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32 新部隊の始動

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「ぼくを部隊に……?」

「そう。どうしても、キミの力が必要でね」

 男爵家にある兵の詰め所。

 その中にある小さな会議室で、俺は顔見知りの新兵と顔を向かい合わせていた。

 いれてくれたお茶を飲み、立ったままの彼に目を向ける。

「本当に座らないのか?」

「はい! 新兵ですので!」

「……そうか」

 20個近くある席に座るのは俺だけで、周囲はガラガラ。

 どうにも心苦しいが、無理に座らせるのもどうかと思う。

 だけど、

「体の調子は?」

「頂いたポーションのおかげで全快しています! 筋力も戻ってきています!」

「無理はしてないね?」

「もちろんです! フェドナルンド様に治していただいた体ですので!」

 師匠をはじめ、ケガをした全員が訓練に復帰。

 あの時意識を失っていたレンくんも、こうして元気に動き回れている。

 前線復帰も目前で、立っていることくらい造作もないそうだ。

 だったら、立ったままでもいいかな。

「前提の話なんだけど、新設部隊の話は聞いている?」

「はい。おふたりの論功行賞の場には、ぼくも参加していましたので」

「うん。だったら話は早い。この勧誘は、俺とミルト隊長の総意なんだ」

 ルン兄さんが立案し、男爵が周知させた新部隊の構想。

 その中核を担うのは、隊長であるミルトでも俺でもない。

「新設部隊は、孤児院の卒業を控えた子供たちと、ホムンクルスを中心に据える予定でいる」

「……フェドナルンド様が副隊長ですのでホムンクルス様はわかります。ですが、卒業を控えた者ですか?」

「ああ。部隊の主な任務は、“弱い魔物の討伐”と“領内の治安維持”にする予定だ」

 強い魔物が出たときは、師匠たち既存の精鋭部隊に任せる。

 俺たちの部隊は、子供とホムンクルスだけで出来ることをする。

 ちっぽけに見えるかもしれないが、既存部隊の手が空くことで、それぞれに出来ることが増すはずだ。

「それらを成すために、俺たちはホムンクルスが側にいることを前提に動ける兵をゼロから育てる予定でいる」

「なるほど。ホムンクルス様の動きを阻害しない兵を作るのですね」

「ああ、簡単に言うとそうなるな」

 ゴブリン討伐に参加してないが、ホムンクルスと遊んでいて、思うところがあったのだろう。

 レンくんは、納得した顔で、頷いてくれる。

「だからキミには、孤児院とホムンクルスの架け橋になってもらいたいんだ」

 ホムンクルスたちと頻繁に遊んでくれていて、孤児院とは結びつきが深い。

 小太刀の訓練の合間に話していたが、人柄もいい。

 そしてなにより、

「子供たちの世話が上手で、慕われている。ホムンクルスとの関係も良好だからね」

 ルン自身も新兵の立場だが、孤児院の子たちにとっては、気のいいお兄ちゃんだ。

 ホムンクルスとのコミュニケーションに関しても、

『子供たちより素直で、会話がしやすいですね』

 そう言っていた強者だ。

 今後も、そのポジションを維持してほしい。

 そんな俺の思いをくむように、ルンくんが自分の胸に拳を当てた。

「承知いたしました。喜んで参加させていただきます」

「うん! ありがとう!!」

 ぴょこんと椅子を飛び降りて、彼の前に立つ。

 俺は12歳らしい笑みを浮かべて、ポケットからバッチを取り出した。

 有無を言わさず、ルンくんの手にバッチを握らせる。

「はい、これ。好きなとこにつけてね」

 手を開いて、不思議そうな顔をして、首をかしげる。

 不意に目が大きく開かれ、ハッと俺の方を向いた。

「……伍長の印、に、見えますが?」

「うん。大正解!」

 握ってもらったのは、男爵家の伍長を示すバッチだ。

「ルンくんは伍長に昇進だよ! おめでとう!!」

 男爵領の階級は、下から新兵、二等兵、一等兵、上等兵、兵長、伍長……

 新兵から伍長だから、

 1、2、3、4……

「五階級昇進だね! 本当にすごいよ!!」

 ぽかんと口を開けていたルンくんが、手元のバッチを見下ろす。

 わなわなと手が震え、慌てて握りしめた。

「ほんもの……? え? あれ??」

「もちろん本物! 男爵様がいるか正式な任命式は、新部隊お披露目の日になるからよろしくね!!」

 信じられないものでも見るように、ルンくんが目を見開く。

 ごちょう?

 ごちょう??

 ごちょう????

 ただそれだけをつぶやいて、大慌てで膝をついた。

「申し訳ありません! いただけません! 無理です!!」

「そんなこと言わずに受け取ってよ。そうじゃないと困るからさ」

「いえ、ですが、ぼくは軍に入って1年目の新人でして――」

「でもさ? 全員が新兵の身分だと、絶対に面倒なことになるよ?」

「……へ?? それは、どういっ――」

「僕とミルト、ルンくん。あとは卒業を控えた子供たちだけの軍になる予定だからね」

 つまりルンくんは、新設部隊の№3。

「年齢だけなら、ルンくんが一番のお兄ちゃんだね」

「……」

 軍に入って1年目の14歳。

 ルンくんの表情が抜け落ちて、呆然と正面の壁だけを見詰めている。

 情報が多すぎて、なにも考えられていないのだろう。

 そんなルンくんに向けて、俺は声音を変えた。

「ルン伍長。命を救ってくれた孤児院や男爵家に恩返しがしたい。そう言っていたな?」

「……はい。その通りです」

「最初は5人だが、成果次第では受け入れを増やす予定でいる」

 現状の男爵家では、すべての孤児を受け入れられず、伯爵領に流れる者も多い。

 あちらでは、孤児を囮に使って魔物を狩っているという噂もある。

 伯爵家の実態を見る限り、単なる噂だとは到底思えない。

「その成果を出すために、キミの力を借りたい」

 魔物を倒して収入が増えれば、炊き出しを行える。

 成果次第では、孤児院の数を増やすことも可能になる。

「引き受けてくれるな?」

「……承知いたしました。若輩者ではございますが、すべてを捧げる覚悟で邁進いたします」

「よろしく頼む」

 俺たちだけでは、孤児院の深い部分は知れない。

 子供たちに関しても、ルンくんが頼りだ。

「早速だが、孤児院に話を通しに行く。ついてきてくれるな?」

「もちろんです。自慢の古巣に案内いたします」

 伍長の印を握りしめながら、深々と頭を下げてくれた。 
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