上 下
47 / 57

〈47〉ボンさんを王都に帰すよ。

しおりを挟む

 所狭しと木々が生い茂った森の奥は、どこもかしこも薄暗い。

 太陽の光が葉に遮られているせいで、地面はぬかるみ、苔や小さなキノコが人々の足を滑らせる。


 だけどそれは、地上での話しだ。

 日当たりのいい枝を選びながら木の上を進む俺には、地上の状況なんて関係ない。

 進めば進むほど木々の密度が高くなるおかげで、むしろ進み易いくらいだ。

 だからだろうか。

--パン、パン、パン!

「!!」

 不意に聞こえた空砲に、思わず足を止めてしまった。

 やばい!

 そう思った時には、もう遅い。

ーーペキッ。

 足元で、小さな音がした。

 普段なら気にならない音だけど、森の奥ここじゃ命取りだ。

 慌ててその場を飛び退いて、太い幹に背中を預ける。

 息を殺しながら、意識だけを周囲に向けていく。

 物音はしない。

 獣が動く音もしない。

 感じるのは、風に揺れる木の葉の音だけだ。

(助かったみたいだな……)

 ふぅ、と冷や汗を拭う手が、小さく震えていた。

 森に入って4日。

 疲労は仕方ないとしても、気の緩みはやばいな。

(俺も早いとこ、ボンさんを見つけないと死ぬな……)

 心の中でそう呟きながら、地上にある足跡を流し見る。

 空砲が鳴ったと言うことは、リリの要請を受けた第4王女が動いてくれたんだろう。

--だけどそれは、今すぐどうこうなる物じゃない。

 仮に、あの女騎士や鎧の集団がすぐに動けたとしても、ここまでは遠いからな。

 木の上を進む俺と違って、魔物を倒しながら安全に進むだろうし。

 最短で7日、ってところか。

 まぁでも、これで一安心ではある。

 王女が動いてくれたのなら、俺の飯の種ギルマスの地位は安泰だろうし。

 責任を取らされて殺される、なんて未来もないはずだ。

 あとは、俺が何処まで攻めるか。

--飯が確保出来たのなら、ボンさんを見捨てて帰えってもいいよな。

 正直な話し、それが正解だと思う。

 だけど、高級ステーキのチャンスも捨てがたい。

 国営ギルドのトップが差し出すお礼の飯なら、絶対うまいに決まってるからな。

 それこそ、命を懸ける価値があるレベルだろ。

 でも、死んだら飯は食えなくなる。

--どうする?

 何処まで攻める?
 今すぐ帰るか?

 だけど、最高級のステーキが俺を--


「くそ! とうなってんだ!」

 !!!!

 男の声!?

「雑魚のくせに、湧きすぎだろ!」

「黙って走れ! 死にてぇのか!!」

 今のはボンさんの声だな!

 前方から、ガチャガチャと鎧が擦れ会う音が聞こえてくる。

 何かに追われて、走っているように聞こえる。

「雑魚なんてればいいだろ! このままヤツらを殺して--」

「憶測で動な!! 反転は、敵の戦力を見極めてからだ!」

「……チッ」

 見えていなくても、苛立つ顔が思い浮かぶ。

 どうやら、かなり緊迫した状況らしい。

 このまま手紙を渡しに行っても、巻き込まれて死ぬ可能性が高そうだ。

 まずは、現状をどうにかしないと。

 そんな思いで、大きく息を吸い込んだ。

「ボンさん! お届け物です!」

「「「!!!!」」」

「止まるな! 走り続けろ!!」

 どうやら、俺の存在に気付いてくれたらしい。

 音がする方に近付いていくと、強烈な血の臭いが漂っていた。

 ボンさんを殿しんがりにして、10人の男たちが逃げ続けている。

 巨大なリュックを担ぐ2人が、今にも倒れそうな疲労感を漂わせていた。

--ルーセントさんに聞いた通りの人数がいる。

 まだ誰も、朽ち果てていないらしい。

 本当は1人2人減っていた方が、危機感が高まって、お礼にかける金額も上がると思うけど、まぁ仕方がないか。

 それに『何でもっと早く! お前のせいでアイツは!!』なんて面倒もごめんだからな。

 わざとゴソゴソと音を立てて、男たちの進路のみ先に降りていく。

「人間!?」

「……“占い師”!?」

 どうやら、俺を知る者もいるらしい。

 まぁ、冒険者ギルドで悪目立ちしているから、当然か。

「川に案内します」

 それだけを言い残して、また木に登る。

 チラリと振り向くと、ボンさんの背中を追いかける無数のスライムの姿が見えた。

 ざっと見ただけでも80匹以上。

 確かに雑魚だが、数は脅威だ。

「なっ!?」

「あいつ、木の上を!?」

 驚く声を聞きながら、1本、2本と枝を渡って振り返る。

「世話になる! 死にたくないヤツは、全力でアイツの背中を追え!」

「なっ!? 正気か!? “占い師”だぞ!? あんな雑魚に--」

「お前が案内するか!? 木に登って先行出来る、ってなら、止めはしねぇよ。それとも、残りたいヤツだけで反撃すんのか?」

「…………ちっ」

 どうやら、決まったらしい。

 どうにも睨まれているけど、弓は持ってなさそうだから、背後から突然射抜かれたりなんてしないだろう。

「ついてきてください」

 出来るだけ見通しの良い場所を選んで、川の匂いがする方へ。

 鎧や荷物、悪路のせいで鈍い男たちと歩みを合わせて、川まで引っ張っていく。

「……あいつ、何者だ?」

「“占い師”じゃなくて、猿だったんじゃないか?」

「ありえるな……」

「……ちっ! 俺は認めねぇからな……」

 無駄口叩く暇があるなら、早く走れよ。

 でもって、早くお礼の飯を寄越せ。

 そう思いながら、玉砂利の上に降りたった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】女が勇者で何が悪い!?~魔王を物理的に拘束します~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:63

異世界ダンジョン経営 ノーマルガチャだけで人気ダンジョン作れるか!?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:250

マルヴィナ戦記3 赤熱の大地と錬金術師

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:2

銀の魔術師

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:146

【完結】月の行方

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:19

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:144

処理中です...