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47 初任務のお祭り 2

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 どうしてここに!?

 あの危険極まりない伯爵家にいるはず!!

 一瞬だけそう思ったが、答えなど考えるまでもない。

「俺への復讐、か……」

 ミルトと共に伯爵家から脱出したあの日。

 俺はアイツを出し抜いて、ミルトを守った。

 腐った兄としては、膨れ上がったプライドを傷つけられた形だろう。

「ちっぽけな自尊心を守るために、俺の自尊心を傷つけに来た」

 そう考えると、いろいろと納得がいく。

 貧困地区の貴族、伯爵家らしくない敵の動き……

 祭りの準備中に顔を見せて、ニヤリとほくそ笑んだ、その理由も。

「ミルト。レン伍長も交えて、緊急で話がしたい。この近くにいい場所はないか?」

「商業ギルドの会議室……。お姉ちゃんは、そこがいいと、思う、よ……?」

「了解」

 腐った兄におびえた様子で、ミルトが青い顔をしたまま答えてくれる。

 そんな彼女の肩を抱いて、俺はレン伍長と子供たちを呼んだ。

「緊急の案件が入った。準備はみんなに任せる。もしもの時は、商業ギルドの大人を頼れ」

「「「はっ!!」」」

「それと、レン伍長。商業ギルドの会議室を使わせてもらえるように交渉してきてほしい」

「了解しました!」

 慌てて動き出した子供たち。

 ギルド長が二つ返事で頷いてくれたため、俺たちはさほど時間を使わずに小さな部屋に入れた。

 怯えた様子のミルトが隣に座り、俺の正面にレン伍長が腰掛ける。

「見ての通り緊急事態だ。だが、話し合いの前に、ミルトの誤解を解きたい」

 俺はそう言って、ミルトの手を握る。

 血が通っていないかのような、白くて冷たい、恐怖に震える手。

 その手を両手で包み込み、俺は優しく微笑んだ。

「大丈夫。狙われているのはミルトじゃないよ。アイツの狙いは俺だから」

「……ぇ? それは、どういう――」

「確かに君はすっごく可愛いし、綺麗だよ。でも、あのクズが、わざわざここまで来るとは思えない」

 あの腐った兄が、ミルトを愛人に欲したのは確かだ。

 だが、本気で惚れたわけじゃない。

 面白半分の気まぐれで動いただけだ。

「あのクズの周囲には、大量のメイドがいるし、奴隷のような者もいる」

 もって生まれた権力を使って、好き放題するような奴だ。

 女には苦労していないし、自分好みの女性を探し求めるような奴でもない。

「無理やり奪って、愉悦に浸りたい。ただ、それだけなんだ」

 強い権力を振りかざして喜ぶだけの、単純な子供だ。

 そんな奴の行動を邪魔して、思い通りにならなかった相手。

 取るに足らない存在だと思っていた弟に足を救われた。そこに腹が立ったのだろう。

「“俺はすげーだろ” “お前より俺の方がすごいんだぞ” そう言いたいだけだと思う」

 ミルトをもう一度奪おうだとか、そんなことは考えていない。

 ただ、溜まった鬱憤を晴らしたい。それだけだ。

 そのためだけに、わざわざ辺境の地にある領都にやってきた。

「アイツは、そんな男なんだ」

 デメリットは多く、得られるのは俺の悔しがる顔を見られることくらいだろう。

 メリットなんて何もない、無駄な行為だ。

 だけど、

「長年あの腐った兄を見てきた俺が保証する。あいつの狙いはミルトじゃない。俺だ」

 男爵家の長女であるミルトと、婿として出された俺。

 貴族としての価値はミルトの方が高く、捕虜や愛人にすれば男爵家との交渉にも使える。

 だがそんなものは、一般人視点での価値でしかない。

「俺は一度ミルトを守り、アイツは失敗している。だから、この場でミルトを奪っても、失敗を帳消しにするだけで、上回ってない」

 1勝1敗。

 やつの感覚では、同点だ。

 だから、

「アイツはもっと大々的に奪うつもりだと思う。圧勝の形を俺に見せつけて、ね」

「……」

 メリット、デメリット、リスク、金銭面などの収支……、

 そのあたりの考えをすべて投げ捨てた、感情任せの動きだ。

 頭のいいミルトには、たぶん理解できない話だと思う。

「祭りを準備する俺たちに顔を見せたのも、そのためだよ」

「……あれは。私たちの動きを牽制するため……、じゃない、ってこと……?」

「うん。“今更知っても遅い。無様に足掻いて楽しませろ”。そのくらいの意味だね」

 突然、膨大な借金を取り立てに行って、

『返済期日は明日だからな。頑張れよ』

 そう宣言して、相手の苦悩を笑うようなものだ。

 あの腐った兄は、大慌てで会議の準備をする俺たちを見て、大笑いしていたことだろう。

「もしあれが牽制なら、この会議室から見える場所に監視を置くはず。そうだよね?」

「……」

 窓の外に、怪しい人物はいない。

 難しい顔をしたミルトが、俺の隣に座りなおして小さく頷いた。

「わかりませんが、フェドナくんを、信じます……」

「うん。ありがとう」

 最初は青白かったミルトの顔色も、すこしだけ良くなった。

 そう思いながら、俺は改めてレン伍長に目を向ける。

「状況はなんとなくつかめたかな?」

「はい。伯爵家の長男がこの地に忍び込み、悪さを働こうとしている」

「うん。その通り」

 貴族のいざこざは、レン伍長たちには関係ない。

 最低限の状況だけわかっていれば十分だ。

「問題なのが、俺たちはその悪事を読み間違えていた可能性が高いんだ」

 ミルトとレン伍長が、大きく目を開く。

「敵の本命は、男爵の暗殺じゃない。俺たちの初陣だ」

 俺は軽く目を閉じて、ぎゅっと拳を握りしめた。
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