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〈55〉 マリリンの魔法 3
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リアム王子が放った魔法が、マリリンの頭上で輪になった。
肩幅にまで広がったそれが、彼女の体の側を通り抜けて、掛けられた魔法を解いていく。
最初に変化が見えたのは、頭の先だった。
「なんだ……?」
「髪の色が……?」
倒れる仲間を支えていた兵士たちの前で、マリリンの髪が変わっていく。
亜麻色のふわりとしたツインテールだった物が、張りやコシがない、バサバサとした黒髪に。
綺麗に整えられていた天然物の眉も、抜き取った跡だけが残ってしまう。
「無駄なのよ! 私の愛は消せないわ!」
そう言ってあざ笑う口元に皺が刻まれて、
きめ細かやかだった肌が、シミで荒れ果てる。
「白竜様愛しています! 私が欲しいのはあなただけ! この身も心も、あなただけのもの!!」
愛を叫ぶ瞳も黒く汚れきっていて、二重あごの輪郭が、重力に引かれて弛んでいた。
変化は顔だけに止まらない。
「あれ? なんだか声が、出し難い……?」
小鳥のさえずりのようだと誉めた声が、いまは酒に焼けた老人のよう。
肩も、腕も、足も、身長も、体型も。
服装以外はすべてが別人のものに変わっていった。
それは当然のように、結界の中からも見えている。
「メアリ嬢、これは?」
「……こめんなさい。私にもわからないわ。ドレイク殿下、この現象に心当たりは?」
「すまないが、1000年近く生きたけど、はじめてみるよ」
「そう……」
あまりの急激な変化に、接点の薄い3人ですら、言葉に詰まっていた。
見る見るうちに変わっていく彼女の姿を、ただ見守ることしか出来そうもない。
それは、彼女をすぐ側で見つめるリアムも同様だった。
「マリリン……」
「だーかーらー! 人の名前を気安く呼ぶなってーー」
そこで不意に言葉が切れて、マリリンだと思う者が、リアムの顔を覗き込む。
傾げた首が脂肪に埋もれ、顔全体が、傾げた方向に落ちている。
普段は可愛く見える仕草も、いまは……。
「うわっ、何泣いてんの? 突然のガチ泣きとか引くわぁ……」
やだやだ、なんて耳障りな声音でつぶやいて、見知らぬ顔が虫を見るような目で見ていた。
劇的に変わってしまった姿を、本人だけがわかっていないらしい。
15歳くらいの見た目から、一瞬にして、60代の姿に。
あまりの痛々しさに、思わず視線がそれてしまう。
「しっ、神殿長! 余の天使が! 余の天使が化物に!! 神の啓示を!!」
「……ぉ、ぉぉ! そうですな。いま、神々の声を……」
そう言って祈る体制になったガマガエルのような神殿長と、天使であるはずのマリリンが、
「はぁ? 化物? チョロい攻略対象の癖に何言ってるのかしら」
「くっ……!!」
今は、仲の良い兄妹にすら見えるのは、なぜなのか?
脂っこい物が好きで、運動が嫌い。そんな兄妹に見えるのは、なぜなのか?
そう思ってしまう自分が、何よりもイヤになる。
「なぜだ? どうしてこうなった?」
余の天使が、ガマガエルになるなどあり得ない。
まさか、余の魔法が暴走して!?
「……いや、余が使ったのは、解除だけだ。暴走の余地など……!?」
解除の暴走?
洗脳だけでなく、掛けられていた魔法が、すべて解けた?
魔法が解けて、マリリンの姿が変わった?
つまり、今の姿が本当の……。
「いや、まさか、そんなはずは……」
可愛さの欠片も残っていないマリリンだった者を見上げて、首を横にふる。
だけど、いくら否定しようとしても、目の前の現実は変わらない。
使用した魔法が、解除の魔法だったことは、その場にいる誰よりも、リアム自身が一番良くわかっていた。
「今の、姿が……」
「うるさいのよ! 泣いたり、怒ったり、首を振ったり!! ノーマルエンドのくせに、主人公をイライラさせるなよ!」
「これが、本当の……」
自然と視線が落ちて、剣を持つ自分の手が見えてくる。
解除の魔法を放った感覚が、今でも確かに残っていた。
「そうか……」
他の誰でもない。
解除したのは、自分だ。
「……そうか」
もう一度小さくつぶやいて、リアムが空へと視線をそらしていた。
肩幅にまで広がったそれが、彼女の体の側を通り抜けて、掛けられた魔法を解いていく。
最初に変化が見えたのは、頭の先だった。
「なんだ……?」
「髪の色が……?」
倒れる仲間を支えていた兵士たちの前で、マリリンの髪が変わっていく。
亜麻色のふわりとしたツインテールだった物が、張りやコシがない、バサバサとした黒髪に。
綺麗に整えられていた天然物の眉も、抜き取った跡だけが残ってしまう。
「無駄なのよ! 私の愛は消せないわ!」
そう言ってあざ笑う口元に皺が刻まれて、
きめ細かやかだった肌が、シミで荒れ果てる。
「白竜様愛しています! 私が欲しいのはあなただけ! この身も心も、あなただけのもの!!」
愛を叫ぶ瞳も黒く汚れきっていて、二重あごの輪郭が、重力に引かれて弛んでいた。
変化は顔だけに止まらない。
「あれ? なんだか声が、出し難い……?」
小鳥のさえずりのようだと誉めた声が、いまは酒に焼けた老人のよう。
肩も、腕も、足も、身長も、体型も。
服装以外はすべてが別人のものに変わっていった。
それは当然のように、結界の中からも見えている。
「メアリ嬢、これは?」
「……こめんなさい。私にもわからないわ。ドレイク殿下、この現象に心当たりは?」
「すまないが、1000年近く生きたけど、はじめてみるよ」
「そう……」
あまりの急激な変化に、接点の薄い3人ですら、言葉に詰まっていた。
見る見るうちに変わっていく彼女の姿を、ただ見守ることしか出来そうもない。
それは、彼女をすぐ側で見つめるリアムも同様だった。
「マリリン……」
「だーかーらー! 人の名前を気安く呼ぶなってーー」
そこで不意に言葉が切れて、マリリンだと思う者が、リアムの顔を覗き込む。
傾げた首が脂肪に埋もれ、顔全体が、傾げた方向に落ちている。
普段は可愛く見える仕草も、いまは……。
「うわっ、何泣いてんの? 突然のガチ泣きとか引くわぁ……」
やだやだ、なんて耳障りな声音でつぶやいて、見知らぬ顔が虫を見るような目で見ていた。
劇的に変わってしまった姿を、本人だけがわかっていないらしい。
15歳くらいの見た目から、一瞬にして、60代の姿に。
あまりの痛々しさに、思わず視線がそれてしまう。
「しっ、神殿長! 余の天使が! 余の天使が化物に!! 神の啓示を!!」
「……ぉ、ぉぉ! そうですな。いま、神々の声を……」
そう言って祈る体制になったガマガエルのような神殿長と、天使であるはずのマリリンが、
「はぁ? 化物? チョロい攻略対象の癖に何言ってるのかしら」
「くっ……!!」
今は、仲の良い兄妹にすら見えるのは、なぜなのか?
脂っこい物が好きで、運動が嫌い。そんな兄妹に見えるのは、なぜなのか?
そう思ってしまう自分が、何よりもイヤになる。
「なぜだ? どうしてこうなった?」
余の天使が、ガマガエルになるなどあり得ない。
まさか、余の魔法が暴走して!?
「……いや、余が使ったのは、解除だけだ。暴走の余地など……!?」
解除の暴走?
洗脳だけでなく、掛けられていた魔法が、すべて解けた?
魔法が解けて、マリリンの姿が変わった?
つまり、今の姿が本当の……。
「いや、まさか、そんなはずは……」
可愛さの欠片も残っていないマリリンだった者を見上げて、首を横にふる。
だけど、いくら否定しようとしても、目の前の現実は変わらない。
使用した魔法が、解除の魔法だったことは、その場にいる誰よりも、リアム自身が一番良くわかっていた。
「今の、姿が……」
「うるさいのよ! 泣いたり、怒ったり、首を振ったり!! ノーマルエンドのくせに、主人公をイライラさせるなよ!」
「これが、本当の……」
自然と視線が落ちて、剣を持つ自分の手が見えてくる。
解除の魔法を放った感覚が、今でも確かに残っていた。
「そうか……」
他の誰でもない。
解除したのは、自分だ。
「……そうか」
もう一度小さくつぶやいて、リアムが空へと視線をそらしていた。
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