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〈51〉
しおりを挟む傷が開くといけないからと保健室を出た水谷結花は、前を歩く榎並 京子を小さな声で呼び止めていた。
宇堂先生を視界の端に見送って、結花はすー……と息を吸い込む。
「ごめんなさい。私、榎並さんのこと、誤解してたみたくて……、えっと……」
入学式からずっと、彼女とは仲良くなれないと思っていた。そのせいで、クラスメイトと一緒に遠くから眺めていただけだった。
竜治さんに銃口を向ける姿が気に入らなくて、ムッとしたりもした。
そのすべてに理由があったなんて、思いもしなかった……。
そんな感情を言葉にしようと呼び止めたのだけど、凛とした榎並さんのたたずまいに言葉が出てこない。
「いいえ、水谷さんの勘違いではないわ。私があの男を嫌いなのは本心よ」
「ぇ……?」
聞こえて来た言葉に、思わず目を開く。
「竜治さんが嫌い……? なんで……」
知らないうちに言葉が口から漏れていた。
目の前の榎並さんが、クスリと笑って目を閉じる。そして大きく息を吐き出した。
「めぐみに、似てるのよ」
「ぇ……?」
「もちろん見た目じゃないわ。誰でも守ろうとする姿勢がソックリなの」
「…………」
それの何がいけないのだろうか。
榎並さんの意図が計れなくて、思わず首を傾げてしまう。
どこか遠くを見るような目で、榎並さんが小さく微笑んでいた。
「私はずっと弱かったわ。いいえ、今もずっと弱いままね。そんな私をめぐみは守ってくれたのよ。自分が傷付いてもお構いなしで、可愛い顔に傷が付いても楽しそうに。……事故が起きたあの時も、めぐみは私を守ったわ。私の気持ちなんて何にも知らないで……」
そう語る榎並さんは、どこまでも悲しく、寂しそうに、それでいて自慢気な表情を浮かべていた。
「入学テストであなたの盾になったアイツを見ているとね。どうしても同じに見えるの」
「…………」
「もう遅いかも知れないけど馬鹿な先輩として忠告するわ。奴らはみんな、勝手に庇って、勝手に傷付くわ。そして勝手にいなくなるの。私たちの気持ちなんて知らないで」
私との殺し合いも、あいつはひとりで来たでしょ? あなたをひとりだけ部屋に残して。
そう言って、榎並さんはじっと見つめてくる。
だけどそれは、ただただ問題の表面をなぞているだけの、芯のない言葉のように聞こえていた。
「今のうちに逃げておきなさい。もしくは……」
彼の隣に並べるように強くなるか。
その言葉は聞かなくてもわかっていた。
勝手に守られて、勝手に傷付いて、勝手に居なくなる。
そんな相手ならたしかに嫌いになるかも知れない。
好きなまま、嫌いになるかも知れない。
「あなたはあれだけの努力を続ける理由があるのよね? アイツはきっと周囲の問題に首を突っ込むわ。それはアナタの夢から遠回りしているのではないかしら」
「遠回り……」
かけられた言葉に思わず視線がそれた。
榎並さんの言う通り、私には夢がある。
何を犠牲にしてでも成し遂げたい夢が。
だけど……
「似た者同士の榎並さんにお願いがあります。親友さん探し、私もお手伝いしても良いですか?」
「……私の話を聞いていたのかしら?」
「聞きました。私の夢は魔女になることなんです。でも、今日から新しく友達になる親友の夢も一緒に叶えても良いですよね?」
もちろん純粋な気持ちだけじゃなくて、打算的で嫌いな私の気持ちも入っている。
だけど、親友になれそう、って感情はきっと純粋な物だと思うから。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか。
「……あいつでもダメだったら私のところに来なさい。アドバイスくらいは出来るわ」
クルリと背を向けた榎並さんが、そんな言葉を残してくれた。
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