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14 緊急事態

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「馬が駆けてきた跡を追えるか?」

「キュ!」

 ホムンクスルに担がれたまま、屋敷を出る。

 開いていた門を抜け、寂れた城下町を駆け抜ける。

 後ろからは、ポーションを持ったホムンクルスたちが同行してくれていた。

「フェドナルンド様!???」

「――どちらに行かれるのですか!???」

 町の外に繋がる門も開いたままだ。

 その場にいる全員が、慌ただしく動いている。

「そのまま行けるな?」

「キュァ!」

 誰何する門番を素通りして、そのまま門を抜けた。

 冷静じゃない自覚はある。

 だが、緊急事態なのは間違いない。

「あの兵が来たのは、こっちだな」

 荒々しく踏まれた蹄の跡が、街道のわきに続いている。

 そのさきにあるのは、森の中を進む細道。

 どこに魔物がいるとも知れない通路だ。

「急ぐぞ」

「きゅっ!!」

 そのまま進むように指示を出し、静かに目を閉じる。

 他の者は、重症者を引いている。

 あの兵は、そう言っていた。

「今日の討伐隊には、師匠もいる」

 あの爺さんなら、重傷者を連れて森を進むことはない。

 間違いなく、道の上にいる。

「駆け込んできた兵は、伝令で」

 伝令には、確実に情報を伝えられる者を選ぶ。

 そんな伝令が重傷者だったという異常事態。

「どう考えてもまずいだろ」

 ホムンクルスに担がれながら思考を巡らせる。

 嫌な予想ばかりが、脳内を過る。

 そんな中で聞こえた、誰かのうめき声。

「急げるか!?」

「キュッ!!!!」

 見えてきた光景に、俺は思わず息を飲んだ。

 血を流す兵が、重傷者に肩を貸して歩いている。

 重傷者を載せた荷馬車を、師匠が引いている。

「きゅぁ!」

 動揺する俺を他所に、ホムンクルスは俺を運び続けてくれた。

 嗅いだことのない血の臭い。

 うめき声が大きくなる中で、師匠が顔を上げる。

「……こぞう?」

 そんな師匠も、肩から血を流している。

 日本では到底見ることのない光景に、俺はグッと奥歯をかみしめた。

「初級ポーションが12本あります!」

「承知した」

 ホムンクルスから降りて周囲を見たが、兵士は20人ほど。

 その全員が血を流している。

 どう見ても、ポーションが足りない。

「儂にすべてを預けてもらえるか?」

「わりました」

 師匠は、荷台に乗る重傷者に目を向ける。

 右手を握り締めながら、周囲に指示を出す。

「助かる者を中心に使え!」

 その言葉に、血の気が引いた。

「1人でも多くの者を救うように!!」

 多くの兵が顔を俯かせる。

 重傷者が乗る荷台に背を向け、歯を食いしばる。

「……全員は、たすからない」

 そんな音が、俺の口から漏れた。

 嗚咽が混じり、視界が歪む。

「グレリア! 自分の仕事は理解しておるな!?」

「……はっ、はい!」

 慌てて動き出した1人の兵が、白い布にポーションを染みこませる。

 太ももが抉れた者。
 脇腹にキズを負った者。

 それぞれの状態にあわせて、ポーションの使い方をかえる。

 荷台の重傷者の前を、泣きそうな顔で通り過ぎた。

「冷静な判断が必要だ。儂が責任をとる。よいな?」

「……はい」

 1年で300人くらいが、魔物の被害に遭う。

 それが、ここの日常。

 ミルトに聞き、数字として、知ってはいた。

「知った気に、なってた……」

 治療される兵も、荷台の兵も、顔見知りばかり。

 小太刀の練習中に、優しく話しかけてくれた人たち。

 ホムンクルスと遊んでくれた新人が、荷台に乗せられている。

「……レン」

 孤児院に恩返しがしたい。

 そう言っていた。

「腹を……」

 意識はなく、腹から血が溢れている。

 傷は深い。

 日本の医療でも、助けるのは難しそうに見えた。

「……」

 震える歯を食いしばり、右手を握りしめる。

 嗚咽を堪えながら、流れ出る血を見つめる。


「--きゅあ!!」

 そんな中で、ホムンクルスが何かを指さした。

 見上げた先にあったのは、見覚えるのある小さな草。

「……やくそう」

 もつれる手足で近づき、やくそうを引き抜く。

 ミルトに貰った物と同じだ。

 周囲にも、大量に生えている。

「薬草を集めて潰して!」

「「「きゅっ!!」」」

 大きな岩の上に薬草を乗せ、落ちていた石ですりつぶす。

 手の震えは止まり、脳内のもやが消えていた。

「師匠! どれだけのポーションが必要ですか!?」

「--どれだけ作れる!?」

「どれだけでも!!」

 薬草がある限り。

 どれだけでも作ってみせる!

 そんな思いを込めて、薬草をすりつぶす。

「水はありますか!?」

「飲み水でよいな!?」

「はい!」

 師匠が持ち歩いていた水筒を受け取り、磨り潰した薬草を入れる。

 ホムンクルスが潰した物も混ぜ、魔力を込めた。

「グレリアさん、これも使ってください!」

 出来たばかりのポーションを衛生兵に渡す。

 目を見開くグレリアさんの手から、師匠がポーションを抜き取った。

「効力を見る」

 そう言って、意識のない新兵の腹に、ポーションを振りかけた。

 痛ましい傷が、ほんの少しだけ塞がる。

 流れ出す血の量は、確実に減っていた。

「どれだけでも作れる、そう言ったな?」

「はい!」

 周囲には、薬草が雑草のように生えている。

 唯一の問題は、魔力の残量。

「魔力がある人は、ホムンクルスに魔力と水を渡してください!」

 借りれるものは、すべて借りよう。

「効能は落ちますが、ホムンクルスたちもポーションを作れます!」

 劣化版だろうが、気絶しようが、数で補えばいい。

 どよめく兵を尻目に、師匠が大きく手を叩いた。

「重傷者の治療を優先せよ!」

 水筒と魔力をホムンクルスに渡しながら、周囲に目を向ける。

「全員、生きて帰るぞ!!」

 力強い言葉に、心が震えた。
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