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46 初任務のお祭り

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 朝日に目を細めながら、街の広間に吹く冷たい風を肌で感じる。

「副隊長! 投票箱の置いてきました!」

「了解。次は、肉の下拵えに参加してくれるか?」

「わかりました!!」

 ビシッと胸に拳を当てた部下を見送って、俺もタマネギの皮むきに戻る。

 そうして祭りの準備をしながら思うのは、昨日聞いたレン伍長の言葉ばかり。

「貧困地区に、貴族らしい人物がいた。ねぇ……」

 どうしても頭から離れず、口から言葉が漏れていく。

 そんな俺の手の甲に、ミルトがそっと触れた。

「えっと、えっと、やっぱり気になる……? 貧困地区の貴族らしい人のこと」

「んー。ミルトたちの言い分もわかるんだけど、どうしてもな」

 昨日の話し合いでは、ミルトもレン伍長も、

“ 貧困地区に貴族が立ち入ることは絶対にないです ”

“ 赤字の男爵領だから、訪ねてくる貴族はいないとおもう、よ……? ”

 二人とも、そう断言してくれていた。

 そもそもレン伍長が話してくれたのも、

『伝達速度は重要。違和感程度でも、どんどん報告して』

 俺がそう言ったから伝えてくれただけ。

 重要な案件として受け止められるとは思っていなかったようだ。

 だけど、

「俺が伯爵側だったら、隠れ場所に貧困地区を選ぶと思うんだ」

 地球や日本と同じで、田舎ほど横のつながりが強く、新入りが目立つ。

 そんな街に潜り込むのなら、治安の悪い土地を選ぶのがセオリーだ。

「というより、普通の街には住めないと思うしな」

 実際に、敵の密偵が貧困街に入り込んでいる。

 だから、貴族がいてもおかしくない。

 そう思うんだけど、

「敵の貴族が侵入する理由がない。それも確かなんだよな……」

 潜入しているのは50人程度の密偵で、数はそれほど多くない。

 目的がどうであれ、貴族は命令だけ出して、安全な場所で待つのが普通だ。

 戦闘狂の貴族なら、男爵の命を狙う別動隊と行動を共にするはずで……、

「ミルトはどう思う? 仮に敵の貴族が街に入り込んだとして、その目的は?」

「……えーっと。味方の士気を上げる、……くらい、かな……」

「だよな。その程度にしかならないよな」

 高いリスクがあるだけで、見返りはなにもない。

 だから、敵の主要人物が、衛生管理の悪い貧困地区に入り込むとは考えにくい。

 確かにその通りだと思うけど、

「だったら、貧困地区の顔役は、なにを貴族と間違えたんだ?」

「……えーっと、それは……。……ごめんなさい」

「いや、ミルトを攻めてるわけじゃないんだ」

 言葉にならない違和感を覚える。

 なんだか、喉に小骨が引っかかっているような、そんな気がする。

 魔物肉の準備を進める子供たち。
 屋台の準備をする商人たち。

 周囲の進み具合を流し見た後で、俺は護衛役のホムンクルスに顔を向けた。

「向こうに動きは?」

「……きゅーぁ」

 ホムンクルスが軽く目を閉じた後で、プルプルと首を横に振る。

 昨日出した手紙の返事は届いていない。

 だけど、

「敵の動きは追えているんだよな?」

「キュア!」

 男爵や長男、次男には、こちらの手紙が既に届いている。

 敵の別働隊も、ルン兄さんの部隊とホムンクルスたちが見つけてくれたらしい。

「みんなの準備は?」

「きゅ!」

 ドヤ顔で親指を立てた、って事は大丈夫なんだろう。

 師匠を含め、男爵には多くの兵が同行している。

 ミルトが考えてくれた対抗策も手紙に記してあるし、あとは向こうで対処してくれるはずだ。

「気掛かりはやはり、小骨だけか……」

 祭りの準備は順調で、世話になっている商業ギルドの会長もいる。

 下拵えに関しては、俺よりも子供たちの方が上手いくらいだ。

 ちょっとくらいならこの場を抜けても、問題はないだろう。

「レン伍長に案内して貰って、顔役に話を聞いてくるかな」

 治安は最悪だと思うけど、もしもの時はホムンクルスに守って貰えばいい。

 さくっと話を聞いて、祭りの開始までには戻ってこよう。

「ミルトは隊長だからーー」

 ここでみんなと準備して、待ってて。

 そう言葉を続けようとした俺の手を、ミルトが引いた。

 顔は青白く、幽霊でも見たような顔を広間の裏路地に向けている。

「……ぇ?」

 その先にいたのは、黒いローブを深く被った青年と薄汚い服を着た男たち。

 俺は、その青年に見覚えがあった。

 ローブで目が隠れ、口元しか見えていないが、見間違えるはずもない。

「……兄、さん?」

 男爵家の兄じゃない。

 伯爵家の腐った兄、モリアリテル・モラリナスク・フルンデル。

 ミルトを愛人にしようとして、俺たちが伯爵家から逃げるキッカケを作ったあいつだ。

「どうしてここに……??」

 俺の呟きが聞こえたかのように、兄の口元がニヤリとつり上がる。

 そのままローブを翻し、男たちと共に裏路地を奥へと消えていった。
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