ででっぽう

かぼリル

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ででっぽう

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 窓から入ってくる風が、若葉のいい匂いと一緒に 鳥の声を運んできた。
でもそれは愛らしいさえずりではなく、低くて太いキジバトの声だ。

 ぽーぽーでっでっぽー

 特徴のある鳴き声のせいで、キジバトは ででっぽうとか ででっぽっぽ などと呼ばれている。
のんびりしたその声を聞くと、いつも私は小さい頃を思い出す。

 私は幼稚園児 姉は小学生。
ある雨の日、 おやつの後で私は 「 お姉ちゃんのほうが いっぱいお菓子を食べたー 」
と 姉にくってかかったのだ。
姉は 「 何言うとるの おんなじやよ 」 そう笑った。
その目がチラっとずるそうに光って、なんだかバカにされた気がした。
それで私は「 うそつきー 姉ちゃんの嘘つきー 」 と わめいた。

これこれ と バアちゃんが仲裁に入った 「 お姉ちゃんは 嘘つきと違うぞ 」
「 だって 嘘つきやもん! 」そう意地をはる私の隣に、バアちゃんは のっしと座った。
「そんな事 言うとったら ででっぽうと同じやぞ 」
「ででっぽうと同じ って なに? 」
あのな、とバアちゃんは お話を始めた。
「 森の中に ででっぽうの おっかちゃんと子供がおったんやと 」
私は お話を聞くのが大好きな子供だったので、思わず耳を傾けた。

「 ある雨降りの日やった ででっぽうの子供が おっかちゃんに向かって、
おっかちゃんのほうが ごちそうをたくさん食べた、 と言うたんやと。
ででっぽうのおっかちゃんは びっくりして、違うよ おいしいところは 全部おまえが食べたんだよ
と、子供に言って聞かせた 」
ふんふんと 自分のことは棚に上げて、私はその話に聞き入った。

「 それでも子供は、嘘つき嘘つきと おっかちゃんをせめた。 そこで… 」
バアちゃんはタメを作って、私の目をのぞき込んで言った。
「 そこで ででっぽうのおっかちゃんは、台所から包丁を持ってきて 自分のお腹を切って、中を子供に見せたんやと 」
ひぃと 私は息を呑み込んだ。
バアちゃんは続けた 「 ででっぽうの おっかちゃんのお腹の中には、ごちそうは一つも入っとらんかった。 
子供の食べ残しの 骨ばっかりが、ごろごろ出てきたんや 」

私の頭の中には マンガ風の可愛い鳥の親子の姿があったのだが、今やもうスプラッタの大惨劇だ。

バアちゃんは しんみりと声を落とし 「 それを見た子供のででっぽうは、おっかちゃんにすがって 
かんにんやー かんにんやー と泣いたけど、おっかちゃんは もう生き返らんかった…
だから ででっぽうは 雨が降るとその事を思い出して、ででっぽっぽー ででっぽっぽーと鳴くんや。
おっかちゃん かんにん かんにん と泣いとるんやぞ 」 そう締めくくった。

 私は動物も大好きだったので、動物が死ぬというあまりの結末にショックを受けた。
哀れという言葉は知らなかったが、胸が痛み辛かった。
泣くのを見られるのが嫌で そっと隣の部屋に行き、しくしくと膝を抱えた。

 そうしていると ふすま越しに バアちゃんの ひそめた声が聞こえた。 
「 あの子 どうしとる? 」
母が 同じくヒソヒソ声で答えた。 
「 ふふっ ででっぽうが可哀そうやと泣いとるわ 」
母に覗き見されたらしい。
母とバアちゃんは、私がででっぽうに自分を重ねて 後悔しているのだと 満足そうだった。
もちろんそれは大間違いだ。 私は、お姉ちゃんを嘘つき呼ばわりして 申し訳ないと涙したのではない。
ただ純粋に、ででっぽうの死が悲しかったのだ。

 いくら小さくても バアちゃんの話が 私をこらしめる為の作り話だ、という事くらい分かっていた。
ででっぽうは 骨なんか食べない。包丁を使う筈が無いし、晴れた日にも ぽーぽー鳴いている。
なのに ウソの話で泣かされたうえ、泣きっ面まで見られてしまったのが 悔しくて恥ずかしくて、私はいつまでも
部屋の隅でメソメソしていた。

 大人になった今も、キジバトの声で バアちゃんの話を思い出す。
そして これは結構怖い話なんだな、と考えるようになった。

 身の潔白を証明するため、母バトは子供の目の前で内臓をぶちまけて死んだのだ。
その心の中は 子供に疑われた悲しみで一杯だったろう。
でもそこに 怒りや恨みは 無かったか?
母の愛を信じなかった子供を、罰してやろうとの思いは 無かっただろうか?

確かに子供は 自分の罪の重さを知るのだ。 
そして 許してくれる者がもういない世界で、許しを求めて泣き続けるのだ。

そう これは恐ろしい話なのだ。


こんな恐ろしい話を考え出して 幼児に語ったバアちゃん。
優しいバアちゃんだったけど、なかなかに怖いものを隠し持っていたのだなあ。

ででっぽー と、どこか けだるく眠そうなキジバトの声が  あったかい風にのって行く。
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