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51 兄と決闘

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 不審者をロープで縛り、小太刀を持つ領民に見張らせる。

 集まった人々を遠ざけて、俺たちはステージの前に、決闘の場を用意した。

「改めて確認するけど、本当に決闘するの?」

「なんだ? 次期伯爵である俺様が決闘してやろうと言っているんだ。光栄に思え」

 護衛に守られたままの兄が、邪悪な笑みを浮かべる。

 俺との決闘に勝てば、すべてがうまくいく。

 そう思っていそうな顔だ。

「決闘の名目は、名誉の回復?」

「無論だ! 次期伯爵である俺の名誉を傷付けた者には、死あるのみ!!」

 敵地で包囲されてるにも関わらず、先のことなんて考えてない。

 ムカつくから、俺を殺す。

 本当にバカな兄だ。

(まあ、そうなるだろうと思ってたけどさ)

 こいつは昔から、そんな人間だからな。

 ちらりと視線を向けた先では、ミルトが苦しそうな目をしている。

 視線を伏せたまま、俺の袖をつまんだ。

(……無理だけは、しないで)

(大丈夫。サクッと勝って、面倒事を終わらせてくるよ)

 彼女の手を握って、気負いのない笑みを浮かべる。

 俺が負けても、ヤツが得るのは名誉の回復だけだ。

 何か特別なことを約束したわけでも、ここから逃がすと約束した訳でもない。

 代わりに俺は、腐った兄を合法的に殺す権利を得た。

「それで。立会人やルール、開始の合図はどうしますか?」

 小太刀を握りながら決闘場に入り、護衛に守られる兄に目を向ける。

 兄はニヤリと唇を吊り上げて、剣を抜いた。

「俺様がお前を殺す。それだけだ」

「……では、1対1で責任者はなし、死んだ方が負けということで」

 腐りきった伯爵家で育ったが、過去の俺は、最低限の貴族教育を受けている。

 コイツも同じだと思うが、そのすべてを無視するようだ。

 改めて見渡すが、戦いに巻き込まれそうな位置に人はいない。

「では、始めましょうか」

「簡単に死ねると思うなよ、ゴミ!!!!!!!!!」

 貯まった鬱憤を晴らすように、兄がまっすぐに走りくる。

 太い剣を振り上げ、俺の顔を目掛けて振り下ろす。

 体格の差は、小学生と高校生そのものも。

 攻撃の距離や筋力、体力。
 すべて相手の方が有利だ。

「なっ――!!!!」

 だけど、適切に対処すれば問題ない。

 師匠は無論、稽古の相手をしてくれた兵たちには遠く及ばないのだから。

「避け――」

 俺は、つばぜり合いを避け、敵の懐に飛び込む。

 腹を抉るように小太刀を振る。

 やれる!!

 そう思った瞬間、兄の体が横にずれた。

「っ――」

 腹を狙った小太刀が、豪華な服を切り裂く。

 軌道が脇腹に逸れ、刃が硬い物に触れた。

 俺は慌てて距離を取り、改めて小太刀を構える。

「……次期伯爵である俺様に何かしたか??」

 斬った服の下に見えたのは、光沢のある黒いインナー。

 魔物の素材をふんだんに使った高級品で、全身を覆う、鎖帷子のようなものだ。

 並の剣では、傷を付けることすら出来ない。

 そんな逸品を自慢するように、兄は両手を広げた。

「無駄なんだよ。ゴミはゴミらしく、死ね」

 剣を振り上げて、鋭く振り下ろす。

 兄の剣は常に顔を守っていて、それ以外の攻撃は自慢の服に任せる。

 そんな動きだ。

「……手袋も、刃を弾く上物ですか」

「当たり前だ! 俺様は、神に選ばれし人間だからな!!」

 身を守るすべてのものが、強力な魔物の素材を使った高級品。

 顔は無防備に見えるが、狙うには身長差が問題になる。

 飛び上がるように斬れば、大きな隙を晒し、カウンターは避けられない。

 それに、

「お顔も、女性に好かれますもんね、兄さんは」

「……なんだ? なにがいいたい」

「いえ。どうにも顔を狙わせたいような動きをされているように見えたので」

 あの腐った兄が、一目で弱点だと解る部分を残すとは到底思えない。

 魔法か、魔道具か、防具か。

 方法は何にしても、何かが顔を守るはすだ。

「残念ですが、顔は狙いませんよ」

「……ゴミが、生意気な口を」

 兄の反応を見る限り、大きく外れてはいないだろう。

 仮にそう思わせる作戦だったとしても、問題ない。

 大振りの剣を避け、兄に問いかける。

「兄さんは、俺の剣の師を知ってますか?」

「ちっ!! ちょこまかと!!!!」

 大きく踏み込み、太股を目掛けて小太刀を振る。

 力はのせず、スピードだけを意識する。

 太股、腹、腕の順に狙った連撃。

「俺の師匠は、伯爵家を脅威だと認識し、兄さんのようなクズを倒そうとしてる人です」

 だから俺は、対抗策を知っている。

 むしろ男爵家に在籍している兵で、知らない者は少数派だ。

「強力な武具に頼りきったバカは、中身が弱い」

 俺の連撃を受けた兄が、表情を曇らせる。

 反撃しようとした手が出ず、蹴ろうとした足が動かない。

 顔色は青白く、額には脂汗が浮かんでいる。

「兄さんは、力不足ですか」

 そう言葉にしながら兄の腹を蹴り、一度距離をとる。

 兄はさらに顔色を悪くし、血走った目を俺に向けた。

「俺様に、なにをした……!!!!」

「いえ、特別なことはなにも。ただ防具を叩いただけです」

 強い魔物の素材は、使えば使うほど、含まれる魔力量が多くなる

 それらを叩くと、使用者は高濃度の魔力にさらされ、未熟者は兄のようになる。

「人間と魔物では、魔力の根本が違いますからね」

 多くの魔力と、体を支える強靱な筋肉。

 その両方がないと、魔物由来の素材は扱いきれない。

 師匠曰く、そういうものらしい。


「もともとこれらは、長時間の戦闘を想定した物じゃない」


 常に護衛がいて、身を守れば、誰かが駆けつける者。

 魔力も筋力もある、本当の強者。


 そのどちらも使うが、兄の場合は前者だ。

「ある程度 鍛えた者でも、短期決戦で挑むらしいよ」

 そんな代物を威張ることしか出来ない兄が使うとどうなるか。


「力を欲して、力に飲まれた、バカそのものだな」


 豪華な剣を持つ兄の手を蹴り、剣を奪う。

 魔物の魔力に抗えず、青い顔をする腐った兄。

 その肩に向けて、俺は奪った剣を投げつけた。
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