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45 緊急会議 2

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「えっと、ね……? 密偵たちは、たぶん、“知られてもいい” そう思って動いてると思うよ……?」

「ん??」

 知られてもいいって、密偵だろ?

 敵である俺たちに知られたら、不味くないか?

「あっちは大きな領地を持つ伯爵で、私たちは弱小の子爵家だから……」

「密偵だとバレても問題ない?」

「う、うん。力がないから攻めることは出来ないよね? 檻に閉じ込めるのも、処刑するのにも、お金が必要で……」

 成功すれば御の字。

 失敗して掴まっても、敵の兵糧や時間を浪費出来る。

 どっちに転んでもいい。そういうことか。

「確かに、あの伯爵家が考えそうな陰湿な作戦だな」

 人を人だと思ってなくて、使い潰せる金があるから出来る作戦。

 お隣さんが人でなし過ぎてイヤになるね。まったく……。

 そう思っていると、レン伍長が身を乗り出した。

「そちらに関してなのですが、どうやら今回は様子が違っているようです」

「ちがう??」

「はい。目立つ行動をする密偵とは別に、貧困地区に入ってきた人がいっぱいいる、と」

「「………」」

 きな臭さを感じ、ミルトと視線を合わせる。

 彼女は何も知らないと言った様子で、首を横に振った。

 そんな俺たちに向けて、レン伍長が言葉を続ける。

「門の詰め所で話を聞きましたが、ここ数日で街に入ってきた者は、先に話した30人だけだそうです」

「だが、それ以上の人間が、領都の貧困地区に住み着いた」

「はい。該当地区の出身者が多い孤児院の総意です。まず、間違いはないかと」

 そうなると、先に聞いた“稚拙な密偵”のイメージが大きく変わる。

 やつらは、俺たちをなめているわけでも、任務に失敗しているわけでもない。

「密偵は、本命を隠すための囮。そうだな?」

「はい。その可能性が高いように思います」

 そう考えると、いろいろと納得出来る部分は多い。

 だが、その本命とやらはなんだ??

「1つ聞きたい。入り込んでいるであろう敵の総数は?」

「囮を含め、50人ほどだと聞いています」

「足取りを追われない20人で、出来ることか……」

 数は多くなく、出来ることは限られている。

 そもそもが、赤字を垂れ流す潰れかけの領土だ。

 盗みたくなるような財宝も情報もない。

「ありえるのは、重役の暗殺だけど……」

 男爵は伯爵領に向かっている道中。

 奥様は王都で外交。長男、次男は、伯爵家の動きに備えて砦に詰めている。

 男爵家の人間でこの街に残っているのは、俺とミルトだけだ。

「俺やミルト、街の重役を暗殺しても、伯爵家に利益はないよな?」

「……」

 さすがに答えられなかったのか、レン伍長がすっと目を背ける。

 その代わりと言った様子で、ミルトが俺の手を握った。

「ミルトくんの錬金術は、すっごく重要だよ。私たちみんなを幸せにしてくれるって思ってる。……でも、伯爵家の人たちはそんなこと知らないから」

「だよな。俺としてはこれ以上ないほど可愛いって思えるミルトだけど――」

「私は、どこにでもいる文官だから」

 戦姫のスキルは、数名しか知らない極秘事項。
 伯爵家に知られているとは考えにくい。

 情報収集、盗み、暗殺。

 伯爵家にとって軽い命とは言え、50人も送り込んで狙うようなものが見えてこない。

 そう思っていると、ミルトがぼそりと呟いた。

「……全員が、おとり??」

「ん??」

「領都に入ってきた人全員が囮で、本当の目的は別に――」

 ミルトがハッと目を見開いて、血相を変える。

 そんなミルトに数秒遅れて、俺もたぶん、同じ結論に行きついた。

「ミルト、手紙を頼めるか!?」

「うん! お父様には注意喚起で、お兄様たちに援軍要請でいいよね!?」

「ああ! 入り婿の俺が書くより、ミルトが書いた方が無難だからな」

 なにせ相手は、俺の出身地である伯爵家だ。

 不安材料は出来るだけ減らした方がいい。

「遠出の伝令を引き受けてくれる者を6体、今すぐに集めて欲しい。いいか?」

「キュア!!」

 任せろ! と言った様子で、ホムンクルスがドンと胸を叩く。

 軽く目を閉じたのちに、もう一度、キュア! と力強く鳴いてくれた。

 あと数分もすれば、伝令を引き受けてくれたホムンクルスが、この部屋に来てくれるはずだ。

 そう思いながら、俺は押し黙るように座るレン伍長に目を向ける。

「準備が出来るまでにレン伍長の意見を聞きたい。我が男爵領で一番慕われている人物は?」

「男爵様です」

「そうだな。では、現状で男爵様が亡くなった場合、領地はどうなる?」

「次期男爵様である、長男のアルイデント様が引き継がれます」

 長男、次男の中は良好。

 ルン兄さんがあんな性格で、その次がミルトだ。

 兄弟間での跡目争いは起こらないように思う。

 だけど、

「もし、男爵様の死に長男のアルイデント様が関わっていたとしたら?」

「それは……」

 間違いなく面倒なことになる。

 領民たちが長男派と次男派に分かれることになるはずだ。

「領民が混乱して、領地崩壊の危機に陥る。その調停役として出てくるのは?」

「……後見人である伯爵家です。伯爵家はそれを狙って」

「うん。その可能性が高いと思う」

 伯爵領に呼び出した男爵を道中で襲う。

 余計な兵が助けにいけないように、領都に入り込んだ囮が騒ぎを起こす。

 長男が暗殺したように見せかける方法は、俺にはわからない。

 だけど、

「男爵様の出立式は、囮の密偵たちも見ている。手段はいろいろとあると思う」

 その手段に関しては、ミルトが専門家だ。

 脳内にある膨大な知識を駆使して、最適な回避方法を導き出してくれるはずだ。

 あと1つだけ引っかかるのが、

「どうにも、あの伯爵家らしくないんだよな」

 放置しても潰れそうな男爵家を相手に、こんな面倒なことをするだろうか。

 そんな俺の疑問を解消するように、レン伍長が口を開く。

「申し訳ありません。1つだけ、お耳に入れたいお話があります」

 貧困地区の顔役から聞いた眉唾物の話で、到底信用できるような話ではないのですが。

 そう前置きをして、レン伍長は、頭を抱えたくなるような言葉を聞かせてくれた。
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