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53 兄と決闘 4

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「ん? あれ? もしかして、兄さんは知らなかったの??」

「なにが、……いや、きさまはなにを言ってーー」


「兄さんの計画は、ぜーんぶ、失敗してるんだよ??」


 男爵を暗殺する計画なんて、俺にとっては全て終わった話だ。

 ホムンクルスたちに手紙を運んでもらった時点で、俺に出来ることはすべてやった。

 男爵や優秀な兄さんたちから返事までもらっているのだから、なおさらだ。

「ここで目立つように動いて、別働隊で暗殺。最後は、ルン兄さんたちの責任にする予定だったんでしょ?」

「なっーー!???」

 腐った兄は、動揺を隠すことすらできないらしい。

 芋虫状態で地面に転がりながら、大きく目を見開いている。

「ゴミが、なぜそれを――」

「だって、バレバレだったもん」

 これがブラフだったらー、なんてことまで考えれないのだろう。

 本当に、無能な兄だ。

「さすがに、僕にまで濡れ衣を着せるとは思わなかったけどね」

 窮地で咄嗟に出た言葉だと思うけど、その意図が本当にわからない。

 男爵領を混乱させ実権を奪うつもりなら、伯爵家の関係者おれの関与は御法度だと思うんだが、

「でも、まあ、なんでもいいや」

 すべてが未遂で終わったことだ。

 俺はにっこりとほほ笑んで、幼い雰囲気を消し去る。

 通路の正面にある門に向いて、パンパンと手を叩いた。

「時間稼ぎは、もう必要ない」

 兄や護衛、観客など、周囲の人々が不思議そうな顔をする。

 そんな中で、門がある方角から、聞きなれた声がした。

「「「きゅあ」」」

「みんな、お帰り」

 俺の位置からは見えないが、観客の後ろには待ちわびた人がいるはずだ。

 観客たちが一斉に振り向き、ハッと息をのむ。

(……親方様?)

(だんしゃくさま……、男爵様だ!!)

「みんな、道を開けてあげてね」

 慌てた様子で、観客たちが左右に分かれる。

 その先に見えたのは、豪華なカーペットに乗った男爵の姿。

 カーペットの下では、たくさんのホムンクルスが男爵を支えていた。

「なっ――」

「お待ちしておりました、お義父さま」

「うむ。なにやら、我が死んだなどという噂が流れていたようだが?」

「はい。その首謀者がそこに転がっております」

 別働隊を向かわせて、殺したはず!!

 そう思っていそうな兄を指さす。

 兄は大きく目を見開いて、カーペットに乗って近付く男爵を見上げた。

「バカな!! 男爵は確かに殺した!!!!」

「ふむふむ、であれば、ここにいる我はなにものですかな??」

「ニセモノ……、いや! 貴様は悪魔に魂を売り、魔王の手先となったのだな!!!!」


 なんともぶっ飛んだ話だ。

 兄が本気でそう思っていそうなところが、さらに恐ろしい。

 てか、『確かに殺した』はダメだろ。

「簡単に自白しましたね」

 苦笑いを浮かべながら、男爵を流し見る。

 絨毯に乗る男爵も、さすがに言葉を失っていた。

 そんな中で、俺は懐から紙を取り出して、兄に見えるように開いた。

「この報告書に見覚えは?」

「……それは、別動隊が寄越した」

「ええ。暗殺部隊が『成功した』と言って持ってきて報告書ですね」

 この報告があったから、兄は男爵が死んだと思い込んだのだろう。

 そもそもの話になるが、兄は自分が失敗するなんて思っていない。

 自分が絶対の正義で、周囲は自分の思い通りに動く手足だ。

「実はこれ、俺が書いたものなんですよ」

「……どういうことだ?」

「別動隊を返り討ちにして、身柄を確保。そちらの伝令に成りすまして、成功の報告を渡しました」

 この世のすべてが、自分の思い通りに動くのが当たり前。

 何一つ疑問を持たないまま、兄は成功報告を受け入れた。

「周囲からは『筆跡などで見破られるかも』なんていう懸念の声もありましたが、相手があなたでよかった」

 地面に転がる兄が、ただ茫然と俺が持つ紙を見上げている。

 はじめは戸惑っていた領民たちも、元気な男爵の姿を見て落ち着きを取り戻したようだ。

(ぜんぶ、入り婿様の掌の上ってこと?)

(あんなに偉そうに乗り込んできたのに)

(本当に、フェドナルンド様は優秀なのね)

 クスクスと笑うような声が漏れ聞こえる。

 溜まっていた伯爵家に対する鬱憤。
 それを晴らすかのように、領民たちの声が腐った兄に届いていた。


「……ゴミくずども。伯爵家を敵に回したいようだな!!!!!」


 怒りで顔を赤くする兄が、地面に転がりながら大声で吠える。

 奥歯にあるマイクを使うことすら忘れ、感情のままに叫び続ける。


「茶番は仕舞だ! 街に魔物を放ち、すべてを殺し尽くせ!!!!」


((((!!!!!!!))))


 広場が静まり返り、全員が周囲に目を向ける。

 1、2、3……。

 緊張が張り詰める中で、誰かの息をのむ音が聞こえた。


「…………」


 怒りに燃えていた兄の目が、左右に振れる。

 思い描いていた惨劇、泣き叫ぶ平民たちの声。

 そんな兄の予想とは裏腹に、広間は静寂に包まれている。


「……何をしている!! この腐った街を火の海に――」

「沈める予定だった。そうですよね」

 にっこりとほほ笑みながら、もう一度手を叩く。

 戸惑う兄を他所に、裏路地に続く細い道からは、芋虫のように縛られた男たちが次々と姿を見せた。

 俺が作ったホムンクルスたちに持ち上げられ、兄の前に並べられていく。

「きさまら……、なぜ――」

「ここは私の嫁の実家ですよ? どうして隠れられると思ったのですか?」

 勝ち誇った笑みを浮かべながら、地に伏す兄を見下ろす。

 部下になった子供たちや街に住む領民たち、彼らの協力のもと、見かけた不審者を片っ端から捕まえてある。

 そこそこ強い者もいたようだが、1対1でゴブリンに勝てるホムンクルスたちが危なげなく倒してくれた。


「なにをしても無駄だ。おまえの腐った性格は、イヤと言うほど知っている」


 男爵領を混乱させ、すべてを自分のものにする。

 そうしたのちに、すべてを破壊し、1から自分が思い描く最高の物を作る。

「中古の街は気持ちが悪い。新品こそが自分にふさわしい。そう思うだろうからな」

 火を吐く魔物を捕獲し、街に入れさせる。

 この地に生きる者すべてを巻き込んで、更地になるまで燃やし尽くす。

 こいつらは、そのために準備していた者たちだ。


「もう、打てる手段はない。そうだろ?」


 地面に転がる兄を踏みつけて、拷問のように背中を押す。

 苦しそうな声を出しながらも、兄は周囲に向けて叫んでいた。


「誰でもいい! 俺様を助けやがれ!!」

「何をしている!! 俺様は、次期伯爵だぞ!!!!」


 仲間のいない中で、本当にただ叫んでいるだけだ。

 さすがにこれ以上の計画はないらしい。


「ミルトレイナ隊長。初任務のご指示を」

「はっ、はい! えっと、えっと。不法侵入、男爵殺害未遂、テロ行為の現行犯です。この者を捕縛してください」

「承知いたしました。全員、任務に当たれ」


「「「はっ!!!!」」」
「「「キュァ!!!!」」」


 新設部隊の子供たち、多くのホムンクルスたち。

 この場にいる部下全員が、初任務に向けて一斉に動き出す。


 そんな俺たちを見守っていた観客たちが、大きな声援と拍手を送ってくれた。
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