50 / 65
〈50〉戦いを背に 3
しおりを挟むそれは雇い主であるメアリ様が、毎日のように食べさせてくれたもの。
今更 見間違えることなんて、あるはずもない。
「賢者の実……?」
だけど、どうしてこんなところに?
そんな思いと共に顔をあげると、駆け寄ってくる大きなキノコの姿が朧気に見えていた。
銀色の果実を傘の中から取り出して、手の中でクルクルと踊らせる。
ジャグリングでもするかのように、3つ、4つと空へと投げて、その数を増やしていった。
綺麗な円を描いて回るそれは、魔力を回復させるもの。
甘くて、美味しくて、
減り続ける魔力を増やすもの。
「弟の、特効薬……!!」
降り注ぐ光を反射する銀色の果実が、いつもよりもキラキラと輝いて見えた。
滲んでいた視界に晴れ間がさして、全身の痛みが消えていく。
握り締めていた自分の手の中には、見慣れた銀色の果実が輝いている。
見間違いじゃない。
確かに、ある!
「でも これって……。持ち出したらダメなんじゃ?」
雇い主であるメアリ様は、確かにそう言っていた。
でも、たぶんだけど、大丈夫。
「良いんだよね?」
「きゅ? キュァ!」
もちろん、と言った様子で、大きなキノコがドンと胸を叩いてくれる。
どんな理由があるかわからないけど、メアリ様なら何よりも命を優先する。
理不尽なことは言わない。
使い魔である大きなキノコが頷いてくれたのだから、誰かの命が危険にさらされることもないと思う。
「そっか。ありがと」
手の中の果実を両手でギュッと抱きしめて、アルスルンに視線を向けた。
涙が頬を流れ落ちるけど、気になんてしない。
「弟がーーソラがいる場所に案内してもらえますか!!」
「……えぇ。もちろんです。こちらへ」
「はい!」
優しそうに微笑んだアルスルンが、大通りを城の方へと進んでいく。
手の中の感触をもう一度だけ確かめて、力強く頷いて、前へと踏み出した。
「大丈夫。きっと、大丈夫」
ソラは強い子だから!
そんな思いを胸に、大きな門を通り抜けて、豪華なドアを開けていく。
大丈夫。絶対に大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら、知らないお屋敷の中を進み出る。
いつの間にか、ひときわ豪華なドアの前で立ち止まったアルスルンが、コンコンと音を立ていた。
「失礼します」
不意に感じたのは、懐かしい香り。
「ソラ……?」
開いた隙間の向こうに、天蓋付きの大きなベッドと、幼い少年の姿が見えていた。
子猫のような癖毛の少年が、豪華な布団に埋もれるように眠りについている。
見間違えることなんて、絶対にない。
「ソラ!!」
気が付くと、足が独りでに駆けていた。
先を行くアルスルンを追い越して、一目散にベッドの側へ。
伸ばした手の先が頬に触れて、ホッとした暖かさが流れ込んでくる。
「……ただいま」
いつもと同じ言葉を口にするけど、ソラは笑ってくれなかった。
( お帰り、お姉ちゃん! )
そう言ってくれた唇も、淡く結ばれたまま動かない。
ギュッと閉じた目尻には、苦しそうな涙が浮かんでいた。
「待たせて、ごめんね……」
薬のお金を稼ぐために王都を出てから、二週間と少し。
発病してから、数年。
久し振りに会う弟の前で、私は上手に笑えているだろうか?
お姉ちゃん、今日もかっこいいね! そう言ってもらえる笑みが、出来ているだろうか?
そんな思いを胸に、ソラの手をギュッと握り締める。
「おくすり、持ってきたよ。きっと、大丈夫だから」
パパとママに会いたい気持ちもわかるけど、もうちょっとだけ待って……。
「わがままなお姉ちゃんでごめんね。お姉ちゃんはやっぱり、ソラがいないとダメみたい」
メアリ様みたいに優雅には笑えないけど、今出来る最高の笑みを浮かべて見せる。
手の中にあった銀色の果実を口いっぱいに頬張って、ゆっくりと噛み締める。
小さくなった甘さを、ソラの唇に注いでいく。
「パパ、ママ。お願い」
良い子にしてるから、ソラを守ってください……。
たった2人しかいない、姉弟だから。
守りたいって思った、可愛い弟だから。
私の、弟だから。
「……お姉ちゃん?」
不意に、ぼんやりとした小さな声が、聞こえていた。
「ソラ!!」
知らないうちに、頬を涙が流れていく。
体が勝手に、弟を抱きしめる。
「寝過ぎなのよ、あんた……」
そんなバカみたな言葉が、涙と一緒に出て行った。
「どうしたの、お姉ちゃん? そんなに強く抱きしめられたら苦しいよ? ……泣いてるの?」
「うるさい、バカ……」
耳元から聞こえてくる弟の声が、心の中に落ちていく。
嬉しいはずなのに、視界が滲んでいく。
背中に回された小さな手が、暖かい。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ぼくがついてるから」
「……うん」
腕の中に幸せがあって、心の中にも幸せがある。
懐かしい感情が、胸一杯に広がっていた。
21
お気に入りに追加
3,875
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
ずっと妹と比べられてきた壁顔令嬢ですが、幸せになってもいいですか?
ひるね@ピッコマノベルズ連載中
恋愛
ルミシカは聖女の血を引くと言われるシェンブルク家の長女に生まれ、幼いころから将来は王太子に嫁ぐと言われながら育てられた。
しかし彼女よりはるかに優秀な妹ムールカは美しく、社交的な性格も相まって「彼女こそ王太子妃にふさわしい」という噂が後を絶たない。
約束された将来を重荷に感じ、家族からも冷遇され、追い詰められたルミシカは次第に自分を隠すように化粧が厚くなり、おしろいの塗りすぎでのっぺりした顔を周囲から「壁顔令嬢」と呼ばれて揶揄されるようになった。
未来の夫である王太子の態度も冷たく、このまま結婚したところでよい夫婦になるとは思えない。
運命に流されるままに生きて、お飾りの王妃として一生を送ろう、と決意していたルミシカをある日、城に滞在していた雑技団の道化師が呼び止めた。
「きったないメイクねえ! 化粧品がかわいそうだとは思わないの?」
ルールーと名乗った彼は、半ば強引にルミシカに化粧の指導をするようになり、そして提案する。
「二か月後の婚約披露宴で美しく生まれ変わったあなたを見せつけて、周囲を見返してやりましょう!」
彼の指導の下、ルミシカは周囲に「美しい」と思われるためのコツを学び、変化していく。
しかし周囲では、彼女を婚約者の座から外すために画策する者もいることに、ルミシカはまだ気づいていない。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~
黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※
すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!
偽聖女ですが、ご不満ですか?〜婚約破棄され、追放された元最強のラスボス魔女は自由を満喫する
冬月光輝
恋愛
「君が偽物の聖女であることはバレてるんだぞ」
ある日、アーツブルグ皇国の聖女アリシアは婚約者であるこの国の皇太子にパーティーの席で偽聖女だと糾弾され、婚約の解消と国外追放を言い渡された。
しかし、アリシアはそれに納得がいかない。
何故なら、皇太子も宰相も彼女が千年生きた強大な力を持つ元魔王だということを知った上で聖女のフリをして欲しいと頼んでいたからだ。
どうやら皇王にすべてがバレてしまって、彼女を悪者に仕立て上げようとしてるみたいである。
「出ていくことは了承しましたが、責任は取って下さいね」
アリシアは考える。本物の聖女が弱すぎるから、自分に聖女のフリをして欲しいと頼んだのではなかったのかと。
故国の滅びを予感しながらもアリシアは数百年ぶりにかつて征服しようと思った世界へと踏み出した。
これはかつてラスボス魔女として恐れられた偽聖女が、自由気ままに旅をする物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる