「じゃあ、掃除が出来ちゃう、おれたちにも脅威を感じてほしいな、成美」
「え?風呂やらBBQグリルの掃除なんて、最初から男子の仕事でしょ?」
「大変だな、幸次」
「大変なんだよ、幾美」
「おい、姉さん女房は金の草履を履いてでも探せ、なんだぞ」
「なんだぞ、と言われましても」
「言われましても」
「ふーん、そういえば、幾美くんとはまだ、殺りあってないよね」
「誰とも殺りあわないで欲しいんだよ、おれとしては」
なんのかんの言いながらも、グリル清掃終了。組み上げて、着火剤の上に細かい炭を乗っけて準備完了。
「火、着けないの?」
「聖火みたいなもんだからな。着火役は栄誉職なんだ」
「何言ってんの?」
「今年は誰が選ばれるのか、興味津々ですな、幾美さん」
「そうだな。前回は、よりによって恭だったからな」
「2連覇の道は無くなったわけで、今年は新人も多いですし、盛り上がることでしょう」
「うむ」
「うん、わかった、男子高校生は馬鹿だってことはわかった」
「成美、一旦みんなを集めてくれる?炭に火が回るの、時間かかるし」
あれ?黙って行っちゃったけど…離れに行ったから大丈夫か。
中に顔突っ込んだ。
あ、こっちに戻ってきた。早いな。
「うあ!」
突然、幾美が悲鳴を上げた。
「なんだよ、どうした?」
「くそ、すれ違いざまに腕の痛点、思いっきり押していきやがった」
おれの彼女は通り魔バーサーカーに進化しました。
「有言実行だから、彼女」
「不言不実行にさせろ、これは」

                     ※

いきなり、玄関ドアが開いたかと思うと、成美さんが顔だけ出して
「中庭に集合じゃ!お集まりくださいませい!」
と叫んで行ってしまった。
「どうしたん?成美さん」
「わたしに訊かれても最大限に困るよぉ」
「まぁ、呼び出しのようだから、行こうか」
「うん」

                     ※

あ、ムリョウさんと 真理愛さんが出てきた。

                     ※

いきなり、玄関ドアが開いたかと思うと、成美さんが顔だけ出して
「中庭に集合じゃ!お集まりくださりませい!」
と叫んで行ってしまった。
「なに?なにごと?」
さすがの宝珠も焦る行動。さすが成美さんだ。
「聖火の時間かな?」
「そうだろうな」
「宝珠も行こう。集合だから」
調理準備も終わり、洗い物をしていた手を止めて、僕は宝珠に手招き。

                     ※

あ、謙一と崇と宝珠さんが出てきた。
ちなみに成美はおれの背後に黙って立っている。多分、このノリに疲れてきてるんだろう。

                     ※

まさに意味不明という顔の女性陣と変な気合の入った男性陣が中庭に揃った。
幾美が一歩前に進み出て
「さて、これより聖火着火の儀を執り行う」
拍手する男性陣。なんとなく一緒にしなきゃ不味そうな感じ見え見えで拍手する女性陣。
「で、なに?」
あ、宝珠が耐え切れずに質問を。
大きくうなずく幾美だが、宝珠の表情に微妙な怒りが浮かんだだけだった。
「今宵のBBQは女性陣歓迎の意味を込めて開催するものではあるが、この強化合宿では毎回行っている行事でもある。我々生物部としては、他の生きとし生けるものの命を美味しくいただく感謝、そしてそれを調理するための炎への敬意を込め、炭への着火の際は、それっぽいことをすることにしている」
「「「「それっぽい、こと?」」」」
あ、女性陣の気持ちが一つに。
「では、ジャンケンで聖火担当を決める。女子も入ってくれ」
女子の疑問をものともせずにぐいぐい進める幾美。
多分、あとで宝珠に何かされるんだろうけど、知ったこっちゃないからいい。
「いよいよ崇ジャンケンか」
「腕が鳴るぜ」
「やるなって言ってんだろうがよ!」
「謙一!」
珍しい。こういう場で声を上げる麻琴なんて。
「なに?」
「疲れるから、そろそろ真面目に進行させて」
「わかった!」
「言いなりか、お前は!」
「ここで突っ込むということは、崇ジャンケンフラグになるぞ」
「わかった。黙るから、早くしろ」
僕たちは素直なんだな、うん。
「幾美、真面目にやれよ」
「謙一、お前、後で裏に来い」
「宝珠!幾美が僕のこと、放課後に体育館裏にこっそり呼び出す!」
「…もういいから。麻琴にも言われたでしょ」
「呆れられたな、幾美」
「俺か?おい」
はい、無視します。
「では、ジャンケンで着火役2名を決めます。はいはい、皆で円陣円陣」
8人で円陣完成。
「じゃあ行くよ、最初は!…ってドキドキしちゃう崇?」
成美さんが黙って前に進み出て、僕の左腕の痛点を衝いて下がった。
激痛を堪えて進行するぜ。
「はいはい。行きますよ。最初はグー。ジャンケンホイ!」
神も呆れていたのか、一発で勝敗が決した。
崇とムリョウさんがチョキで勝ち残った。
「幾美、着火用ライターを二人に」
何かしら腑に落ちないような顔をした幾美がライターを二人に手渡す。
「なんかさ、披露宴のキャンドルサービスみたいじゃね?」
「幸次、披露宴でろうそくの火で肉焼かないだろ?」
「あの二人の時はやろうぜ」
「追い出されるリスク高いが面白そうではある」
「呼ばねえぞ、お前ら!」
「ムリョウさん良かったね、結婚してくれるってさ」
僕はサムズアップして伝えた。
「あ、あたしは、そこまで、ば、ばかじゃないの」
赤面してわたわたするムリョウさん。
「ムリョウさん、いつになったら美人のお姉さんキャラに戻れるのだろう?崇のせいで狂いっぱなしだな、可哀そうに」
と、独り言を言ったつもりだったが
「諸悪の根源は謙一」
と隣に来ていた麻琴に指摘されてしまった。
「悪人?」
「うん。でも、あれが未来さんの素だと思うから、逆にいいのかも」
「じゃあ、僕、善人」
「ううん、そこは悪人。だから、わたしが正す」
「なにその使命」
「頑張る」
「一生かかるかもよ」
「大いなる使命だもん。わたしが正して幸せにするの」
「普通、男女逆じゃないか?そういうの」
「わたしを幸せにしてくれるのは謙一の使命。謙一を幸せにするのがわたしの使命」
「僕にもやれることがあるなら、それでいいや」
「うん」
麻琴が嬉しそうに僕の腕にしがみついてきた。

                     ※

「謙一、食材の準備は?」
「終わってるよ。いつでも火の神様に捧げられるよ」
「捧げるのか?」
「うん、幾美、さっき演説こいた内容は無かったことにでもなってるのか?」
「火の神様の話なんかしていない」
「それもそうか」
「謙一、どうすれば、日常的に頭のおかしい会話ができるようになるの?」
腕にしがみついたままの麻琴が心底不思議そうな目で僕を見る。
「おかしな連中と長年付き合うのが秘訣」
「うん、やっぱり、謙一、後で裏に来い」

                     ※

ライターを渡してきた男が謙一との漫才を止めないので、先に進まない。
「おーい、幾美!火を着けてもいいのか?」
「あ、そうだそうだ」
忘れてたな、あいつ。
「そんじゃ、ムリョウさん、そっち側へ立って。崇はこっち側に存在して」
幸次がおかしな指示を出してきているがツッコミはスルーしよう。また進行が止まる。
「さぁ、皆さま、シャッターチャンスです。お二人の新たな門出を祝いましょう」
スルーだ。スルー。
皆がこちらに向かって携帯を構える中、幾美だけがどこから持ってきたのか、一眼レフカメラを構えている。
「じゃあ、ふたりとも、両側からグリルの中の着火剤に火を着けて」
ここは素直に従う。BBQが永遠に始まらなくなるから。
鳴り響くシャッター音。
表情も姿勢もどうしたらよいのかわからず、固まる未来。
ケミカルな炎を上げて着火剤が燃え、上に乗せた小さな炭が赤く燃え始める。
「OK、んじゃ、少しずつ炭載せて燃やしとくから、食材持ってきて」
炎の世話は幸次がやるらしい。
「はい!生物部強化BBQセット、承りました!」
謙一と真理愛さんが母屋へ走っていった。
結局みんなテンションおかしいんだよな。

                     ※

成美がおれの背中におぶさってきた。
「おんぶおばけか?」
「おばけじゃないよ、彼女だよ」
たまに甘えたがりになるのが可愛いんだけど。
「今、火の番人してるから危ないぞ」
「一緒に燃えようぜぇ」
「…酒飲んだ?」
「呑まないよぉ。運転手として来てるんだし、急に車出す用時出来るかもだし」
心がけは立派なんだけど。
「もうそろそろ、火の具合いいんじゃない?焼こうよぉ」
「どんな、おねだりだよ」
「方向性の模索?」
「迷走してるだけだろ。それに調理自体は謙一がやる」
「え?下ごしらえだけじゃなく、本番もやっちゃうんだ。さすが謙えっち」
「待てい!誰がえっちだ!」
食材運んでた謙一が割り込んできた。耳がいいなぁ。
「すまんな謙一、ちょっとバーサーカーの調子がおかしいんだ」
「ちっ!直しとけよ!」
「あぁ、わかった」
「どんな言いぐさよ!」
と、そこでおれの意識は一瞬途切れた。

                     ※

「麻琴さん、成美さんに謙えっちの話をしましたね?」
僕は成美さんにコブラツイストをかけられている幸次を横目に、食材をテーブルに置いて、麻琴の両肩を掴んだ。
「う?あ?あぁ、今日、少し、したかも」
「ああいうのに、彼氏の弱みを晒してしまうのは感心できません」
「あの、なんで丁寧口調なの?すごく怒ってるの?」
「肉体面だけでなく、精神面の攻撃力まで上げられたら、あれは完全に手に負えません」
「だから、その口調……ごめんなさい。皆の前で言っちゃったから、未来さんも望さんも、その」
「そういう子は、BBQでお肉抜きにします」
「え?やだ!ごめんなさい!許して!」
麻琴が両手を合わせて、僕に謝り始めたとき、僕の肩をトントンと叩く人がいた。
振り向くと宝珠。
「麻琴をイジメる悪い謙えっちは君かな?」
しまった、めんどくさいのが…
「面倒くさいのが来たという顔をしているようだけど、そもそもケンチが麻琴に、それはそれはイヤらしい行為をしたから、名づけられたんでしょ?そこに文句を言うのはお門違いも甚だしいと思わない?そんなことで、私の麻琴をイジメるのは許せないわけ」
言い返す隙が…
「言い返しなんか、させないからね。ま、例えしても、ケンチ程度の言い訳なんて、速攻論破しちゃうんだけど。だから、ケンチが麻琴に謝りなさい。そして、麻琴にお肉を食べさせてあげなさい。お願いじゃないのよ。これは命令。いい?」
泣いていいですか。
「わかりました、まことに、おにく、あげます」
「よろしい」
と、宝珠は幾美の元へ去っていった。
「あれはテイム禁止生命体」
「テイムしてないよ、勝手にポップアップして出てくるんだよ」
幾美に言っても何にもならないだろうから、諦めよう。ボスキャラがランダムに湧いて出るゲームはくそゲーです。
ちなみに、幸次はまだコブラツイストをかけられっぱなしでした。死ぬぞ、あなたの彼氏。

                     ※

「何してきた?」
妙に楽し気に戻ってきた望の様子が気になる俺。
「ん?ケンチを叱った」
「どうせしなくてもいいことなんだろ?」
「なにそれ?愛しの麻琴を守るためだもの。基本的に許される聖なる行為よ」
げっそりした顔で肉を焼き始める謙一に、心の中で合掌。

                     ※

「火を着けるのって、面白いね。あたし初めてやった」
「初めての放火の告白じゃないんだから」
「あはははは、嫌だなぁ、崇。あたし放火なんてしないよぉ」
と、背中を叩かれた。結構痛いんだけど。
テンション上がっちゃってるなぁ。

                     ※

「謙一、大丈夫?わたし、代わろうか?」
望さんの精神攻撃で、げっそりした表情の謙一が黙々と網に肉や野菜を載せいくのが、なんとういうか、もう。
「いや、肉は僕が焼かねばならんのだ。それが僕の使命!」
「そしたら、焼けたやつ配るね」
「待つんだ、麻琴」
「え、なに?」
「焼きたての最初の肉は、焼いた者こそが得られる報酬なのだ。なので、僕と麻琴でまずは味見をする。いいように言えば、大事な毒見役だ」
「いいように言っても…」
「いらないのか?」
「いる」
そんな役得があったとは、BBQは奥が深いなぁ。
あとで望さんに聞いたら、そんな役得などないと言われたけど。
謙一が焼いて食べて焼いて、わたしが食べて、みんなに配る。
何か夫婦で食堂やってるみたいで楽しい。
っていうか、みんなに餌付けしてる気分。ビーストテイマーの基本。

                     ※

日も沈み、当たりは真っ暗。食材も粗方焼き尽くし、食い尽くし、コンロの炭の熾火と星明りのみが照明になったころ、
バーサーカーのバーサーク発言が飛び出た。
「みんな、芸の一つでもやらないの?」
「「「「「「「やりません」」」」」」」
皆の意識が一つになった。
「えー?宴会の基本じゃん」
「これからが部活の時間だ」
「遊びじゃないんだ」
「虫取り同行させるぞ」
ちなみに幾美、崇、僕の順。
「ねぇ、幸次、みんな酷くない?今日運転したボクへのいたわりタイムは?」
「はいはい。みんな使った紙皿、紙コップはこちらのゴミ袋に。余った食材と飲み物は母屋のキッチンに置いといて」
「うぅぅ、幸次のけちんぼ!」
と叫んだかと思うと、物凄い勢いで余り物を回収し、母屋へ走っていった。そして物凄い勢いで離れに走っていった。
「みんな精神の起伏が激しすぎるぞ、今日は」
「一晩寝れば、多少は落ち着くだろ。じゃあ、おれと幾美はコンロ洗いやるから、謙一と崇はキッチン片付け頼む」
「あいよ」
「あ、謙一」
「なに、幾美」
「虫寄せしよう。リビングの明かり点けて、カーテン開放しようか」
「了解」
「はい、そんじゃ、女子は交代で風呂入っちゃって、眠かったら寝てOK。ちなみにこの後は、集まった虫の確認、採集。少々仮眠して4時くらいに仕掛けた罠の確認・採集。そんな感じなんで、興味津々な人は来てもいい」
ムリョウさん、宝珠、麻琴が目をそらしたので、まぁ、いつも通り、男子のみの活動ということで。
「明日弁当持っては林道散策して野鳥観察&ピクニック。明後日は町に出て土産購入&観光、明々後日は完全自由行動、で、次の日は帰りますよ、と」
「「「はーい」」」
3人娘は声が揃った。
幸次ってば、バーサーカーのご機嫌取りは、とりあえず、3人娘にお任せするようだ。
あくまでも部活メイン。生物部員の鏡だね。

                     ※

そんなこんなで片づけ作業を終えた僕たち生物部員は、薄汚れた白布を眺めていた。
「蛾だな」
「蛾だね」
「カナブンとコクワガタいた」
「でも、蛾だらけ」
蛾でもオオミズアオなんかは綺麗な翅があって見栄えもするんだが、ここに来るのは基本茶色や白の小さめなのがたくさん。
現状、と称して、蛾だらけの布の写真を麻琴に送ったら、速攻で激おこなスタンプが返ってきたので、ごめんなさいする。
「じゃあ、明かり消して放っておこう。朝にざっと叩いてしまえばいい」
そんな片付け方するから、年々布が奇怪な文様を描くことになる(主成分:蛾の鱗粉)。
まぁ、部長命令なんで、言うことを聞こう。
「さ、交代で風呂入って、仮眠だ」

                     ※

一方、離れこと女子寮。
「むうううう」
とりあえず、ろくでもない写真を送ってきた謙一は、明日の朝に叱る。
ちなみに今は成美さんと望さんがお風呂タイム。時間節約のために二人ずつと決めたが、停止スイッチのもみ合いでもめそうなペアだよね。
なので未来さんと二人。
「麻琴、今のうちの合わせちゃう?」
とスーツケースを開いて見せてきた。
「ホントにやるの?」
「サプライズだよ、彼氏たちにね。せっかく誘ってくれて、色々計画もさせてるんだから、お返しは必要だよ」
「うん、まぁ、綺麗な場所だし、やることに興味はあるんだよ、うん」
「恥ずかしい?」
「そりゃ、うん」
「ケンチには色々見せたんでしょ?」
「そうやって、含み持たせた表現やめて」
「いいじゃない。去年の夏コミであった時とは、別人レベルで可愛くなったし、何より幸せそうだし」
「そそそ、そういう未来さんだって…幸せ?」
「うん。我ながら単純だと思うけど、ね」
二人して、赤面しつつ微笑み合ってると
「ばか!いいかげんにしなさい!」
「ちょっ!それはもげるから!」
望さんと成美さんの叫び声が風呂場から響いてきた。何をしてるのか、まるわかり。
男子には聞かせられない叫びだけど…聞こえてないよね。
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