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 毎日、1000人以上が出入りを繰り返す、子爵領サラン。
 王都への集積所として使われるこの街の門を1人の少年が潜り抜けた。

 今年で15歳を迎える彼は、兵士に志願するため、生まれ故郷から王都へ向かう途中である。

 両親は農民をしており、小さくない畑を持っていたため食うものには困らなかったが、5男として生まれた彼が引き継げる畑など無かった。かと言って、15歳でしかない彼が、新しい畑を買えるはずも無く、食い扶持を探すために、首都圏までやってきた。

 そんな彼の耳に、露天商の声が風に乗って、届けられる。

「1人1個限定で、魔玉が銀貨1枚だ。
 商品がなくなり次第終了するから、後で後悔してもしらないぞ」

 少年には、言葉の意味が理解できなかった。

 魔玉と言えば、細かく砕いて飲めば、殆どの病気を治すと言われ、それを原料に専門家の手で魔法薬にすれば、怪我でも病気でも、果てまでは死者でも元気になると聞く。

 使い勝手の良さから需要は高いものの、ダンジョン討伐の際に貴族の間で少量出回るくらいであり、一般人が目にする機会など皆無なのだ。

 それが露天商などで、しかも、銀貨1枚で売られていて良い物ではない。
 
 確かに、声を張り上げる男の前には、黒くて禍々しい色の玉が置かれているが、それが本当に魔玉かなど、わかるはずもなかった。

 周囲に居る人々も、興味は持っているようだが、近づく者は皆無であった。

(魔玉か……。万が一、本物であれば銀1枚は安いな。旅の資金をすべて使うことになるけど、王都で転売すれば、それなりのお金で売れないかな?
 それに偽物だとしても、摘発のために購入してきたと言えば、兵士の試験も通りやすくなるよな)

 そんな打算の元、露天商に声をかけることに決めた。

「ちょっとだけ、話を聞かせてもらってもいいか?」 
「いらっしゃい。なにが聞きたい?」 
「魔玉って言ってけど、本物か?」
「まぁ、普通、それが気になるよな。……坊主、見たところ、旅の人のようだが、宿探しの最中か?」

 自分の宿探しと、魔玉に何が関係あるのか知らないが、とりあえず、今さっき到着したばかりなので、宿探し以前だと伝えた。すると、露天商は、少し待ってろと言って、商品の魔玉をナイフで削り、魔法で出した水と混ぜ合わせた。
 
「飲んで見ろ」
「え?」
  
 商人からコップを受け取り、中を覗き込めば、透明な水が真っ黒な液体に変化していた。
 
「何処から来たのかは知らないが、それなりの距離を歩いて来たなら、筋肉痛や疲れが溜まっているだろ?
 本来は、病気に使う物なんだが、疲労に対しても効果があるからな。
 苦いと思うが、グイっと飲んじゃってくれ。勿論、それの金なんて取らないさ」

(無料だから、飲めっていわれてもな。……けど、断る理由も見つからないしな) 

 助けを求めて、周囲の野次馬に目を向けるが、露骨に視線をそらされてしまった。

(こんな人混みの中で、毒殺はありえないか。それに、俺を殺す意味もないしな……。けど、黒いんだよな……)

 なるべく中身を見ないように、恐る恐る飲んで見ると、苦味が口いっぱいに広がった。
 
 それでも、口の中の苦みと反するように、なんだが体の疲れが軽減されたような気がする。

 2口、3口と飲み進め、コップ一杯を飲み干した頃には、露天商の言うように、体の疲れがすべて無くなっていた。

「どうだ? 本物だって信じてくれたか?」
「……あぁ、疑って悪かった」
「いや、こちらとしても、飲んでくれて助かった。
 1つ相談なんだが、この魔玉の出所と、その村で採掘人を探してるらしいって話を広めて貰えないか?
 頼まれてくれるんだったら、削ったこの魔玉でよければ半額で売ってやるぞ」   
「……詳しく聞いてもいいか?」
「あぁ、勿論だ。むしろ、その話をするために、ここで商売してるってのが本音だからな」 


 じっくり話を聞いてみた結果、ある村で魔物が住み着く洞穴が見つかったらしい。
 魔物が住み着くと言えば、真っ先にダンジョンを思い浮かべるが、魔物が外に出てこない仕組みになっているとかで、ダンジョンとは違うものなんだとか。

 綿密な調査の結果、魔物は絶対に外に出ないことがわかったため、すぐ側に家を建て、魔玉を定期的に輸出できる村を作った。
 そして、村長自らが穴に潜入して魔玉を集め、販売しているそうだ。

 俄かには信じがたい話ではあるものの、目の前にそこで取れたという魔玉が実際に置かれているのだから、信じる他無い。 

「出所についてはわかった。で、その採掘人ってのは?」
「あぁ、魔玉が石に近い物だから鉄鉱石なんかにならって名付けたんだが、実際は兵士に近い。
 好きなときに、ダンジョンに入って、魔玉を集め、村の集積所に持っていく仕事だ。
 命の危険があって、固定給じゃないが、その分やればやるだけ金が懐に入る。
 ダンジョンで採取した物は、売却価格の5割が自分の懐に入るからな。万が一にも魔道具なんて見つけた日には、大金持ちの仲間入りも可能な仕組みだ。
 まぁ、有事の際には、村を守る仕事もしてもらうがな」
「…………その村に、住める場所はあるのか?」
「お? なんだ? 興味あるか?
 実は、その家の販売も携わっていてな。もし、採掘人に興味があるなら、紹介状を書くぞ?
 その書状を持って行って、村長に掛け合えば、3ヶ月までなら、無償で家を貸して貰えるはずだ。複数人で住むなら、半年まで延長してもらえるぞ」

 とりあえず貰っておく、と言って書いてもらった紹介状を手に、彼が王都と逆方向へ進むのは、それから一週間後のことだった。

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