17 / 65
〈17〉幼なじみの王子さま 2
しおりを挟む
“メアリの宿”に予約を入れた、翌日。
最低限の手回しを済ませたラテス王子は、ぷにぷにとしたキノコたちに連れられて、魔の森に足を踏み入れていた。
引き連れる部下は、手紙の言葉に従って最も信頼出来る兵士が1人だけだ。
たった1人だけで王子を守るという大役を担ったその部下が、皺が刻まれた頬を寄せて、渋い声で問いかける。
「ラテス殿下。これが本当に魔の森なのですかな? 私が知る物とはずいぶんと違いますなぁ」
踏み固められた道があり、魔獣の気配も強くない。
安全そうにも見えるが、自分の知る魔の森とはかけ離れているが故に、不安を拭えなかった。
「それに、このキノコたちもなにやら」
不気味な雰囲気が……。
そう続けようとした部下の声を遮って、ラテス王子が目を輝かせる。
「ああ、さすがはメアリ嬢だと思うよ。魔術のセンスも、美術のセンスも素晴らしいな」
「は……?」
殿下は、本気で仰って居られるのですかな?
そんな思いが、顔に出ていた。
慌てて取り繕い、ほうれい線の浮いた頬を引き締める。
「おや、これは失礼。確かに素晴らしいですな。ええ、本当に」
恋は盲目。
私の背中に乗って、白馬の王子様ごっこをしていた殿下も、恋を知る歳になりましたか。
いやはや、私も歳をとりましたな。
そんな思いが、男の脳内を通り過ぎていく。
「それはそうと、殿下。この柵なのですが」
「そちらも素晴らしい配列ですね。私も見習わなくては!」
「……え、ええ、そのようです」
嬉しいような、寂しいような。
そんな思いを胸に、部下の男は目尻の皺を指先で拭っていた。
“メアリの宿”に続く道の両脇には、黒曜石で作ったかのような大木が並び、数多くのキノコたちがお辞儀をする。
先を行く大きなキノコも足を止めてクルリとまわり、深くお辞儀をしてみせた。
「到着した。そういうことかい?」
「「「きゅ!」」」
「うん、なるほど……。何というか。彼女らしいね」
“歓迎・ラテス 様 御一行”
そう書かれた巨大な看板が、ラテス王子を出迎えてくれた。
漆黒の下地に、メアリが書いた美しい文字。
「ようこそおいでくださいました、ラテス殿下! メアリの宿は、あなた様を歓迎いたします!」
メイド服の裾を小さく摘まんだ少女が、落ち着いた微笑みを浮かべて立っていた。
メアリ嬢のお気に入りである事を示すフロックスの花を閉じ込めたブローチが、その胸に輝いている。
「なるほど。キミが手紙にあったリリかな?」
「はい! 本日は見届け人ではなく、メアリ様のメイドとして、案内役を務めさせて頂きます!」
そんな言葉と共に、少女が深々と頭を下げた。
「よろしく頼むよ」
「はい! それでは先を失礼いたしますね!」
元気な声に、洗練された仕草。
それでいて、どこまでも楽しげなたたずまい。
そして何よりも、王宮にいる魔法使いに劣らない魔力が、その小さな身を覆っている。
「僕の魔力じゃ、逆立ちしても勝てそうにないね」
「ぇ……? ラテス殿下、何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもないよ」
「?? そうですか」
惜しむべきは、杖も持たず、魔法の心得がないことくらいだが、まだまだ間に合う年齢だろう。
なるほど、メアリ嬢が欲しがるのも頷ける。
そんな思いを胸に、ラテスは部下の男と肩を並べた。
(セイバス。もし彼女に襲われたら、勝てるかい?)
(ええ、おそらくは大丈夫でしょうな。生まれたばかりのヒヨコには、まだまだ負けませんよ。しかし、周囲のキノコたちも彼女に連携するのであれば、少々厳しい、というのが本音ですな)
(そうか……)
有り得ない事態だとは思うが、少々危うい状況らしい。
周囲は魔の森なので、逃げ場もないのだろう。
「でもまぁ、メアリ嬢の手で死ねるのなら、本望かな」
そんな小さな声が、森のざわめきに消えていった。
最低限の手回しを済ませたラテス王子は、ぷにぷにとしたキノコたちに連れられて、魔の森に足を踏み入れていた。
引き連れる部下は、手紙の言葉に従って最も信頼出来る兵士が1人だけだ。
たった1人だけで王子を守るという大役を担ったその部下が、皺が刻まれた頬を寄せて、渋い声で問いかける。
「ラテス殿下。これが本当に魔の森なのですかな? 私が知る物とはずいぶんと違いますなぁ」
踏み固められた道があり、魔獣の気配も強くない。
安全そうにも見えるが、自分の知る魔の森とはかけ離れているが故に、不安を拭えなかった。
「それに、このキノコたちもなにやら」
不気味な雰囲気が……。
そう続けようとした部下の声を遮って、ラテス王子が目を輝かせる。
「ああ、さすがはメアリ嬢だと思うよ。魔術のセンスも、美術のセンスも素晴らしいな」
「は……?」
殿下は、本気で仰って居られるのですかな?
そんな思いが、顔に出ていた。
慌てて取り繕い、ほうれい線の浮いた頬を引き締める。
「おや、これは失礼。確かに素晴らしいですな。ええ、本当に」
恋は盲目。
私の背中に乗って、白馬の王子様ごっこをしていた殿下も、恋を知る歳になりましたか。
いやはや、私も歳をとりましたな。
そんな思いが、男の脳内を通り過ぎていく。
「それはそうと、殿下。この柵なのですが」
「そちらも素晴らしい配列ですね。私も見習わなくては!」
「……え、ええ、そのようです」
嬉しいような、寂しいような。
そんな思いを胸に、部下の男は目尻の皺を指先で拭っていた。
“メアリの宿”に続く道の両脇には、黒曜石で作ったかのような大木が並び、数多くのキノコたちがお辞儀をする。
先を行く大きなキノコも足を止めてクルリとまわり、深くお辞儀をしてみせた。
「到着した。そういうことかい?」
「「「きゅ!」」」
「うん、なるほど……。何というか。彼女らしいね」
“歓迎・ラテス 様 御一行”
そう書かれた巨大な看板が、ラテス王子を出迎えてくれた。
漆黒の下地に、メアリが書いた美しい文字。
「ようこそおいでくださいました、ラテス殿下! メアリの宿は、あなた様を歓迎いたします!」
メイド服の裾を小さく摘まんだ少女が、落ち着いた微笑みを浮かべて立っていた。
メアリ嬢のお気に入りである事を示すフロックスの花を閉じ込めたブローチが、その胸に輝いている。
「なるほど。キミが手紙にあったリリかな?」
「はい! 本日は見届け人ではなく、メアリ様のメイドとして、案内役を務めさせて頂きます!」
そんな言葉と共に、少女が深々と頭を下げた。
「よろしく頼むよ」
「はい! それでは先を失礼いたしますね!」
元気な声に、洗練された仕草。
それでいて、どこまでも楽しげなたたずまい。
そして何よりも、王宮にいる魔法使いに劣らない魔力が、その小さな身を覆っている。
「僕の魔力じゃ、逆立ちしても勝てそうにないね」
「ぇ……? ラテス殿下、何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもないよ」
「?? そうですか」
惜しむべきは、杖も持たず、魔法の心得がないことくらいだが、まだまだ間に合う年齢だろう。
なるほど、メアリ嬢が欲しがるのも頷ける。
そんな思いを胸に、ラテスは部下の男と肩を並べた。
(セイバス。もし彼女に襲われたら、勝てるかい?)
(ええ、おそらくは大丈夫でしょうな。生まれたばかりのヒヨコには、まだまだ負けませんよ。しかし、周囲のキノコたちも彼女に連携するのであれば、少々厳しい、というのが本音ですな)
(そうか……)
有り得ない事態だとは思うが、少々危うい状況らしい。
周囲は魔の森なので、逃げ場もないのだろう。
「でもまぁ、メアリ嬢の手で死ねるのなら、本望かな」
そんな小さな声が、森のざわめきに消えていった。
27
お気に入りに追加
3,876
あなたにおすすめの小説

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。

【完結】『婚約破棄』『廃嫡』『追放』されたい公爵令嬢はほくそ笑む~私の想いは届くのでしょうか、この狂おしい想いをあなたに~
いな@
恋愛
婚約者である王子と血の繋がった家族に、身体中をボロボロにされた公爵令嬢のレアーは、穏やかな生活を手に入れるため計画を実行します。
誤字報告いつもありがとうございます。
※以前に書いた短編の連載版です。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

妹に婚約者を奪われたので、田舎暮らしを始めます
tartan321
恋愛
最後の結末は??????
本編は完結いたしました。お読み頂きましてありがとうございます。一度完結といたします。これからは、後日談を書いていきます。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ
悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。
残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。
そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。
だがーー
月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。
やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。
それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

転生したので前世の大切な人に会いに行きます!
本見りん
恋愛
魔法大国と呼ばれるレーベン王国。
家族の中でただ一人弱い治療魔法しか使えなかったセリーナ。ある出来事によりセリーナが王都から離れた領地で暮らす事が決まったその夜、国を揺るがす未曾有の大事件が起きた。
……その時、眠っていた魔法が覚醒し更に自分の前世を思い出し死んですぐに生まれ変わったと気付いたセリーナ。
自分は今の家族に必要とされていない。……それなら、前世の自分の大切な人達に会いに行こう。そうして『少年セリ』として旅に出た。そこで出会った、大切な仲間たち。
……しかし一年後祖国レーベン王国では、セリーナの生死についての議論がされる事態になっていたのである。
『小説家になろう』様にも投稿しています。
『誰もが秘密を持っている 〜『治療魔法』使いセリの事情 転生したので前世の大切な人に会いに行きます!〜』
でしたが、今回は大幅にお直しした改稿版となります。楽しんでいただければ幸いです。

赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる