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 息も絶え絶えなソフィアを励ますように歩くと、程なくして赤い城壁に囲まれた町、サランにたどり着いた。
 
 子爵領首都としての役割を担うこの町は、領主の地位こそ高くないが、王都へ物を運ぶ際の集積所として発展してきた。
 また、万が一、山岳地帯の伯爵をはじめとした貴族達が反乱した場合、それを食い止める役割もある。
 そのため、王直轄の軍と、子爵の軍が駐在しており、トップレベルの治安の良さで知られていた。
 
 物が集まり、治安が良い、この点を利用して、王国唯一の露天市が毎日のように開かれる。

 入国審査を終え、城壁を潜った僕達も、威勢の良い掛け声と、煙にのった美味しそうな香りに歓迎された。  

 石畳の道が真っ直ぐに伸び、道の両脇に屋台のような露天商が並ぶ。
 道の中央では、お目当ての商品を探し出そうと、無数の人が行き交っていた。
 
 ハウン姉曰く、込み合うのは大通りだけとのことなので、彼女に従い、裏道を使っておすすめの宿に向かった。

 何事もなくチェックインを済ませ、荷物番を申し出てくれたハウン姉を宿に残して、再び露天市へと向かう。
 そして、折角なのだからと、露天のメイン会場である町中央の広場を見学ポイントとして選んだ。

 そこにはあったのは、人、ひと、ヒト。

 客に対し、威勢の良い声を投げかけてる人の良さそうな店主。
 主人の望むものを探す奴隷。
 宝石を手に値下げを求めるおばさん。
 それぞれが購入してきた食べ物を交換しながら食べる家族。
 肉を焼く商人の前で、酒のコップを片手に騒ぎあっているおじさんの集団。

 噴水を中心に、1000人規模の人々が、思い思いに露天市を楽しんでいた。

 いくつもの声が重なり合い、喧騒となった音が体全体を響かせる。
 調理用の薪から出る煙が全体をうっすらとした霧で包み込み、灯された火が淡く輝いていた。

 どことなく幻想的で、それはさながら、日本の縁日を思わせる様相だった。

「ほーら、お兄ちゃん。早く行くよー」

 そういって、僕の左腕を包み込むように、ジュリが抱きついてきた。
 ジュリの顔が近い。それに、腕に当たる胸の感覚が脳を支配していく。

「左腕は私が貰うから、右はソフィアちゃんにあげるよ」
「……いいのかい?」
「うん。だって、同じ奴隷なのに独り占めしちゃったら悪いでしょ」
「そうかい。ありがとう。それじゃぁ、右手は私が貰うよ」

 どうやら、僕を介さずに、僕の所有権が譲渡されたようだ。

 失礼するよと言って、ソフィアが右手を握ってきたので、淡く握り返してやった。
 すると、ソフィアの頬が赤く染まり、恥かしそうに俯く。
 なんとも可愛らしい限りだ。

 しかし、その姿が不満なのか、僕を挟んでジュリから注意が飛ぶ。

「もぉー、ダメだよソフィアちゃん。こういう場合はおっぱいをくっつけないと」

 思わずといった感じで、ソフィアが余った手を自分の胸に当てる。

「……そうなのかい? しかし、人前で胸を押し当てるなどと……」
「人が多いからこそだよ! 私はお兄ちゃんの物ですって主張しつつ、お兄ちゃんに女の私を意識させることが出来るんだよ?」

 ジュリの言葉に、ソフィアの顔は真っ赤になった。恐らく、押し当てた姿を想像したのだろう。

「……しかし、はしたなく思われはしないか?」
「大丈夫だよ。人混みで逸れないために引っ付いてるんだから、いわば合法だよ」
「……なるほど、そうだね。ボクが浅はかだったよ。
 合理的に女を意識させることが出来るこの機会を逃すなんて勿体無かったわけだ」

 たしかに恥かしがってる場合じゃないねと、小さく呟いたソフィアが密着する。

 普段は自信満々に堂々としている彼女が、恥かしそうに目線を下に向け、もじもじとしている姿が余計に男心をくすぐる。
 押し付けられた胸は、僕の腕に押されるように凹みながらも、その存在感を示すように、淡く押し返してくれた。

 左がふわふわ、右がぷるぷる。異世界の市場は幸せだ。
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