公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン

文字の大きさ
上 下
39 / 65

〈39〉弟を迎えに 4

しおりを挟む

 そうしてそれぞれがマッシュの傘に揺られて5分くらい。

「はぁ、はぁ、はぁ……。到着、ですか……?」

 息も絶え絶えな様子のリリが、マッシュの上から転げ落ちていた。

 私は地面が大好きです! と言わんばかりに寝ころんで、大きく息を吸い込む。

 ひんやりとした岩のベッドが、火照った体を冷ましてくれる。

「……あ、れ?」

 崖の頂上に到着したのかと思ったけど、見上げた先には、岩の天井が見えていた。

 もしかすると、空いていた穴の中にでも入ってくれたろうか?

「途中、休憩……?」

 またあの恐怖が再開するの!?

 そんな思いが、リリの脳内を流れていく。

 だけど、それは違うらしい。

「いいえ。ここが目的地よ」

「そう、ですか!」

 やった! 到着した!! なんて叫ぶ元気は、どこにもなかった。

 喉がヒリヒリして喋り難いのは、たぶんだけど、叫び過ぎたから。

「さすがに疲れたわね。だけど、その苦労に見合うだけの、ステキな風景だったと思わないかしら?」

「…………そう、ですね」

 反論する気力もない。

 リリが見た景色なんて、転がり落ちていく石と、転がり落ちてくる岩と、楽しかったあの頃の走馬灯くらいだ。

 後ろや下?

 見ている余裕なんて、あるはずもない。

「はい、あーん」

「…………」

 そんな状態で食べても、美味しいと感じるのは、さすがは超高級品、と言ったところなのだろう。

 賢者の実の程良い甘さが流れ落ちていき、痛かった喉も、今は少しだけ治まっている気がした。

「それで、ここは?」

 メアリが目的地と言ったが、周囲には何もない。

 奥の方は光が届いていないせいでよく見えないけど、もしかすると、この先に進む予定なのだろうか?

 というか、弟を迎えに行く予定では?

 この奥に弟がいる、なんてオチはないだろうし……。

 そんなことを思い浮かべながら、リリがぼんやりと頭をひねる。

「こんにちは、でいいかな? それとも、今晩はかい?」

「え……?」

ーー不意に、誰かの声がした。

 それは聞き覚えのない、男性の声。

 見渡せない闇の奥から、コツコツと歩く音がして、リリがゴクリと息を飲む。

 入口から差し込む光が、近付いてくる革靴を照らしてくれた。

「あぁ、なるほど。メアリくんのお友達だね?」

 メアリ様の知り合い!?
 ってか、お友達って私のこと!?

 なんか、渋くない!?

 そんな思いを胸に、リリがぺこんと跳ね起きる。

 年齢は40歳くらいだろうか?

 きっちりとネクタイをしめた、スーツ姿の男性が、白髪混じりのショートヘアをさらりとかきあげながら、ゆっくりと近付いてくる。

「わっ、えっと、あの」

「可愛らしいチャイムの音を奏でてくれたのは、キミかな? 素敵な声だったよ」

「えっ?」

 チャイム?

 もしかして、悲鳴のこと!???

「えっと、あの、……ごめんなさい!」

「いやいや、清々しい目覚めだったよ。メアリくんのお友達らしいな、とは思ったけどね」

「お恥ずかしい限りです」

 まさか、あの絶叫を第三者に聞かれていたなんて! 

 と言うか、お友達らしいってなに!?

 変人仲間ってこと!?

 一緒にしないでください!!

 なんて、言えないけど。
 
「はじめまして、で、良かったかな? この姿の時・・・・・は、ドレイクと呼んでくれると嬉しいよ」

 そんな言葉と共に男らしい笑みを浮かべた男性ーードレイクが、右手を差し出してくれる。

「え? あっ、はい! リリです。よろしくお願いします!」

「うん、よろしくね。キミも面白い魔力だ」

「え????」

 伸ばし返した手が握られて、もう片方の手が頭を撫でてくれる。

「大丈夫。キミも弟くんも、幸せになれるよ。努力は報われる。もし君たちが望むなら、養父おとうさんになっても良いからね」

「ぇ……?」

 どういう意味?

 クルリと振り向いて視線を向けたけど、メアリ様はただ微笑むばかり。

 小さく首を横に振ったのは、私は何も喋っていない、と言う意味に見えた。

「あぁ、どうやら困らせてしまったみたいだね。もしキミたちが望なら、って話だから、気にしなくても大丈夫だよ」

 そういう啓示だから。なんて言葉と共に、大きな手が頭を撫でた。

「リリくんは、強くなれたら、何がしたいのかな?」

「強く、ですか?」

「そう。考えたこともない、って顔だね」

 平民に生まれて、両親を亡くしてからはずっと、生きることに必死だったから。

 でも、もし強くなっても、それは変わらないと思う。

「弟を、守りたいです。私はお姉ちゃんだから」

「そっか。強くなりたいかな?」

「そうですね。なれるのなら、なりたいですね」

 もし私が強かったら、降りかかる理不尽を追い払う事が出来たと思うから。

 知恵も、力も、お金もなくて。

 どれか1つでもあれば、逃げ続ける以外の事が出来たと思うから。

「そっか。やっぱり面白い子だね。キミも、メアリくんも」

 不意に前髪が上げられて、ドレイクの顔が近付いてくる。

 チュッ、と音がして、見た目よりも柔らかな唇が、額に触れていた。

「白竜のおまじない」

 そんな声を最後に、目の前が白くなる。

 リリの瞼が、ゆっくりと落ちていった。
しおりを挟む
感想 176

あなたにおすすめの小説

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】『婚約破棄』『廃嫡』『追放』されたい公爵令嬢はほくそ笑む~私の想いは届くのでしょうか、この狂おしい想いをあなたに~

いな@
恋愛
婚約者である王子と血の繋がった家族に、身体中をボロボロにされた公爵令嬢のレアーは、穏やかな生活を手に入れるため計画を実行します。 誤字報告いつもありがとうございます。 ※以前に書いた短編の連載版です。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

婚約破棄後のお話

Nau
恋愛
これは婚約破棄された令嬢のその後の物語 皆さん、令嬢として18年生きてきた私が平民となり大変な思いをしているとお思いでしょうね? 残念。私、愛されてますから…

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?

咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。 ※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。 ※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。 ※騎士の上位が聖騎士という設定です。 ※下品かも知れません。 ※甘々(当社比) ※ご都合展開あり。

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...