公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン

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〈2〉念願の自由な森!

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 婚約破棄から2日が過ぎた、その日。

 公爵家の令嬢であるメアリは、鬱蒼とした森の中で歓喜の声をあげていた。

「右も左も緑色! 最高!!」

 淡い色のドレスに身を包んだ手足を大きく広げて、森の空気を全身で感じる。

 腰まである長い髪が、清々しい風になびいていく。

「小言を言うお母様も、世間体しか興味がないお父様も、馬鹿な婚約者もいない空間! 幸せだわ!」

 ん~、と大きく伸びをして、落ち葉の上にパタンと倒れ込んだ。

 無造作に伸びた黒い葉や枝が視界を覆い、森の奥から魔獣の遠吠えが聞こえてくる。

 木の根に押し上げられた地面が、メアリの背中を押し返す。

「安らぐわぁ。日々の疲れが抜けるってこういう事なのね」

 いやいやいやいや!
 どう考えても違うから!

 安らぐわけねーだろ!

 魔獣に食い殺されるぞ!?
 永眠すんぞ!!

 なんてツッコミを入れる者も、ここにはいない。

 誰からも注意されることなく全身から力を抜いたメリアが、はふぅ、と幸せそうな吐息を漏らしていた。

 何度も言うが、ここは罪人を罰する流刑の地。

 人を餌にする魔物や植物、野生の竜が生息する代わりに、ふかふかのベッドどころか壁も天井もない場所だ。

 ここに送られた罪人の100人に100人が絶望し、見えない執行人の姿に最後の瞬間まで脅え続ける最悪の処分場。

 なのだが、

「なんて素敵な場所なのかしら。幸せが詰まってるわ」

 どうやら彼女だけは例外らしい。

 落ち葉の上で手足をバタバタさせて、ゴロゴロ転がり、木の根に背中をぶつける。

 死に装束であるドレスの汚れも気にならないらしく、口元に手を当てて、ふふっ、ふふふ、と上品に笑っていた。

「あら? 新天地のお家・・に初めてのお客様かしら?」

 そうして、ふと見上げた先に見えたのは、木々の隙間を抜け出してくる12歳くらいのメイドの姿。

 はじめて見る少女なのだが、予想は出来る。

 恐らくは、見届け人ーーメアリの無残な最後を書き記す役目を押し付けられた人物だろう。

 給金は悪くないが、常に命の危険がある。

 無事に帰れたとしても、罪人を見殺しにする罪悪感から心に深い傷を負うものが多かった。

 それ故に、可哀想な身の上の者ばかりが押し付けられる。

 そんな彼女は、

「満喫してる……。生きたまま魔物に食われる場所で笑ってる……。やばい、あの人、絶対にやばい……」

 森林浴をするメアリの姿にドン引きしていた。

 ショートボブの髪を両手で握り、幼さを感じさせる大きな瞳に困惑の色が浮かんでいる。

 何だかとても可愛らしい。

 それ故に、メアリも思わず声をかけていた。

「アナタも一緒に寝るかしら? 気持ちいいわよ?」

「ひっ! い、いえ、結構です!!」

 ビクン、と肩を揺らした少女が、笑みをひきつらせて後ずさる。

 まだ昼間とは言え、死と隣り合わせの場所で寝られるはずもないのだろう。

「あらそう? それは残念。お茶もお菓子もない場所だけど、ゆっくりしていってね」

 なんて言葉を口にしながら、メアリはもう一度、ゴロンと寝そべった。

「流刑地記録、初日。姫が壊れる。刑の執行も近いだろう」

 そんな言葉と共に筆を走らせる音が聞こえてくるけど、気にしない。

 それが彼女の仕事だから。
 
「どうか、安らかな最後を」

 ペコリと頭を下げた少女が、憐れみの視線を残して近くの村へと帰っていく。

 いつ竜に襲われるとも知れぬ場所に、長居など出来ない。

 そうして再び1人きりになった処分場に、

「バカな王子が派遣したメイドにしては、素直な良い子ね。ちょっとビックリしちゃったわ……。さてと、何から作ろうかしら?」

 メアリの楽しげな声が、溶け込んでいった。
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