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17 秘密の部屋

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「お願いがあります」

「む……?」

 男爵家の地下にある密談用の部屋。

 慌てて姿を見せた男爵に向けて、俺は軽く頭を下げた。

「俺とミルトを討伐隊に付き添わせてください」

 一瞬だけ不思議そうな顔をした男爵が、ミルトに目を向ける。

 彼女は俺の隣に座ったまま、俺と同じように頭を下げた。

「我が家のーーミルトレイナの秘密を聞いた。その上での話だな?」

「はい。御想像の通りです」

 ミルトが精査した男爵家の現状を聞き、2人で話し合った成果だ。

 自信なさげに本で顔を隠すミルトを流し見て、男爵が表情を引き締める。

 長椅子にドシリと座り、軽く身を乗り出した。

「詳しく聞こう。その方が話すのか?」

「はい。2人でまとめた意見ではありますが、俺が代表して」

 ミルトの意見が過半数を占めてはいるが、内容は俺がメインだ。

 隣に座るミルトの手を握りながら、俺は男爵の目を見返した。

「師匠が現場に復帰できるまで、早くても3ヶ月。万全を期すなら半年は欲しい。そうですね?」

「……ああ。リハビリ次第だが、医師からはそのように聞いている」

「師匠が復帰するまで、村を回れる重役はいますか?」

「……」

 思わずと言った様子で口をつぐんだ男爵が、ミルトに目を向ける。

 そんな男爵に向けて、俺はゆっくりと口を開いた。

「男爵様に説明するまでもありませんが、領内の村を回る討伐隊の仕事は重要です」

 驚異となる魔物の排除。

 村の状況の把握。

 男爵の権威を見せ、小さな村も見捨てないというアピールの場でもある。

「戦えない人物だとしても、当主様に近い人間がいる方がいい。そうですよね」

 イメージだけだが、地方の選挙に、国の偉い人が応援に行くようなものだ。

 総理大臣に近い人がいると、なんとなく凄そうに見える。

 魔物の被害が増えている今は特に、力を入れるべき仕事だ。

「当主様や周囲の方々も、多忙な方ばかり。俺たち長女夫婦だけが暇です」

 12歳の少年少女だが、正真正銘の貴族だ。

 ましてや、ミルトは男爵家の直系。

 領民からすると、本物のお姫様。

「1番の懸念点だった俺の悪評も、兵に限れば、悪くない状態ですよね?」

「……そうだな」

 師匠や討伐隊を救った、命の恩人だからな。

 俺としては不甲斐ない行動に思えるが、結果だけを見ると良好。

 少なくとも、話くらいは聞いてくれると思う。

「……討伐隊の命を救った者が、師の隊を一時的に預かるのか」

「はい。そのようなシナリオであれば、民も納得するかと」

 討伐隊のトップはミルト。

 俺は、ミルトの補佐。

 その形がベストだろう。

「もちろん、実際に兵を統率するのは、能力のある方にお任せしますよ」

「……確かに、悪くない提案ではある」

 はぁ、と溜め息をついた男爵が、俺とミルトを見比べる。

 首を横に振り、俺たちに厳しい目を向けた。

「利点は認めよう。だが、あまりにも危険すぎる」

「そうですね。男爵様の指摘はもっともです」

 どちらも12歳の子供で、俺は小太刀を覚え始めたばかり。

 ミルトに至っては、風魔法を試している最中だ。

 もちろん、危険性については、いろいろと考えている。

「俺とミルトは戦わず、ホムンクルスを斥候に使う。その形で、安全を確保します」

「斥候……? どのように使うつもりだ?」

「簡単に言うと、囮ですね」

 俺とミルトを取り囲むように、ホムンクルスを配置する。

 何体かに先行させ、魔物の発見に努めてもらう。

 先に見つけられれば、御の字だ。

「魔物に気付かず攻撃され、消されても、手元に残したホムンクルスが気付きます」

 訓練中と同じように、ピクンと肩を跳ね上げて、慌てて整列してくれる。

 感情的に思う部分はあるが、今だけの必要な措置だ。

 ホムンクルスを避けて俺たちだけを狙うような魔物がいない限り、不意打ちは防げる。

「ポーションは俺が現地で作れます。兵の負担が減り、移動速度も上がるはずです」

 ミルト曰く、俺が薬草を見つけたのは、偶然ではないらしい。

 天然の薬草は、土壌や日照時間により、含まれる成分が増減する。

 ゆえに工場に売れず、放置され、森に入れば簡単に見つかるそうだ。

「重いポーションを運ばなくて良くよる。それだけでも、兵たちに歓迎されるはずです」

「……そうだな」

 ちなみにだが、普通はポーションを4本も作れば魔力切れになる。

 俺の魔力量は師匠が驚くレベルらしく、魔力ごり押しの荒技だ。

 それらもすべて、ミルトが教えてくれた。

「ちなみにですが、ホムンクルスの強化を試してみたい。そんな思いもあります」

「ホムンクルスが魔物を倒す、だったな?」

「はい。成功率の低い賭けですが、試してみる価値はあると思います」

 これに関しては、本当に機会があれば。

 無理をする気も、抜け駆けする気もない。

「どうでしょうか? 討伐隊に付き添わせて貰えませんか?」

 難しい顔をした男爵が、ふーと息を吐く。

 いろいろと悩む素振りをした後で、ミルトに目を向けた。

「二人で助け合い、無事に帰ってこれるな?」

「……うん。約束します」

「わかった。軍部に話をあげておく」

 男爵家の当主らしい、威厳を纏った声。

 俺は気合いを入れ直しながら、深く頭を下げた。
 
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