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〈17〉幼なじみの王子さま 2
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“メアリの宿”に予約を入れた、翌日。
最低限の手回しを済ませたラテス王子は、ぷにぷにとしたキノコたちに連れられて、魔の森に足を踏み入れていた。
引き連れる部下は、手紙の言葉に従って最も信頼出来る兵士が1人だけだ。
たった1人だけで王子を守るという大役を担ったその部下が、皺が刻まれた頬を寄せて、渋い声で問いかける。
「ラテス殿下。これが本当に魔の森なのですかな? 私が知る物とはずいぶんと違いますなぁ」
踏み固められた道があり、魔獣の気配も強くない。
安全そうにも見えるが、自分の知る魔の森とはかけ離れているが故に、不安を拭えなかった。
「それに、このキノコたちもなにやら」
不気味な雰囲気が……。
そう続けようとした部下の声を遮って、ラテス王子が目を輝かせる。
「ああ、さすがはメアリ嬢だと思うよ。魔術のセンスも、美術のセンスも素晴らしいな」
「は……?」
殿下は、本気で仰って居られるのですかな?
そんな思いが、顔に出ていた。
慌てて取り繕い、ほうれい線の浮いた頬を引き締める。
「おや、これは失礼。確かに素晴らしいですな。ええ、本当に」
恋は盲目。
私の背中に乗って、白馬の王子様ごっこをしていた殿下も、恋を知る歳になりましたか。
いやはや、私も歳をとりましたな。
そんな思いが、男の脳内を通り過ぎていく。
「それはそうと、殿下。この柵なのですが」
「そちらも素晴らしい配列ですね。私も見習わなくては!」
「……え、ええ、そのようです」
嬉しいような、寂しいような。
そんな思いを胸に、部下の男は目尻の皺を指先で拭っていた。
“メアリの宿”に続く道の両脇には、黒曜石で作ったかのような大木が並び、数多くのキノコたちがお辞儀をする。
先を行く大きなキノコも足を止めてクルリとまわり、深くお辞儀をしてみせた。
「到着した。そういうことかい?」
「「「きゅ!」」」
「うん、なるほど……。何というか。彼女らしいね」
“歓迎・ラテス 様 御一行”
そう書かれた巨大な看板が、ラテス王子を出迎えてくれた。
漆黒の下地に、メアリが書いた美しい文字。
「ようこそおいでくださいました、ラテス殿下! メアリの宿は、あなた様を歓迎いたします!」
メイド服の裾を小さく摘まんだ少女が、落ち着いた微笑みを浮かべて立っていた。
メアリ嬢のお気に入りである事を示すフロックスの花を閉じ込めたブローチが、その胸に輝いている。
「なるほど。キミが手紙にあったリリかな?」
「はい! 本日は見届け人ではなく、メアリ様のメイドとして、案内役を務めさせて頂きます!」
そんな言葉と共に、少女が深々と頭を下げた。
「よろしく頼むよ」
「はい! それでは先を失礼いたしますね!」
元気な声に、洗練された仕草。
それでいて、どこまでも楽しげなたたずまい。
そして何よりも、王宮にいる魔法使いに劣らない魔力が、その小さな身を覆っている。
「僕の魔力じゃ、逆立ちしても勝てそうにないね」
「ぇ……? ラテス殿下、何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもないよ」
「?? そうですか」
惜しむべきは、杖も持たず、魔法の心得がないことくらいだが、まだまだ間に合う年齢だろう。
なるほど、メアリ嬢が欲しがるのも頷ける。
そんな思いを胸に、ラテスは部下の男と肩を並べた。
(セイバス。もし彼女に襲われたら、勝てるかい?)
(ええ、おそらくは大丈夫でしょうな。生まれたばかりのヒヨコには、まだまだ負けませんよ。しかし、周囲のキノコたちも彼女に連携するのであれば、少々厳しい、というのが本音ですな)
(そうか……)
有り得ない事態だとは思うが、少々危うい状況らしい。
周囲は魔の森なので、逃げ場もないのだろう。
「でもまぁ、メアリ嬢の手で死ねるのなら、本望かな」
そんな小さな声が、森のざわめきに消えていった。
最低限の手回しを済ませたラテス王子は、ぷにぷにとしたキノコたちに連れられて、魔の森に足を踏み入れていた。
引き連れる部下は、手紙の言葉に従って最も信頼出来る兵士が1人だけだ。
たった1人だけで王子を守るという大役を担ったその部下が、皺が刻まれた頬を寄せて、渋い声で問いかける。
「ラテス殿下。これが本当に魔の森なのですかな? 私が知る物とはずいぶんと違いますなぁ」
踏み固められた道があり、魔獣の気配も強くない。
安全そうにも見えるが、自分の知る魔の森とはかけ離れているが故に、不安を拭えなかった。
「それに、このキノコたちもなにやら」
不気味な雰囲気が……。
そう続けようとした部下の声を遮って、ラテス王子が目を輝かせる。
「ああ、さすがはメアリ嬢だと思うよ。魔術のセンスも、美術のセンスも素晴らしいな」
「は……?」
殿下は、本気で仰って居られるのですかな?
そんな思いが、顔に出ていた。
慌てて取り繕い、ほうれい線の浮いた頬を引き締める。
「おや、これは失礼。確かに素晴らしいですな。ええ、本当に」
恋は盲目。
私の背中に乗って、白馬の王子様ごっこをしていた殿下も、恋を知る歳になりましたか。
いやはや、私も歳をとりましたな。
そんな思いが、男の脳内を通り過ぎていく。
「それはそうと、殿下。この柵なのですが」
「そちらも素晴らしい配列ですね。私も見習わなくては!」
「……え、ええ、そのようです」
嬉しいような、寂しいような。
そんな思いを胸に、部下の男は目尻の皺を指先で拭っていた。
“メアリの宿”に続く道の両脇には、黒曜石で作ったかのような大木が並び、数多くのキノコたちがお辞儀をする。
先を行く大きなキノコも足を止めてクルリとまわり、深くお辞儀をしてみせた。
「到着した。そういうことかい?」
「「「きゅ!」」」
「うん、なるほど……。何というか。彼女らしいね」
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メアリ嬢のお気に入りである事を示すフロックスの花を閉じ込めたブローチが、その胸に輝いている。
「なるほど。キミが手紙にあったリリかな?」
「はい! 本日は見届け人ではなく、メアリ様のメイドとして、案内役を務めさせて頂きます!」
そんな言葉と共に、少女が深々と頭を下げた。
「よろしく頼むよ」
「はい! それでは先を失礼いたしますね!」
元気な声に、洗練された仕草。
それでいて、どこまでも楽しげなたたずまい。
そして何よりも、王宮にいる魔法使いに劣らない魔力が、その小さな身を覆っている。
「僕の魔力じゃ、逆立ちしても勝てそうにないね」
「ぇ……? ラテス殿下、何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもないよ」
「?? そうですか」
惜しむべきは、杖も持たず、魔法の心得がないことくらいだが、まだまだ間に合う年齢だろう。
なるほど、メアリ嬢が欲しがるのも頷ける。
そんな思いを胸に、ラテスは部下の男と肩を並べた。
(セイバス。もし彼女に襲われたら、勝てるかい?)
(ええ、おそらくは大丈夫でしょうな。生まれたばかりのヒヨコには、まだまだ負けませんよ。しかし、周囲のキノコたちも彼女に連携するのであれば、少々厳しい、というのが本音ですな)
(そうか……)
有り得ない事態だとは思うが、少々危うい状況らしい。
周囲は魔の森なので、逃げ場もないのだろう。
「でもまぁ、メアリ嬢の手で死ねるのなら、本望かな」
そんな小さな声が、森のざわめきに消えていった。
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