上 下
53 / 74

<53>

しおりを挟む
 肩を撃たれてから1ヶ月が経ったその日。

「ここかな?」

「はい。……たぶんですけど」

 学校から届いた案内に目を落とす結花と肩をならべながら、俺は明かり1つない5階建てのビルを見上げていた。

 時刻は夜中の1時を少し過ぎたくらい。

 場所も大通りからはずれているため、辺りにいるのは俺たちだけだった。

 街灯から漏れ出る小さな音だけが、俺の耳に聞こえている。

――――――――――――――

受注クエスト

武蔵浦和むさしうらわ駅 近くのビルに出没する魔物の討伐

 危険度 Cランク

――――――――――――――

 手元には、そんな文字が浮かんでいた。

 ペアを結成してから初めてとなるクエストは、真夜中の生放送。

 ケガと特訓で1ヶ月も休んだ結果、学年で最下位となった俺たちに選べる唯一のクエストがこれだった。

 何人ものクラスメイトを返り討ちにしたモンスターと、視聴者のいない時間帯に戦う。
 言ってしまえば、最低賃金の夜間勤務だ。

 だけどまぁ、不人気な方が下手に反応を意識しなくて良い分、復帰戦にはちょうどいいと思う。

 少しだけ違和感の残る肩をゆっくりと回した俺は、スーツのポケットからサングラスを引っ張り出して瞳を覆った。

「始めようか。準備は良いかな?」

「わわっ、ちょっと待ってください」

 手元の文字を消して、結香がわたわたと胸ポケットに手を伸ばす。

「……うん。大丈夫です」

 妹たちからのプレゼントだと言うガイコツのキーホルダーをぎゅっと握りしめて、結花が小さく微笑んでくれた。 

 そんな彼女の頭に手を伸ばして、ふわふわの髪を優しく撫でる。

「普段通りの結花で大丈夫だよ。キミの可愛らしさを視聴者にも見せてあげよう。本当は俺だけの秘密にしたいんだけど、それはそれでもったいないからね」

「は、はい……」

 手のひらの影で頬をほんのりと赤らめた結花が、すこしだけ視線をそらしながら頷いてくれた。

 そんな可愛らしい彼女から視線を外して、ここまでガラガラと引っ張って来たキャリーバッグに手を伸ばす。

 静脈認証に続けてボタンを押すと、パカリと開いたバッグの中から、4機のドローンがふわりと飛び立った。

 ゆっくりと視線の高さにまで舞い上がり、俺や結花の周囲をグルグルと回り始める。

 結香が右手を大きく掲げると、取り付けられたカメラが結花の姿をとらえた。

 ドローンたちに赤いランプが灯り、結花がすこしだけ胸を張る。

「皆さん今晩は。1年2組の水谷 結花みずたに ゆかです。今日は武蔵浦和から生放送でお送りします」

 普段通りの可愛らしい笑みを浮かべて、結花がカメラに向かって話しかける。

 そんな彼女の姿を横目に手元を流し見ると、『閲覧数2人』と言う文字が浮かんでいた。

ーーまどか、まな、ゆい、お姉ちゃん、頑張るね。

 そう小さくつぶやいて、結香がキーホルダーをふわりと浮かべる。

 結香の体をキラキラとした光が覆った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...