1 / 65
〈1〉解放された日
しおりを挟む
婚約破棄を言い渡されて、断罪も終わった、その日。
「早く進め、クズが!」
公爵家の令嬢であるメアリは、手錠をはめられた状態で、真夜中の王庭を歩かされていた。
元婚約者である王太子に、腕を引っ張られながら、メアリは、ふと、背後に目を向ける。
「……あら? あそこにいるのは、男爵令嬢のマリリンよね? 今日もどなたかとデートかしら?」
「なんだと!?」
吸い寄せられるように視線がそれていき、メアリは淡いドレスの端に隠し持った目薬を目元に近付けた。
手錠のせいで動かしにくい両手をうまく使って、瞳に潤いを貯めていく。
腰まである長い髪を夜風になびかせながら、より大粒の涙へと。
「どこだ? どこにマリリンが!?」
なんて言葉と共に、血走った目を暗闇に向けているけど、こんな場所に男爵家の令嬢がいるはずもない。
夜の王宮に入れるのは、王族とその親族のみ。
元婚約者である王子様は、そんなことすら思い当たらないらしい。
恋は盲目なんて、良く言ったものよね。
なんて事を思いながら、メアリは目元をじっとりと濡らしていく。
出来るだけ弱々しく見えるように。
王子の自尊心を刺激するように。
「あら? 気のせいだったのかしら?」
「……きさまぁ!!」
怒りに燃えた声と共に拳が飛んできて、力の限りに肩を突き飛ばされた。
芝生の上をメアリの体が、ゴロゴロと転がっていく。
元婚約者の行動を予想して自分から横に飛んだから、肩はそんなに痛くない。
たぶん落ち葉なんかが、髪に付いていると思うけど、今はそのままにしておいた方が都合が良かった。
「ふざけた事を言いやがって!!」
弱々しく見えるようにゆっくりと顔をあげると、怒りに燃える目が見下ろしていた。
唇がニヤリと吊り上がり、バカな王子の口から言葉が紡がれる。
「今更泣いても遅いんだよ、クズが!」
どうやら、目薬の仕込みに気付いたらしい。
どう見ても、作戦は成功。
クズ王子は、弱々しいメアリの姿を見て、楽しくなってくれていた。
「お前みたいなヤツに禁固刑なんて生ぬるい罰は取り消しだ! 俺の権限で国外追放にしてやるよ!」
なんて言葉が飛んでくるけど、それも想定内。
そもそも、貴族用の牢屋は城の地下にあるのだから、王庭を歩くはずもなかった。
相変わらず、楽しくなると良く回る口よね。
なんて思いは顔に出さず、メアリは地面に倒れたまま、出来るだけ大きく目を見開いた。
「そっ、そんな! 先ほどの裁判では禁固刑たと!!」
「ふん、そんなもの知ったことか」
鼻を大きく膨らませて、バカな王子がニヤリと笑う。
誇らしげに胸を張りながら、パチンと指を鳴らして見せた。
ギシギシと揺れる音が近付いて、目の前に小型の馬車が停車する。
「この馬車に見覚えはあるかな?」
「え? これって」
予想通り、王国が誇る高速馬車だ。
「お前は魔の森に追放だ!」
くくく、くははははは!
なんて声が、真夜中の王庭に木霊する。
その耳障りな音を右から左に受け流して、メアリが小さく肩をすくめた。
艶のある髪をさらりとかきあげて、冷ややかな視線を向けてみる。
「よかった。あなたが最後まで、バカで」
「なんだと!? おい!」
「さようなら」
彼にほんの少しでも見所があるのなら、国のために頑張ろうかな、なんて思いもあった。
だけど、もう、十分。
パタパタと落ち葉を払ったメアリは、迷いのない足取りで、馬車に乗り込んでいく。
「負け惜しみを言いやがって! 竜に食われながら後悔しろ!」
「あなたこそ、手遅れになって後悔するのね。あなたの政策は、物事の一面しか見えてない。まずはそれを理解しなさい」
民に媚びるだけの政治なんて、無駄でしかないわ。
そんな言葉と共に、ドアをパタリと閉じた。
目の前に並ぶのは、事前に積み込んでいたメアリの私物たち。
決意よし。荷物よし。魔力よし。
「それじゃぁ、行きましょう。パジャマに着替えるから、覗き窓を閉じるわね」
「ぇ? あっ、はい……。……え??」
戸惑う御者を横目に着替えを始めたメアリを乗せて、馬車が真夜中の街道をゆっくりと走り始めた。
「早く進め、クズが!」
公爵家の令嬢であるメアリは、手錠をはめられた状態で、真夜中の王庭を歩かされていた。
元婚約者である王太子に、腕を引っ張られながら、メアリは、ふと、背後に目を向ける。
「……あら? あそこにいるのは、男爵令嬢のマリリンよね? 今日もどなたかとデートかしら?」
「なんだと!?」
吸い寄せられるように視線がそれていき、メアリは淡いドレスの端に隠し持った目薬を目元に近付けた。
手錠のせいで動かしにくい両手をうまく使って、瞳に潤いを貯めていく。
腰まである長い髪を夜風になびかせながら、より大粒の涙へと。
「どこだ? どこにマリリンが!?」
なんて言葉と共に、血走った目を暗闇に向けているけど、こんな場所に男爵家の令嬢がいるはずもない。
夜の王宮に入れるのは、王族とその親族のみ。
元婚約者である王子様は、そんなことすら思い当たらないらしい。
恋は盲目なんて、良く言ったものよね。
なんて事を思いながら、メアリは目元をじっとりと濡らしていく。
出来るだけ弱々しく見えるように。
王子の自尊心を刺激するように。
「あら? 気のせいだったのかしら?」
「……きさまぁ!!」
怒りに燃えた声と共に拳が飛んできて、力の限りに肩を突き飛ばされた。
芝生の上をメアリの体が、ゴロゴロと転がっていく。
元婚約者の行動を予想して自分から横に飛んだから、肩はそんなに痛くない。
たぶん落ち葉なんかが、髪に付いていると思うけど、今はそのままにしておいた方が都合が良かった。
「ふざけた事を言いやがって!!」
弱々しく見えるようにゆっくりと顔をあげると、怒りに燃える目が見下ろしていた。
唇がニヤリと吊り上がり、バカな王子の口から言葉が紡がれる。
「今更泣いても遅いんだよ、クズが!」
どうやら、目薬の仕込みに気付いたらしい。
どう見ても、作戦は成功。
クズ王子は、弱々しいメアリの姿を見て、楽しくなってくれていた。
「お前みたいなヤツに禁固刑なんて生ぬるい罰は取り消しだ! 俺の権限で国外追放にしてやるよ!」
なんて言葉が飛んでくるけど、それも想定内。
そもそも、貴族用の牢屋は城の地下にあるのだから、王庭を歩くはずもなかった。
相変わらず、楽しくなると良く回る口よね。
なんて思いは顔に出さず、メアリは地面に倒れたまま、出来るだけ大きく目を見開いた。
「そっ、そんな! 先ほどの裁判では禁固刑たと!!」
「ふん、そんなもの知ったことか」
鼻を大きく膨らませて、バカな王子がニヤリと笑う。
誇らしげに胸を張りながら、パチンと指を鳴らして見せた。
ギシギシと揺れる音が近付いて、目の前に小型の馬車が停車する。
「この馬車に見覚えはあるかな?」
「え? これって」
予想通り、王国が誇る高速馬車だ。
「お前は魔の森に追放だ!」
くくく、くははははは!
なんて声が、真夜中の王庭に木霊する。
その耳障りな音を右から左に受け流して、メアリが小さく肩をすくめた。
艶のある髪をさらりとかきあげて、冷ややかな視線を向けてみる。
「よかった。あなたが最後まで、バカで」
「なんだと!? おい!」
「さようなら」
彼にほんの少しでも見所があるのなら、国のために頑張ろうかな、なんて思いもあった。
だけど、もう、十分。
パタパタと落ち葉を払ったメアリは、迷いのない足取りで、馬車に乗り込んでいく。
「負け惜しみを言いやがって! 竜に食われながら後悔しろ!」
「あなたこそ、手遅れになって後悔するのね。あなたの政策は、物事の一面しか見えてない。まずはそれを理解しなさい」
民に媚びるだけの政治なんて、無駄でしかないわ。
そんな言葉と共に、ドアをパタリと閉じた。
目の前に並ぶのは、事前に積み込んでいたメアリの私物たち。
決意よし。荷物よし。魔力よし。
「それじゃぁ、行きましょう。パジャマに着替えるから、覗き窓を閉じるわね」
「ぇ? あっ、はい……。……え??」
戸惑う御者を横目に着替えを始めたメアリを乗せて、馬車が真夜中の街道をゆっくりと走り始めた。
8
お気に入りに追加
3,867
あなたにおすすめの小説
絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」
まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05
仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。
私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。
王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。
冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。
本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~
通木遼平
恋愛
この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。
家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。
※他のサイトにも掲載しています
継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。
継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。
しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。
彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。
2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる