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37 お祭りの準備

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「つまり、新部隊のお披露目用にお金を借りたい。そういうお話ですね?」

「ええ。その通りですよ、タベリア会長」

 商業ギルドの奥にある応接室。

 そこで俺は、商人らしい顔つきをしたギルド長と顔を向かい合わせていた。

「我々の目的は、隊の名を広めること。名前の候補を募り、周知させる。それが狙いです」

 やることは、タダ飯で人を集めて、名前を決める。

 俺たちは開会式で出立して、任務の成果と共に帰ってくる予定だ。

 狩ってくるのは、畑や農民を喰らうゴブリン。

「空腹が満たされ、酔いが回り始めた頃の凱旋です」

 領民にとってゴブリンは、1番身近にある恐怖の対象であり、一般人では狩れない相手だ。

 そんな魔物を短時間で駆除したとなれば、祭りの高揚感も重なり、間違いなく盛り上がる。

「商業ギルドのみなさんには、たくさんの露天を並べていただきたい」

 良い物を買って、飲んで食べて騒ぐ。

 開催に関しては、街の有力者のみなさんに周知して貰う予定だ。

「無料の物は、我々が提供する安い飯と酒のみです。それでも多くの領民が参加してくれるでしょう」

 人が集まり、祭りが盛り上がれば、自然とうまい物に手が出る。

 裕福な者は周囲を気にして、相応の物を買い求めるだろう。

 商業ギルドにとっても、悪い試みではないはずだ。

「我々の案は以上です。率直な意見を聞かせていただけますか?」

「……そうですな」

 ミルトに書いて貰った素案の紙を流し見て、会長が顎に手を当てる。

 そのまま宙を見上げて、言葉を紡いだ。

「確かに面白い案だと思います。我々商業ギルドの者は、“露天を出すに値する案だ” そう評価するでしょう」

 ですが、あなた方は無料で施しを与えるのみ。

 利益は出せそうにありません。

「男爵家に恩はございます。ですが、返却できそうにないお金は貸せない。それが商人の信条でございます」

 会長はそう評価して、俺の隣にいるミルトや背後にいるレン伍長を流し見る。

 面白そうに唇を持ち上げて、ルン兄さんを思い出せる顔をのぞかせた。

「続きのお話をお聞かせくださいますか?」

「ええ。もちろんですよ」

 ここからが本題で、会長もそれがわかっている。

 隣にいるミルトの手に軽く触れ、指先でトントンと合図を送る。

 緊張した顔をしながらも、ミルトは隊長らしく胸を張ってくれた。

「えっと、えっと、レン伍長。お願いしていたものをここにおいてください」

「かしこまりました」

 レン伍長は、ベテラン執事のように、丸い金属クロッシュで覆われた皿をテーブルの中央に置く。

 ミルトに向けて礼をして、俺たちの後ろに控えてくれた。

「フェドナくん、続きの説明を……」

「承知しました」

 最近気付いたんだが、ミルトはかなりの人見知りらしい。

 だから、ミルト隊長のお仕事はこれで終わり。

 俺の説明が大きく間違っているなどのハプニングがない限り、横に座っているだけだ。

 ホッとした表情で本を抱きしめるミルトを横目に見ながら、俺は古ぼけた本を鞄から取り出した。

「御慧眼の通り、我々には別の目的もあります」

「それが、こちらの皿の中にあると?」

「ええ。その通りです」

 商業ギルドを訪れた時からずっと、レン伍長は執事の姿勢でこの皿を持ち続けていたからな。

 余程の節穴出もない限り、この中身が気になるよな。

「先に1つ、お聞きしたいことがあります。兵が狩った魔物の買い取る部位を教えていただけますか?」

「……一般的な物で、そういうことですか?」

「ええ。その認識であっていますよ」

 こちらの意図を探るような目をした会長が、すらすらと名前を挙げていく。

 魔石、骨、皮、牙……、

「新鮮な物であれば、毒袋なども買い取らせていただいております」

「なるほど。……では、その肉は?」

 俺たちの意図に気付いたように、会長が目を見開く。

 だが、その口からは、俺が求めていた答えが聞けた。

「食用には向かず、使い道がありません。現地で焼き払い、捨てております」

「では、こちらの本に目を通していただけますか?」

 1枚の紙が挟まれた、古ぼけた本。

 “ 名も無き兵たちの日記 ”

 最前線で戦った兵の手記を集めた本で、様々な実話が記されている。

 その1つに、こんな記録があった。

『敵の手を逃れて1ヶ月。食料はなくなり、獣はおろか、周囲には砂と石しか見あたらない。

 空腹に耐えかね、俺は、魔物の肉に手を出した。

 噂に聞くほど酷い味ではない。恐れていた腹痛も襲ってこない。

 俺が知るどの肉よりも、旨く感じたほどだ』

 彼はこの現象を戦神の思し召しだと考えたらしい。

 その直後に、捜索隊と無事に合流。

「戦場から戻り、男は魔物を狩って食べた。その結果、この世の物とは思えないほど不味く、一週間ほどトイレに籠もったそうです」

「……普通の者であれば、天に召されておりますね」

「はい。メイドを雇える家柄だったため、こうして戦神に感謝する手記を残せたのでしょう」

 手厚い介護がなければ、普通に干からびている。

 ゆえに、魔物の肉は猛毒とされ、穴を掘って焼き捨てられる。

「では、なぜ、焼き捨てるのですか?」

「それは、魔物が食料とし、増殖を防ぐためーー」

「そう。魔物は魔物の肉を食える、食料に出来る。では、なぜ、我々人間は食えないのか」

 “ 魔物の生体研究 ”

 そう書かれた本を会長の前に押し出した。
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