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3巻

3-3

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「ちょっとだけ、寄りたい場所があるんだ」

 横道に逸れることになるが、時間的にはたいしたロスではない。
 うまく行けば儲けもの。ダメでもリスクは少ない。
 俺たちは大通りを外れて裏路地へ。そのまま、狼の化物を見つけた屋敷の方へと向かう。

「この辺でいいかな」

 立ち止まってから、俺は言う。念のためにもう一度周囲を見渡したが、人の気配はどこにもない。

「それで? こんなところまで来て、何をするつもりなのよ? 聞き込みどころか、誰もいないじゃない」

 不満げなマルリアに、俺はニヤリと笑ってみせる。

「まあ、そうなんだけどさ。この辺りが、帝都の中心に当たる位置だって話を聞いてさ。薄く広くにはなるんだが、試してみようと思うんだ」

 俺は軽く目を閉じて、腹の中に魔力を溜め込んでいく。
 薄く、広く、より遠くへ届くように。せめて名前だけでも、鑑定できるように……!

「ちょっ、ちょっと、待ちなさいよ! 試すって何をするつもりなの⁉」
「何って、帝都全体を鑑定してみようかと」

 俺にできることは、鑑定だけだからな。
 もし失敗しても人がいないこの場所なら、鑑定に関する機密がバレる心配もない。
 ――そう思った矢先だった。

「――っ⁉」

 吐き気を伴う気持ち悪さが、俺の全身を駆け抜けた。
 これはなんだ⁉ 不気味な気配を持つ恐ろしい何かが、鑑定に引っかかった⁉
 気持ち悪さを押し込めながら、なんとかリリの杖に掴まる。
 冷や汗が流れ落ち、動悸どうきが全身を脈打っているのを感じた。
 そんな俺を、リリとマルリアが不安げに見つめていた。

「あっ、アルト様……?」

 俺はリリの口を慌てて手で押さえる。
 大きく首を横に振り、唇に人差し指を立ててみせた。
 そうして見上げた先――大きな屋敷の窓越しに、中に人がいるのが見えた。
 先ほどの異様な気配は、あそこからだ。直感した。とにかく存在がバレたら、どうなるか分からない――そう思った矢先、正面の角を曲がり、こちらに歩いてくる先輩たちの姿が見えた。

「なっ――!」

 当然ながら屋敷の中の存在に気付くことなく、歩道を普通に歩いている。物陰に隠れるような気配はない。
 やばい。やばい、やばい、やばい! どうにかしないと!
 そんな思いを胸に、震える足に力を入れて走り出す。リリとマルリアもついてきてくれている。

「先輩、リリの杖を!」

 先輩に向かってそう言いながら、俺は体内の魔力を高めていく。リリは一瞬でその言葉の意味を理解して、先輩たちの方へ杖を突き出した。
 俺は鑑定の魔力を逆回転させることで存在を認知できなくする、隠ぺい術を会得している。
 その効果範囲は俺だけではない。杖に触れている者であれば一緒に隠れられるのだ。
 ――間に合え!
 驚きと戸惑いの表情をしながらも、先輩たちはリリの杖に触れてくれた。それを見て、俺は全員を覆い隠すように、全力で魔力を逆回転させる。
 頼むから、見つかるなよ!
 しかし、その祈りとは裏腹に屋敷の窓が、ゆっくりと開く。


 ☆★☆★☆


【アンメリザ視点】


 平民の男に窓を開けさせた俺様は、窓の外に目を向けて、ショートケーキを頬張った。
 目の前で窓の外をぐるりと見回したそいつが告げる。

「敵影、ありません!」
「なーにが、『人の気配がしますね。どなたか、索敵を』だよ。無能王子が!」

 苛立いらだちをそのまま吐き出す。
 無能の第四王子が訳の分からないことを言い出したせいで、わざわざ敵を探さなくてはならなくなったのだ。まったく、忌々いまいましい。
 俺様は不愉快な気持ちのまま、視線を手元にある商人から渡されたつぼへと向ける。
 重くて邪魔な壺だが、神が俺様の命を救うために渡してきたという触れ込みだった。俺様が死ぬのは、世界規模の損失だ。それについては納得できるが、重いのは気に入らない。
 俺様はその苛立ちを第四王子に向けることにした。

「無能王子め……無能なくせに文句ばかり言いやがって!」

 平民の国に入るなり『敵にバレないように変装するべきでしょう。ここは敵地です』だの。本拠地を借りようとすると『目立ちすぎではないですか? 分散してひそむ方が、敵の目をあざむけます』だの。文句ばかり言いやがる。

「なーにが、妥協策だ! こんなボロい屋敷に決めやがって!」

 椅子を蹴り飛ばすが、気は晴れない。
 第四王子としての命令だとかなんとか言い出した時に、切り刻んでやればよかった。
 そう思うが、書類上は代表があの無能王子だということになっている。あいつが途中で死ねば、任務は失敗。俺様の昇級が水の泡となる。
 まったく、腹立たしい!
 俺様はストレス解消に、先ほど窓を開けさせてやった平民を蹴りつけてから、叫ぶ。

「任務が終わり次第、毒殺だな!」

 あんな奴の名が王族に刻まれているなど、国のためにならない。

「おい、そこのお前。暗殺者の手配をしろ。とびきりの奴をな!」
「‼ かっ、かしこまりました!」

 先ほど蹴ったのとは別の平民が、ビクンと肩を振るわせて、大慌てで走っていく。
 貴族じゃない奴は、怯える姿も気持ち悪い。だが……

「無能の第四王子は、そんな奴らにくみするのだからがたい」

 王族が平民に微笑みを向けるだなんて、意味が分からない。あいつは頭のネジが外れてやがる。
 お前は本当に、国王陛下の息子なのか? そう問い詰めたいくらいだ。

「あっ、アンメリザ閣下。少々、声が大きいかと思われます。万が一、殿下に聞かれた場合を考えますと……」
「あ゛⁉」

 コイツは今、なんと言った?

「平民の分際で、俺様に指図してんじゃねぇよ!」

 壺を片手に持ち替えて、空いた手で平手打ちをする。
 パチンといい音はしたが、無能のせいで、俺様の右手が痛い。

「そこのお前。コイツを殺してこい」
「おっ、おまちください。アンメリザ閣下! 私は、ただ――」

 連れていかれる無能が何かを叫んでいたが、聞く必要はない。
 俺様に痛みを感じさせたんだ。死刑以外に、道があると思っているのか?

「やはり平民は、考える能力がないクズだな」

 大きく息を吐き出して、ソファーにどっしりと体を沈める。そして天井を仰いで、目を閉じた。

「お前ら、無能な王子様がぐだぐだ言い出す前に窓を閉めとけよ。あれでも一応は王族だ」
「はっ! かしこまりました」

 窓が閉まり、遠距離武器を防ぐための木の板が打ち付けられる音を聞きながら、俺様は呟いた。

「……俺様は、何をさせられているんだろうな」

 平民の国に行けと言われて、隠れ住むような貧相な暮らし。上司も周囲も無能ばかり。
 子爵になるためとはいえ、面倒が過ぎる。

「それもこれも全て、勝手にいなくなった鑑定士の責任だ」

 一刻も早く捕まえて、陛下の前に突き出す。そのうえで、切り刻んでやろう。

「で? 逃げ出した鑑定士は見つかったのか?」
「そっ、それなのですが、未だに――」

 などと、騎士の男が言葉を続けようとした矢先、部屋のドアが慌ただしく開かれた。

「しっ、失礼いたします。お部屋に第四王子――ミルカ様の姿がありません」

 肩で大きく息をするメイドの報告に、俺様の口から溜め息が漏れていく。
 無能の四男様がふらっといなくなるのは、これで五度目か。さすがクズだな。

「放っておけ」
「ぇ……?」
「全員で鑑定士の捜索だ。ミルカ様もそれを望んでおられる!」

 ギロリとメイドを睨むと、慌てて頭を下げて、部屋を出ていった。
 腐っても王族だ。捕まったとて、簡単には殺されないだろう。
 今はそんなことよりも、俺様の任務の方が優先。無能に構っている時間はない。

「今日中に見つけ出せ! 見つからなかった場合、誰かが死ぬと思えよ!」

 一秒でも早く母国に帰る。平民の国などに、長くいられるものか!


 ☆★☆★☆


 屋敷の窓に木の板が打ち付けられる様子を見上げながら、ゆっくりと息を吐き出す。
 緊張でこわばっていた指を一本ずつはがすように開いて俺、アルトはリリの杖から手を放した。
 未だに指先や手足が震えていて、自分の弱さを自覚させられる。

「……どうにかバレなかったな。面倒事にならなくてよかった」

 そう言って笑ってみせたが、正直まともに笑えている自信はない。
 窓越しに見えたのは、アンメリザの部下だった。ということは帝国に潜り込んだ貴族はアンメリザだということなのか!? あいつが、何故ここに⁉
 そんな思いばかりが脳内を巡り、考えがまとまらない。
 すると、不意に誰かの手が伸びてきて、俺の手を持ち上げて包み込んだ。

「えっと、あの……大丈夫です! 頼りないかもですが、頼ってください!」

 今にも泣き出しそうなリリが、真っすぐに俺の目を見上げていた。
 温かくて、柔らかい。それでいて、どことなく不安そうな表情。

「アルト様なら大丈夫です。本当に微力ですが、私も頑張りますから」

 羊のつのを揺らして、リリは笑う。
 そんなリリの隣にいたマルリアがゆっくりと歩き出して、何故か俺の後ろに回る。
 どうかしたのか? と思っていると、背中をバシリと叩かれた。

「自分の気持ちを押し殺してまで、周囲を気にしてんじゃないわよ! まったく! バカなんだから!」

 そう言ってから背中を撫でる彼女の手はとても温かくて、不器用な優しさを感じる。

「早めに離れた方がいいんでしょ? さっさと行くわよ」
「……そうだな、逃げようか」

 頼もしい部下に背中を押されて、俺は元上司がいる屋敷の前から逃げ出した。


 来た道を先輩たちと一緒に戻り、住宅地を抜けて、大通りに出る。
 帝都の街には、相変わらず幸せそうな声が飛び交っていて、人々は買い物を楽しんでいる。
 その光景のおかげか、リリとマルリアのおかげか、ずいぶんと落ち着けたと思う。

「それで? さっきはどうしたのよ? お屋敷の窓から顔を出した奴に、何か心当たりでもあるの?」
「ああ。あいつは俺の元上司――王国の貴族だよ」

 マルリアの質問に対し、俺はマルリアとそれからリリだけに聞こえるように声をひそめて答えた。しかし、二人とも驚愕のあまり大きな声を上げてしまう。

「なんですって⁉ あいつが入り込んだ貴族ってこと⁉」
「もしかして、アルト様を連れ戻しに来たんですか⁉」

 その声を聞いた周囲から一斉に視線が向けられる。
 先輩たちは少し離れたところにいたから、内容までは聞こえていなかっただろうが、事態の深刻さは伝わったようで、「どうしたんだ」と目で訴えている。俺が大丈夫だ、とジェスチャーで伝えると、不承不承ふしょうぶしょうといった感じではあるが、ひとまず追及はしないでいてくれるみたいだ。
 俺は二人に向き直って言う。

「話の続きは、オーナーのところに到着してから。それでいいか?」
「そう、ね。気にはなるけど、それでいいわ」
「叫んでしまって、ごめんなさいでした……」

 二人とも大声を出してしまったことを恥じているようで、俯きながらの返事だ。
 俺はそんな二人の頭を軽く撫でる。

「二人の意見も聞きたいんだ。昔話も含めて、報告の時に全部話すよ」

 面白い内容じゃないから、部下には王国でどのように扱われていたかを話していない。だが、入り込んだ貴族がアンメリザなら、言わないわけにもいかないだろう。
 どうせなら、フィオランとマイロくんにも一緒に聞いてもらった方がいい。
 そう考えていると、マルリアが心配そうな視線を向けてくる。

「無理はしてないのよね?」
「もちろん。俺のちっぽけなプライドが傷付くくらいだな」
「そう。あんたが納得しているのなら、いいわ。ちゃんと最後まで聞いてあげるから、小さなことも漏らさずに存分に語りなさい」

 ふん、と顔を背けたマルリアが、もじもじと自分の髪の毛をもてあそぶ。
 俺は二人に微笑みかけた。

「心配かけてごめんな」
「いっ、いえ、私の方が、ずっと心配をかけているので! えっと、えっと……」

 リリがあたふたしながら、言葉を探すように視線をさまよわせる。マルリアは照れたように顔を背けたままだ。
 その姿を見ているだけで、心がずいぶんと落ち着く。
 それから俺たちは、街の中をゆっくりと歩いて帰ったのだった。
 そういえば結局、コネを使うまでもなかったな……


 カランカランと鳴る鈴の音を聞きながらドアを開けると、珈琲の香りに包まれる。
 時間が経ったこともあり、店内の雰囲気は出発前の剣吞けんのんなものではなく、いつもの明るい雰囲気に戻っていた。
 俺たちと一緒に戻った先輩が、オーナーに声をかける。

「ただいまっす、オーナー。今日も無事に帰ってきました。いやー、後輩が優秀すぎて困りますわ」
「ぶははは。早くも後輩に助けられてんのか? まぁ、お疲れさん。いつものやつでも飲んどけ」
「うっす。いただきます」

 こんな感じでそれぞれ帰還の挨拶を軽く済ませ、先輩たちは奥のボックス席に着く。
 すると、オーナーは俺たちに向き直る。

「おまえらも特製ドリンクな。報告会は残りが帰ってきてからにすっから、一緒に座っとけ」
「分かりました」

 潜入者に関して重大な情報を得たことは、端末を通して、あらかじめ全員に伝えた。
 しかし、どう話そうか……
 そんなタイミングでカランカランと鈴の音が鳴り、ほっとした顔で笑うフィオランとマイロくんが入ってきた。その後ろには、サーラや先輩たちの姿もある。

「おう。そっちも全員が無事みたいだな」

 オーナーがそう声をかけると、先輩の一人が感心したように言う。

「ええ、まぁ。新人に助けられるほど、ギリギリでしたけどね。サーラちゃんとフィオランちゃんの連携、マジやばいっすわ」
「ほぉ? そうなのか?」
「うっす。俺っちのピンチに、颯爽さっそうと現れたフィオランちゃんが、弓で、スコン、スコン、スコン。サーラちゃんが、剣でずこーん! マジでやばかったっす!」
「……とりあえず、すごかったってことだけは伝わってきた。ひとまず奥に行っとけ」
「うぃーす」

 なんとなく言いたいことは分かったが、あの人も正規兵だよな? いや、まぁ、いいんだが。
 それにしても、フィオランたちのグループは戦闘があったのか……

「アルトくん? どうかしたの? 何か、つらいことでもあった?」

 こちらの席まで歩いてきたフィオランは、開口一番にそう言った。

「……まぁ、ちょっと、な」

 すぐに俺の内心を見抜いたフィオランに驚いて一瞬言葉に詰まったものの、なんとかそう返す。
 リリやマルリアにも指摘されたが、今の俺は、そんなにひどい顔をしてるのか?
 マイロくんも、不安そうに俺の顔を見ているし……

「報告の時に、一緒に言うよ」
「……分かったわ。無理はダメだからね? お姉さんと約束して」
「ああ、分かってるよ」

 この街に来て色々と吹っ切れたつもりだったが、あの国で働かされていた時の嫌な記憶は消えたわけではない。きっと心の奥底にトラウマとして染み付いているんだろうな……
 少しして、オーナーが俺たちに呼びかける。

「ほれ、できたぞ。持てる奴は、自分で持ってけ」

 オーナーの手にする珈琲カップの中では、緑と赤が混じり合った液体がぼこぼこと泡を立てていた。

「……オーナー。これは?」

 俺が聞くと、オーナーは得意げに胸を張る。

「髭おやじの特製ドリンクだ」

 いえ、名前なんて聞いてません。知りたいのは、中身です。
 しかし、オーナーはそれ以上説明を続ける気はないようで……

「ほれ、報告会始めるぞ」
「……了解です」

 オーナーに促されるままトレーを両手に持って、先輩たちの前へ。
 怪しいドリンクを先輩たちの前に並べていく。

「おっ、悪いね。持ってきてもらっちゃって」
「いっ、いえ。雑用は新人の仕事ですから。どうぞ……」

 ドリンクをリリたちの前にも置いて、俺も席に着いた。

「アルト様、すいません! 運ばせてしまって! それで……こちらの、飲み物は?」

 リリが聞いてくるが、そんなの俺が知りたいくらいだ。

「髭おやじの特製ドリンクだそうだ」
「そっ、そうですか」

 そんな俺たちを後目しりめに、先輩たちは躊躇ためらいもせずにすごい勢いで特製ドリンクを飲み始めた。

「ぷはぁー。警邏のあとはこれだねぇー」
「ですねー」

 楽しそうに笑いながら、和気あいあいと盛り上がっているな……
 毒々しい見た目だが、どうやら飲めるらしい。

「おん? どうした? 飲まないのか?」

 先輩に言われてしまったら、飲まないわけにもいかないだろう。

「いっ、いえ。いただきます……」

 覚悟を決めて、カップに口を付ける。
 最初に感じたのは、小さな苦み。直後に、爽やかな香りが鼻を抜けていく。
 あれ、普通に美味うまいんだが? この味は――

「……小松菜?」
「ん? おう。オーナー特製の発酵スムージーだからな。野菜たっぷりで健康にいいぞ!」

 だったら最初からそう言ってくれよ! 発酵しているせいですごい泡立っているから、見た目が怖かったんだよ! などと、色々と思わなくもないが、普通に飲めるものでよかった。

「美味いですね。これ」
「そうだろ? 『地物の小松菜にこだわっているんだぜ?』とか、オーナーが言っていたな。ここ、珈琲以外は絶品だから」

 胸を張って言う先輩に、俺は当然の疑問をぶつける。

「ここって、喫茶店なんですよね?」
「ん~、一応、な。『喫茶店の珈琲は、不味まずくなきゃいいんだよ』って前言ってたぜ」

 なんとも、独特の感性をお持ちのようだ。だが、それでも店を維持できているのだから、問題はないのだろう。前食った牛タンも美味かったしな。
 さてと。全員がドリンクを飲み終えているし、俺の覚悟も決まった。そろそろ話すか。

「皆さん、すいません。まず最初に俺の過去について話す時間をください。もちろん、今回の件に関係のある話です」

 俺の言葉に、先輩の一人が頷く。

「そうだね。頼めるかな?」
「はい」

 軽く目を閉じて、大きく息を吸い込んでから、口を開いた。

「俺は、生まれも育ちも王国で、つい最近まで王国にいました」

 呟くようにそう言って、顔色をうかがったが、誰も驚いてはいない。
 リリたちはまだしも、先輩たちも『それがどうかしたのか?』といったような表情だ。
 評価につながるのは、自身の行動だけ。出身地は、関係ない。この国に来てから何度も体感したこととはいえ、これですら驚かないのはすごいよな。でも、ありがたい。
 俺は胸をで下ろしてから、続ける。

「その時の上司である王国の貴族が、ある屋敷の中にいました」

 その場にいる全員が、息を呑む気配があった。

「アルトくん! それって――」

 立ち上がって叫びそうになったフィオランの口を、リリが慌てて押さえる。
 マイロくんの口は、マルリアが押さえていて、サーラと先輩たちは自分の力だけで、ぐっと言葉を呑み込んでいた。

「アストロ。防音の展開を。オーナーにもつないでくれ」
「了解」

 アストロと呼ばれた先輩は頷き、椅子の下にあったボタンを押した。
 すると、魔力が椅子に集まり、椅子を中心として周囲に見えない何かが広がっていく。

「防音の魔道具ですか?」

 俺の言葉に、アストロさんが口を開く。

「そういうこと。万一にでも外に聞こえたらまずいからな。ついでに録音妨害と、オーナーへの通信装置も兼ねた優れ物だ」
「一つ三役ですか」

 そんな魔道具は見たことも聞いたこともない。マルリアが借りてきた物作り系の教本にも、書いていなかった。

「そうさ。宮殿の会議室や軍の司令室にあるのと同じ物だよ」

 つまり、最高級の軍備品ってことか。だとしたら……


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